第165話 ミューラン家の使命
ロジャー・ミューランは信じられないといった表情でエリックの話を聞いていた。
まさか自分の代で、そんなことが起ころうとは夢にも思っていなかったからだ。
「分かった――。もう一度聞く、エリック。その考古学者は私に何を伝えろといったのだ?」
ロジャーは目の前の息子にゆっくりと確認するように聞き返した。
「はい、父上。彼女、エリザベス・ヘア教授は父上に『コイル』を見せて欲しいと、そう言っております――」
「そうか――。間違いなさそうだな」
そう言ったロジャーは静かに目を閉じると、数秒考えていた風だったが、やがて眼を開けるとこう言った。
「エリック――。時代が動き始めるかもしれん――」
「時代が? それはどういう……」
「お前も知っている通り、レーゲン・ウォルシュタートの遺品はすべて我がミューラン家が管理している。そして、レーゲンはそれらを後世の者たちに託した――」
ロジャーは息子にすべてを打ち明ける時が来たと悟っていた。
その覚悟を決めるのに数秒要したという訳だ。
ロジャー・ミューラン、現メストリル王立出版会頭。年齢は58歳。先代の会頭だったロジャーの父は病がちで短命であった。その為若くして会頭の座を継いだロジャーは今年で会頭就任から30年の節目を迎えていた。
ミューラン家にはレーゲン・ウォルシュタートの遺品が所蔵されており、その一部はすでに王立大学へ移管されている。その一つが「金属の円盤」と呼ばれるものだ。
エリックは現在33歳だから、3歳の時に先代を亡くしていることになる。残念だが先代の祖父、ケイン・ミューランのことはほとんど記憶にない。
「お前にもすでに話してある通り、我らミューラン家はその遺品をある一定の指示に従って研究者たちへ提示する務めを負っている。そしてこれが最後の遺品なのだ」
「最後、ですか?」
「ああ、最後だ。これにてわれらミューラン家の務めはすべて解消されるという訳だ」
ロジャーはそこで少し息をつく。ロジャーからさかのぼること3代前のウェンディ・ミューランがレーゲンとのその個人的な関係によりその遺品のすべてを預かってから数十年、長きにわたるミューラン家の使命もようやく自分の代で終わりを告げる。実に4代。
「これでお前に課すものがなくなって私はある意味、安堵しているのだが、それよりも大きな憂いを負うことになった。レーゲンの最後の遺品が解き放たれた時、時代が動くと代々われらミューラン家に伝えられてきたことだ。おまえのおじいさまも私にそう言って息を引き取られた」
ロジャーの目がエリックの目をとらえて放さない。
エリックはいつにもまして固く厳しい表情の父の目から恐怖すら覚えて目をそらすことが出来ないでいる。
「と、とうさん、いったい何が――」
そうだ、いったい何が起きるというのだ?
時代が動くとはいったいどういう事なのだ?
聞きたいことが溢れてくるが、そのすべてが父の表情にかき消されていくようだ。
「エリック。そのエリザベスという女性は、強いひとか――?」
ロジャーの質問は唐突すぎて一瞬その真意を推し量れない。
しかし、エリックは知っている。
彼女ほど考古学に熱心で身を捧げている人物はいないといえる。
「あ、ああ。ベスは強い
僕だって彼女を命がけで守って見せる――。
「そうか、おまえもまた、とんでもない女性に思いを寄せたものだな――」
「え? あ、それをなぜ――?」
「馬鹿者。私だって一人の男だ。おまえの様子を見ていればそのぐらいは察しが付く。まあ、いい。私は私の役目を全うするのみだ。あとは、エリック。私の後はお前が
――そのようなやり取りが数日前にあった。
そして、ようやく父、ロジャーの仕事に都合がついた今日、エリザベス・ヘアと『コイル』が
――――――
エリザベスとクリストファーはメストリル王立出版の会議室に通されていた。
エリックは、二人をここに通すと、しばらく待つようにと言い含め、部屋を出て行った。
エリックが出て行ってからまだ数分しか経っていないはずだが、とてつもなく長い時間待たされているように感じている。
「まだ――かしら――」
エリザベスが思わず
誰に向けて発したものでもないような声だったが、クリストファーがこれを受けた。
「
そう言ってクリストファーがエリザベスの顔をのぞく。
かなり近い距離で顔をのぞきこまれたものだから、さすがに少し恥ずかしくなったエリザベスは、ややのけぞるようなしぐさを見せて、
「大丈夫よ。クリス、ありがとう」
そう言ってこの優しい助手に言葉を返す。
やがて、会議室にエリックともう一人、壮年の男性が入って来た。ロジャー・ミューラン会頭だ。
二人は席を立って、ほぼ同時に頭を下げる。
「会頭、お忙しいところお時間を頂きまして、ありがとうございます――」
エリザベスの声はいつもより若干、高く響いた。
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