第162話 アステリッドの前世の世界
「それは、あの遺跡が何なのかわかったってことなの?」
クリストファーが聞き返した。
「――あ、いえ、そうではありません。なんと言うか、あの場所が私の記憶の中にあるものと同じというか――。なんて言うんだろ? あの部屋が何かは行ってみないとわかりませんが、あの机の上の箱たちは、やっぱり私の知っているものと同じだと思うんですよね――」
アステリッドの言葉は要領を得ない。それは致し方ないだろう。おそらく、この世界にはないものをたくさん思い出しているのかもしれない。
「分かった。その話はまたあとで聞こう。『記憶消去』と、『記憶追加』は簡単なもので行うことにする。まずは『記憶追加』からやって、その記憶を今度は『記憶消去』する。そして最後に『記憶再生』で、その記憶をまた呼び起こす――」
そう言ってキールは次の術式を発動した。
結果的に残る3つの術式も問題なく発動し、4つの記憶操作術式が完璧に発動することを確認した。
しかしさすがにこの術式は、何かと弊害が多い。
というよりも、かなり危険だ。
こんなことができると知られたら、何かにつけて政治的にも戦略的にも利用されてしまう恐れがある。
「やっぱり、このことは他言無用で行きましょう。キールの身に危険が及ぶ可能性が爆発的に上がってしまうわ」
ミリアがそう宣言し、一同もこれに賛同した。
「とりあえず、アステリッドの話を聞いてみようか――。なんとなくだけど、とんでもなく荒唐無稽な話だと思うけど、すべてアステリッドの演技という訳ではないということはもうみんな理解していると思う。私は彼女がどんな前世を歩んできたのかを聞きたい――」
デリウス教授は自身の前世の記憶も開放してもらうかどうかを今はまだ決めかねていた。
そこは学者である彼にとって、探求すべき対象でもあるが、わかってしまえばそれはそれで自身の研究目的を失う恐れもある。
やはり、慎重にならざるを得ない。
「そうですね。アステリッドも話したくないこと以外は強制しないけど、でも、たぶん、話したいこともたくさんあるでしょうから――」
キールがそう言ってアステリッドの方を見る。アステリッドの表情がさっきからあまり冴えないのを気にしていたのだ。
「わたし――、どうやら前世はあまりいい人生ではなかったように思います――。わかっているのは、前世の記憶の最期がまだ学生のころだということです。つまり、前世の私はとても若い年齢で死んでいるようです――」
そう言って彼女は一旦目を伏せたが、気を取り直して顔を上げると、
「と、とにかくあの部屋にあった箱についてから話してもいいですか? あとはちょっと、整理がついてから――で、お願いします――」
と、そう言った。
一同に異論はなかったので、アステリッドの話したいように話してもらうことで意見が一致した。
前世のアステリッドが住んでいた世界は、西暦2022年の日本という国だそうだ。
その国は「地球」という「惑星」にある小さな小さな島国だったという。その国、いや、その世界には「電気」というものが存在して、何を動かすにもこの「電気」を利用するものが大半だそうだ。あの遺跡の部屋にあった両手で抱えられるぐらいの箱はおそらく「パソコン」だろうと言った。「パーソナルコンピュータ」の略称で、「個人用のコンピュータ」だという。「コンピュータ」というのは、「電子演算機」というらしく、つまりは電力を用いて数千数万単位の計算を瞬時に行う機械のことらしい。
その世界のあらゆるものがその「コンピュータ」を用いて管理されているのだという。まあ、何から何までという訳ではないが、少なくとも人が普通に生活するうえで、それがないととても面倒なのだと言った。
その2022年の段階では、「コンピュータ」は手のひらサイズにまで小型化していて、街ゆく人のおそらく9割ほどがひとりひとつ持っているのだという。
人はそれを使って遠くにいる人と会話をしたり、
――などと、つまり、現代の日本の状況をできる限り詳細に話した。
「で? それは誰が届けてくれるの?」
というのはクリストファーの質問だ。
「誰でもないんです――。そのコンピュータを使うと、相手に電子信号の形で飛んで行って、相手のコンピュータに反映されるんです」
「勝手に、飛んでいくってこと?」
「私もあまりそこは詳しくなかったようで、よくわかりません」
まるで、魔法のようだね――とはクリスの言葉だ。
この言葉は言い得て妙と言えるだろう。
我々日本人からすれば、アステリッドの言っていることはよくわかる。「パソコン」や「スマホ」といえばそれがなにができるものなのかをある程度は知っている。しかしそれがどういう原理でそんなことができるのかと問われれば、すべてを説明できるのは作っている人たちぐらいのものだろう。
現代において「電気・電力」がない時代のことを想像することの方が難しいと言える。しかしながら、彼らの世界にはまだ、「電気」という概念は存在していないのだ。
「なるほど、魔法か――」
とはデリウスの言葉だ。
「それから一つ、大事なことを思い出しました。その「電気」なんですが、私の住んでいた国でない別の国でこの言葉は『エレクトリック』というんです」
「えれくとりっく?」
ミリアがオウム返しする。
「あ! もしかしてそれって――」
キールも思い当たる節があるようだ。
「はい、あのわからなかった言葉、“elektrische”じゃないかと……」
「どうなの? クリス?」
ミリアに詰め寄られたクリストファーは即答は避けた。が、少し考えてこう返した。
「――うん。レーゲンの書き残した記述の中にその言葉が何かわからなかったとあった。つまりは彼の時代には存在しなかったものという可能性が高い。だけど、そもそもこの世界にまだ誕生していないものだとして、それが再現可能なら、その可能性は十分にあると思う」
とりあえずのところ、「円盤の部屋」へはまだ何回か足を運ばなくてはならないだろう。
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