第143話 奈落
そんな事件から数日が経ち、クルシュ暦367年10月も半ばを過ぎた。
キールたち「学生組」もようやく通常授業に入っている。
これで一応のところ、一段落と言ったところだ。
その後、アランとレッシーナの話だが、ケイン・ギュンダー卿とウェルダート・ハインツフェルト卿の間で少々のやり取りが行われたのち、結局、レッシーナはハインツフェルト家の養女となり、ついで、アラン・ギュンダーとの縁組という話になった。
つまり、ミリアとレッシーナは年齢こそ逆だが、
これにより、ハインツフェルト家とギュンダー家の間に交わされていた、縁組の約定も満たされた。
カイゼルは深く落ち込んでもいたが、とくにお咎めもなく普通に仕事をこなしていると、ジルベルトから聞いていた。しばらくは仕方がないだろうが、それでも、レッシーナのことはとても喜んでいたらしい。
まったく、貴族様というのはかなり好き勝手にやれるものだと、キールはあらためて思い知らされる結果となった。
(まあこの場合、あの人が特別なのかもしれないけどね――)
と、キールはミリアの父、ウェルダートのことを思い起こすと同時に、あの日の言葉が頭をよぎり、背筋に冷たいものが走った。
(あれってどういう意味なんだろう? ミリアを泣かせたらって言ってたけど、普段の会話の中でも泣かせたらってことだとしたら、それって無理かもしれない、よな……)
(あほか! そんな訳ないじゃろうが! ったく、お前はそういうところが一向に成長せんのお――。まあ、よい、それは今日の話とは無関係じゃ――)
『なんですかいきなり! 人の頭の中に勝手に入ってこないでくださいよ!? 人間にはプライバシーってものがあるんですよ? それとももしかして、ずっと僕のことを追いかけてるんじゃないでしょうね? それってストーカーですよ?』
(はん、ストーカーの意味もわからんお前に言われとうないわ! 四六時中お前ばっか見てるほど神は暇じゃないのじゃ! この間話があると言うたろうが! 早く来んか! いいな、今日中に来るんじゃぞ!? わかったな!)
確かに言われてみると、「ストーカー」の意味が解らない。なんだ、ストーカーって? なんとなく「付きまとう人」というような意味で、すぅっと出てきたが、確かに聞き覚えがあるようでまるでない。
しかし考えてもわからないものは分からないのだから、考えるだけ無駄だ。
それより、やけに急かされるな? これまではあまりこんなに急かされることはなかったんだけど――。取り敢えず、結構急ぎという事なのだろう。仕方がない。今日の放課後にでも行ってみよう、とキールは考えていた。
その日の放課後のことだ。
「学生組」の面々がデリウスの教授室にいたところ、クリストファーが少し遅れてやってきて、エリザベス・ヘア教授から話があるからヘアの教授室へ来てほしいといった。一同はヘアの教授室へ向かうことにした。
エリザベスの話では、次回の探索にあたって、遺跡の内部構造をみんなに説明しておきたいという事だ。
たしかに次回の探索では、前回の探索よりさらに3層先の『円盤の部屋』を目指すことにしている。つまり、前回のような速度で探索していては3階層先の5階層にある『円盤の部屋』にまで到達できないだろう。
探索速度を上げるという意味において、遺跡の構造を理解しておくという事は必要なことかもしれない。
「――と、まあ、こんなところね」
一通りざっくりと探索経路を説明したエリザベスがそこで息を継いだ。
エリザベスの話では、遺跡の構造はいたってシンプルにできているという事らしく、3階層より先も、前回探索した1、2階層と大して大きな変化はないという事だった。
「ただ一つ、この間は言わなかったけど、注意してほしいところがあるの。この四角く小さな部屋だけど、ここには絶対はいらないで。たとえモンスターに追い詰められても、この部屋にだけは何があっても入っちゃだめよ?」
エリザベスの圧が強い。いったいそこには何があるというのか?
「そこには何があるんですか?」
とは、クリストファーの声だ。おそらくみんな同じことを考えていたのだろう、各々首を揺すっている。
「奈落――よ」
「ならく?」
アステリッドが反応する。
「ええ、この部屋にあるのはまさしく『奈落』。部屋ごと大きな穴になっていて、地中深くにおそらく真っ直ぐ途方もない距離の空洞があるらしいわ」
エリザベスが答えた。
「つまり、穴、ですか。それもとんでもなく深い――」
とはミリアだ。
「過去の探索レポートによると、この穴に周囲の小石を投げ入れてみたが、音が返ってこなかった、とあるわ」
「音が返ってこない? それってつまり、底がないってこと?」
キールだ。
「かもしれない。もしくは、
エリザベスは一同にそう念を押した。
後は、また次回詳しくという事で、今日のところはざっくりと全体像の把握をしたあたりで解散となった。
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