第163話 デリウスの杞憂


「あ、それから、レーゲンの遺産のメッセージ、「コイル」のことですが、コイルは電気を生み出す装置? のことを言います。この世界のそれが、私の前世の世界のそれと同じかどうかは分かりませんし、私もそれ以上は詳しくありません。そのコイルがどういう原理で電気を生み出すのかは私にはわからないんです」

アステリッドは何気に重要なことを話している。


「ちょっと待って。つまり、アステリッドの世界のコイルとレーゲンのメッセージのコイルが同じものだとすれば、この世界でもその、「電気」というものを生み出せるということ?」

とは、クリストファーの言葉だ。


 この件については一同ともにおそらくそうなのだろうという意見で一致した。


 実際にそのコイルを見てはいないが、レーゲンが辿り着けなかった“elektrische”という言葉、「円盤の部屋」の箱たち、コイルという言葉。

 もしこれがまさしくアステリッドの前世の世界と同じものだとすれば、電気―パソコン―電気を生み出す装置となり、明らかに関連性を持ってくる。


「もしかしたら、その電気・電力を生み出すことができるなら、あの遺跡をよみがえらせることができるのかもしれない――」

クリストファーは言ってて途方もないおとぎ話でもしているかのような感覚に陥る。


「クリス、その、メストリル王立出版の会頭との面会はどうなってるの?」

ミリアがクリスに質問をした。

 そっちの分野についてはエリザベス教授とクリストファーが受け持っている分野だ。ミリアたちはこの件に関与してはいない。つまるところ、クリス(あるいはエリザベス教授)の進捗次第ということなのだ。


「ああ、やっと時間が作れそうだと回答が来たところでね。今週末に会うことになってる――」

クリスはそう返した。


「じゃあ、コイルについてはまたそれからね。あとは何か思い出したことはあるの?」

ミリアがアステリッドに質問した。


「あ、いえ、今日のところはそんなところです――」

と、アステリッドは返した。

 ミリアはその様子をみて、

「そう。じゃあ、今日はここまでで――。リディー、また何か思い出したらいつでも話してね。無理に思い出さなくてもいいからね――」

と、それ以上詮索することをやめにした。

 少ない情報ではあるが、とても重要な情報がもたらされたと言っても過言ではないだろう。


 アステリッドの記憶の世界が土の下に埋まってるとしたら、アステリッドの世界はその後どうなってしまったのか? そして、ここはその「地球」と同じ場所なのか?

 もしそうだとすれば、アステリッドはいったい何年ぶりに転生したのだろうか? などと、言い出せばきりのない話が山ほど積みあがったわけだが、そのどれを質問したとしても、おそらくアステリッドには明確な答えを返すことが出来ないのかもしれない。


「キールは、なにか考えていることはあるの?」

ミリアがキールに問う。


 アステリッドの話を聞いていて、キールは不思議と特に驚くようなところはなかった。それがどうしてなのかは今はよくわからない。わからないのだが、「知っている」ような気がするのだ。


 しかし、ここで今それを言ったところで、何か新しい発見が生まれるわけでもないとキールは察し、


「いや、とくには何もないよ。アステリッドも今日はもしかしたらまだ頭が混乱しているかもしれないから、少し時間をおいてもいいかもしれないね」

とだけ返し、今日の会議は終了した。




 デリウスはとても悩んでいた。


 自分もアステリッドのように前世の記憶というものを持っているものだと思っていた。しかし、今日のアステリッドの話を聞く限り、自分が覚えている内容の世界とはあまりにかけ離れている。

 自分の前世の記憶(=夢)の中の世界には、少なくとも『パソコン』や『コイル』というものは出現していないし、『電気・電力』というものも存在していなかった。


 となれば、例えばその前世の記憶を取り戻したとして、何の意味があるのだろう?


 この世界に、レーゲンの遺産に、または彼らの探索してきた地下遺跡の謎に何か役だてることがあるのだろうか?


 そう問われれば、まるで自信がなかったのだ。


 自分の夢に出てくる世界は、アステリッドの話している世界に比べれば、あきらかに「遅れている」。

 自分の夢と言えば、ただ果てしない青い海と、青い空、そして巨大な帆船だけだ。


 ――私の前世の記憶は私にとって、いや、今のこの世界にとって、何か有益なものなどあるのだろうか? 


 お前は本当にそれを取り戻したいのか?


 そう直接的に問われれば、どちらかと言えば否定的に思えてくるほどだ。


 ――やはり、私の前世は今取り戻す必要はないのかもしれないな。


 結局、デリウスはその結論に達した。



 しかし実は彼の前世の記憶は、この世界に驚くほど有益な情報となり、大きな変革を生み出すことになるのだが、それはまた後段に譲ることとする。

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