第137話 アランとミリアの関係


「なんだって? どうして僕がその貴族のせがれに脅しをかける必要があるんだよ?」

キールにとってはまさしく寝耳に水だ。そのアラン・ギュンダーとかいう貴族のことなど名前どころか顔すら知らない。


「知らねえよ、相手がそう言うんだからそうなのさ。要は、どうしてそんなことになったのかってことだろ?」

ジルベルトが呆れ顔で返す。


「全く身に覚えがない――」

「まあな、たぶんそんなことだろうとは思っていたが、どうして相手が旦那の名前を出したかについては調べる必要がありそうだな――」

ジルベルトは予想通りのキールの答えに納得の表情だ。


「おまえ、街中でそのアランともめたりしてないか? 最近そういう事はなかったか?」

ルイが一応確認のために聞いてくる。

 キールは一応最近の行動を思い起こしてみるが、とくに思い当たるようなことはない。

「いや、何もないな――」

と答える。


「そうか。こっちももう少し詳しく二人に話を聞いてみる。だが、それほど時間をかけてられないのも事実だ。明後日に向こうが押しかけてくることになっている」




 キールはルイの部屋を後にして、何度も思い返してみるが、やはり身に覚えがない。貴族家のことなら、ミリアかネインリヒさんに聞けば幾らかわかることもあるかもしれない。明日、放課後にでも聞いてみることにしよう。

 それでもわからなければ、直接対峙して問いただすしかなさそうだ。

 娼館の玄関に差し掛かった時、玄関で立番りつばんをしていたカイゼルがまた元気よく挨拶をしてくれたが、なんとなく会話を投げかけることもできず、手を振って応じただけで立ち去った。



 翌日、放課後。

 いつものごとくデリウスの教授室に集まった4人は、カリキュラムの調整をすませ、解散することになった。


「あ、ミリア、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「え? な、なによ?」

ミリアはあまりの唐突なキールの投げかけに一瞬どぎまぎした。


「ああ、実はちょっと貴族家のことで聞きたいことがあって、さ」


(何かと思ったらそんなこと、変な期待させないでよ――)

と思いながら、勝手に期待した自分をやや恥ずかしくも思う。

「あ、ああ、別に構わないけど? どこの家?」


「ギュンダー家って知ってる?」


「ギュンダー家って、ケイン・ギュンダー伯爵家のこと?」


「あ、ああ、それそれ。そこの息子のアランって知ってる?」


 その名前を聞いた途端、ミリアの表情が一瞬曇った。

 それをキールは見逃さなかった。

「アランがどうかしたの?」

「なんかさあ、僕のことを気にかけてる、いや、敵視しているようなんだよね――」


 ミリアの表情がさらに曇る。言うべきか言わざるべきか、だいぶんと思い悩んでいることがあるように見える。

「ミリア? 大丈夫? なんか言いたくないこととかだったら、別に気にしなくていいからね?」


「いえ、大丈夫――。アランは、私のフィアンセなのよ――」


 キールはその言葉の意味が呑み込めないで、一瞬次の言葉が継げなくなった。


「――フィアンセって、婚約者ってこと?」

キールが何とか言葉を絞りだして聞く。


 ミリアの話はこうだ。

 ミリアの家、ハインツフェルト家とアランのギュンダー家はメストリル王国でも指折りの高等貴族家である。ハインツフェルト家は公爵家であり、代々政務庁大臣を受け継ぐ家系でもある。たいして、ギュンダー家は伯爵家ではあるが代々財務室長を歴任している由緒ある家系である。

 その両家の縁談は10年以上前に決められていた。

 とはいえ、こういう縁談というのは、ある意味お決まりの儀式のようなものであり、特になにかしらの拘束があるわけではない。別に反故ほごにしても特に問題は起こらない類のものだ。

 ただ、貴族家の存続という意味合いにおいては、行き遅れた女性や、嫁が来ない男性について一定の「保証」を与えるものである。そういったものは、子供たちがまだ10歳にも満たないうちに取り決めて置き、その後、二人の関係がうまく進めば、自然とそうなるだろうといういわば、「顔合わせ」の儀式だと思ってもらえればよい。


「だから、別にわたしはアランのところへとつぐつもりはないけど、向こうがどう思っているかは私の知るところではないわ」


「なんというか、大変だね、貴族って――」


「ふん、あんたに言ってもよくわからないでしょ。貴族には貴族なりのいろいろなことがあるのよ」


 つまり、そのアランという子息がミリアは俺の婚約者なのに、キールとかいう平民とれ合ってやがるのが気に食わない、とかそういう事なのかな? もしそうだとしたら、そんなことを考えている男ならたかが知れるというものだ。


「なるほどねぇ。で? その男、どんなやつなの?」

「一応伯爵家の跡取りだからね、裕福ではあるわよ。気品もあるし、容姿も悪くないわ。でもね――」


 ミリアはあまりいい感触を持っていないようだ。

 まあ、娼館の女に入れあげて見受けするつもりがあるとか言っているぐらいだから、もしかしたら女癖があまりよくないのかもしれない。


「ありがとう。それで充分だよ。あとはこっちで何とかするさ――」

「そのアランが何なのよ? それ聞いてないわよ?」

「う~ん。ルイのところでちょっと問題があってね。それでそのアランのギュンダー家とちょっと揉めてるみたいなんだ。でも、まあ大丈夫だよ。ミリアにはたぶんあまり関係ない話だから――」

「どうせ、アランが娼館の女の子に手を出したとかそういう類でしょ? あの人、そういうところがだらしないところあるから――」


 ミリアはやはりアランの女癖のことを見抜いているようだ。当たらずとも遠からずってところだ。


「まあ、何とかなるさ――」

キールはそう返しておいた。



 



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