第142話 不思議な破裂音


 キールは教授室のソファにもたれながら、大きなため息をついた。

 まさか、あんな展開が予想できただろうか?


 最終手段としては結局は「力業ちからわざ」しかないかもと思っていたのだが、やはり、まだまだそういうところが「子供」なのだろう、と改めて反省している。

 もっと状況をよく見極めて最善手を尽くす必要がある。取れる方法はまだ、幾らでもあったという事だろう。


 今回の件で、キールは今の自分がなんだかんだと「稀代の魔術師」という位置づけに頼ってしまっていると思い知らされた。こういう「傲慢ごうまん」は必ず何かしらとなって返ってくる。


(因果応報――、か。じいちゃんがよく言ってたっけな。人の行いは必ず誰かが見ていると思え、欲にりつかれ、おごりに頼れば必ずやむくいを受けることになる――。僕は少し奢っていたようだ。気を付けないとせっかくいろんな人が支えてくれたり、応援してくれたり、期待してくれてるのがすべて台無しになってしまう)


 今後はこういう「最後は力業で」などと考えないように、しっかりと準備して事にあたらないとな、とキールは今一度思いなおすのだった。


(――ふん。少しは成長したようじゃの? 前のようにわしのところへ敵を連れてくると言うような横暴は今後はもうしないじゃろう。おまえは知らず知らずのうちに自身の才能を私利に利用しているところがある。あのミリアというはお前にとって良い見本であるな――)


 まったくだ。

 ミリアは今回自身の魔法を使ってなどという姑息で傲慢な方法はとらなかった。ギュンダー伯爵と彼女の父上が親しいことを知っていて、「相談」を持ち掛け、「願い」を申し出たのだろう。

 結果として、ミリアの知らなかった「贈り物」ももたらされた。ミリアの父上とギュンダー伯爵の関係と素性についてだ。


「そうだね、ボウンさん。僕は奢っていたんだろうね。本当にミリアはすごいよ。僕はアイツを追いかけたいんだ。魔法が使えるようになって、人より優秀だと言われて、舞い上がっていたんだろう。でも、アイツに追い付くどころか、離されてく一方だと思い知らされているよ」


(まあ、あの嬢ちゃんは特別じゃろうがな――。ああ、それより、そんなことを言いに来たのではなかったわ、おまえ、南の遺跡に行ったじゃろう? また一つステップアップじゃ、近いうちにわしのところへ来い、話がある。わかったな――)


 そう言うとボウンの声はすぅっと遠ざかっていった。

 と同時に、扉がノックされ、栗色の少しウェーブのかかった長髪を揺らして彼女が入ってくると、優しく明るく微笑みながらキールに挨拶をした。



「――でも、昨日は本当にびっくりしたわ。まさかお父様が平民だったなんて――。確かに今まで少し他の貴族様とは空気感が違うなぁとは思っていたし、お母様とギュンダー伯爵夫人が姉妹だってことは知っていたけど、それでも、どこかの貴族の末弟とかなのだろうとぐらいにしか思っていなかったわ」

ミリアは昨日のお父上の告白について言っているのだろう。

「――もしかしたら、もしかするかもしれない……」


「ん? なにがもしもしって?」


「え? あ! な、なんでもないわよ! それより、このあとレッシーナとアランはどうなるのかな?」

ミリアは話題を変えた。


 キールはすんなりとその回答の方へと導かれる。やはり、まだまだミリアの方が一枚上手のようだ。

「まあ、あの展開でさすがに悪い方へは向かないと思うけどね。僕としては、カイゼルとレッシーナがまもれればそれでオッケーだから――」


「そうね。うまくいくといいわね」


「でも、そうなると、ミリアはまたお婿むこさん候補を探さないといけないね?」


「え?」


「だって、婚約者のアランが縁談はしませんと言ったり、君の父上がこの縁談は解消だと言ったりしてたから、ミリアはいま、行き場所が無くなってるってことだろ?」


 この男は、やはり今もまだ、超鈍感男のままだったようだ――。


「あんたねぇ~~~~。人を行き遅れみたいに言うのはやめなさいよ! 私だって、別にアランと縁談なんてするつもりじゃなかったんだから! そんな、お婿候補の一人や二人、他にもまだまだ話は来てるのよ――!」


「ご、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど――。でも、いくつかがあるなら、安心だね?」


 何という事か。今のミリアの言葉が勢い任せで言ってしまった、彼女特有の性格によるものだとどうしてこの男は理解できないのだろうか?


「~~~~~~! こ、この鈍感男!!」


「へ?」


 バァン――! 


 という、盛大な音が教授室の外まで聞こえたと、当時その扉の前で出会った二人の男女、クリストファーとアステリッドはこの時のことをのちに振り返っている。

 そしてその音が、何の音だったのか、結局は永遠の謎のままだった――。 



 








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