第136話 そいつ、誰?


 クルシュ歴367年10月初頭――。


 メストリル王立大学の後期学期が始まった。

 いつものことだが、この時期一番面倒なのは履修登録だ。とりあえずこれが一段落付くまでは一週間から二週間ほどはかかる。

 この間の学生たちは基本的にはかなり忙しい。

 とはいえ、忙しいのはカリキュラムの組み立てにであって、授業自体は特に大したものではない。たいていの授業はその講義ではどういう話をするのかという概要を説明するだけだからだ。


 キールたち「学生部」の4人、と書いておいて、もう一人がいたなと思い起こしたのだが、彼はそもそも履修登録など必要のないものだったと思い返す。


 その彼が、デリウスの教授室へやってきた。


「やあ、キールの旦那だんな、おや? 皆様お揃いで。なにやってるんだ?」

教授控室の中央に配置されている丸テーブルに4人が額が触れるかぐらいに頭を寄せてかぶりついている姿は、はたから見ると結構滑稽こっけいな構図である。


「見ればわかるだろ? 履修登録だよ!」

キールが声の方に顔を向けることすらせずに返した。この声はもう聞き飽きている、元「シュニマルダ」のジルベルトだ。

「で? 何しに来たのさ?」


「は、つれないねぇ。ちょっと、商売の方で話があってな。学校終わってからルイの部屋に来てくんねえかと思ってさ」

ジルベルトが両手を開きながら答える。


「商売の話って、なんだよ?」

「いや、まあそれはさすがにここでは言えねえだろ?」

と言いながら、二人の女学生の頭の上に視線を移す。


「わかったよ。終わったらルイの部屋に行くよ」

「ああ、すまんな。じゃあ、またあとでな、

「なんだよその『旦那』ってのは? キールでいいよ!」

「いや、なんかさ、呼び捨てにするのも気が引けるし、かといって「さん付け」もなんかちがうしなぁと。で、旦那がしっくりくるんでな」

「もう、めんどくさいからどうでもいいよ。今はちょっと忙しいんだ、早く行ってくれ」

 そういうキールは右手の甲をひらひらと振って、ジルベルトに退席するよう促した。


 ジルベルトが辞した後、一同は今日の分の講義の情報を交換し合って、一応のカリキュラムの形を決定した。まあ、基本的にはみんな学部が違うわけで、かぶっている講義の種類は限られている。ミリアはすでに3年に入っているのでほとんどが専門教科で単独で決定することが多い。

 それでも擦り合わせが必要なのは、このデリウスの部屋に集まる時間をどうするかということに絞られている。

 それと、後の3人はまだ共通の一般教科が残っているため、それについての情報交換をしているという具合だ。


 ある程度出来上がったところで、今日はここまでにしようということになり、キールは約束通り、ルイの娼館へ向かった。



 娼館の玄関から中へ入ろうとすると、表に立っていた黒服のカイゼルがうやうやしく頭を下げる。ついで、挨拶を述べる。

「キール様! ご苦労様です!」


 なんというか、裏家業の親分さんみたいな扱いで少し恥ずかしい。

 しかし当の本人はいたって真面目に職務をこなしているのだ。


「ああ、カイゼルもお疲れ様、よろしく頼むよ――」

「ハイ! このカイゼル一命を賭して、キール様のお役に立てるよう――」

「あーあーあー、もういいから。そういうのいいから」

「は? ああ、そうですか。失礼しました!」


 キールは、ハァと一息つくと、店内に入り、従業員専用扉からスタッフエリアにはいりルイの部屋へ向かった。




「え? カイゼルが? どういうことなんだよ?」

キールは今聞いた言葉が理解できないという風に問い返した。


「どうも、レッシーナに入れあげているみたいなんだ。レッシーナから相談が入ったんだよ」

ルイが答える。


 事の顛末を聞くと、こういう事だそうだ。

 カイゼルとレッシーナは年齢が近く、二人とも平民の出で家は貧しい。境遇が似ていると知った二人はよく話すようになり、ことあるごとに相談をするようになったという。残念なことだが、レッシーナにはそれほどの気持ちはなかったのだが、カイゼルの方がこれを思い込んでしまい、レッシーナの客の一人に脅しをかけてしまったというのだ。


「で? その相手というのはどんな人なのさ?」

とキールが問う。

「伯爵家のご子息らしい――」

とはジルベルト。

「メストリル王国財務室長ケイン・ギュンダー伯爵のご子息、アラン・ギュンダーさまだ」

とはルイの返事だ。


 レッシーナの話を詳しく聞くと、少々込み入ったことになっているという。

 実はレッシーナ自身はこのアラン・ギュンダーという伯爵令息を気に入っており、アランの方もレッシーナを見受けしたいと考えているとのことだった。しかし、このことをカイゼルに話したところ、カイゼルがそのアランに店内で詰め寄ったというのだ。

 状況を見ていた他の複数の従業員の話では、カイゼルが「お前分かってるんだろうな!? レッシーナを泣かせたら殺してやるからな!」との言葉を聞いており、それは間違いのない事実であるらしい。

 その後、その令息の父がこの話を聞いて、その伯爵自らが、ルイの娼館に対してその男の無礼を詫びさせるため身柄をよこせと言いだしているということらしい。


「なるほどね。で? 僕を呼んだのはどういう訳さ? その程度の『交渉』なら、ジルベルトがいつもうまくやっているのだろう?」

キールがそう言って二人の顔を順に見やる。


「それが、今回はそうはいかなくなったんだ。キール、お前の名前が挙がったんだよ――」

ルイが静かに答えた。


「え? どういうこと?」


「アランさまが言ったのさ。カイゼルを使って脅しをかけているのは、最近噂のあの学生魔術師キール・ヴァイスだってな――」

ジルベルトがそう答えた。





 

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