第166話 レーゲン最後の遺産
「あなたがエリザベス・ヘア博士ですか。とても優秀で、しかもお美しい。レーゲンの最後の遺産に到達されるとは、このロジャー・ミューラン、瞠目いたしましたぞ」
そう言って、その壮年の紳士はエリザベスの方へ右手を差し出した。
「あ、いえ、恐縮です。わたくしはただの物好きでございます。この度の発見は私を支えてくれる人たちの協力あってのものです。決して私一人の力ではございません」
そう言いつつその右手を取って握手を交わす。ついで、
「あの――、今、最後の遺産とおっしゃいましたか?」
と質問を返した。
――いかにも。
と、応えたロジャーは、エリックに
エリックは抱えてきた小箱をテーブルの上に置くと、そっとその箱を開いた。
「これが、『コイル』と呼ばれるものです――」
ロジャーは静かにそう言った。エリザベスの反応をうかがっているようだ。
今4人の目の前の箱の中には、小さな金属製の部品と
それは奇妙な形をしていた。
直径2センチ長さ約5センチほどの円筒状のものに、糸のようなものがぐるぐると巻き付けられている。言うなれば、織物に使う「糸巻き」のような形状だ。
「我々、ミューランの家のものはこれが何かを知り得ません。それはレーゲンがそこへ到達できなかったからでもあります。しかし、レーゲンはこの『コイル』こそが、南のバレリア遺跡の謎を解く鍵だと考えていたようです――。ヘア博士、これを受け取ったあなたはまさしくレーゲンの後継者でありましょう。ぜひ、これの謎を解明してください」
ロジャーがそう言うと、エリックはその箱を閉じ、エリザベスの方へと差し出した。
「わたしの力の及ぶ限り、この『コイル』が何なのか、一命を
エリザベスは箱を受け取りながら、力強く宣言した。その言葉には先ほどのような高揚は見られず、落ち着きを取り戻し、決意の
――――――
エリザベスは翌日から早速この『コイル』の構造を調べ始めた。
何で出来ているのか、どういう形状なのか。
まずはそこから始めなければならない。
「
クリストファーが含みのある言い回しで告げる。
「『夢』――ね。あなたが言うのだから、ただの『夢』ではないのでしょうね。それにはあの魔術師君も関わっているのかしら?」
アステリッドというのは今年から王立大学へ入学したあの女生徒の名だったはずだ。このようなタイミングで、
「いいわ。話を聞きましょう。クリス、段取りをお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです。このあと、デリウス教授の部屋へ向かいますので、そこで話してみます」
――――――
「そう、ついに『コイル』を手に入れたのね――」
ミリアは静かにそう言った。
「それで? クリス、それはいったい何だったの?」
「まだ、わからない。この間アステリッドが言っていたものと同じかどうかも見ただけでは判断できない。だから、アステリッドに話を聞きたいとヘア教授からのご依頼なんだけど、アステリッド、どう?」
先日、記憶を取り戻したアステリッドだったが、その後しばらくその話は触れられなかった。
アステリッドの頭の中が混乱して、我を失うなんてことにならないように皆が配慮していたからだが、アステリッド自身もなかなかに整理をつけるのに手間取っていたということもある。
「――はい、大丈夫です。ここ数日、たくさんの夢を見ていますが、やはり前世の記憶の夢が多いんですよ。でも、どれも断片的で、意味があるのかないのかよくわかりません。たぶんまだ整理できてないんだと思います。でも、もしかしたらそれを見ればまた思い出すこともあるかもしれません。私はたぶん立ち止まっていられないんだと思うんです。こんな状態でも少しでも前に進まなきゃ、いつまでももやもやしたままなのかもしれません」
アステリッドは決意をあらわにしている。
「大丈夫。大丈夫だよ、アステリッド。前世の記憶というのが君とは別の人の物語だと割り切ればいいって言いたいところだけど、やっぱりそう簡単には割り切れないと思う。でも、受け入れていかないといけない。むしろ、その人が君に残してくれた財産なんだと思えばいいんじゃないかな?」
キール自身、前々世の男、ヒルバリオからいろいろなものを貰ったと思っている。それはすべてが有難いものかと言えばそうではないかもしれないが、少なくとも、今のキールがあるのはそのヒルバリオのおかげでもあるのだ。
「財産――ですか。そう、ですね。すべての人が持ち合わせているわけじゃないとすれば、それは私にだけ与えられた固有の財産と言えますね。キールさん、少し楽になりました、ありがとうございます」
アステリッドの顔にやや明るさが戻ったように見える。
そうして翌日さっそく、エリザベスとキールたちは対談することになったのだった。
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