第135話 二人だけの秘密


 バレリア遺跡の初探索は無事終了した。

 今回の冒険ではっきりしたことがいくつかある。


 一同は今日のところはウォルデランの宿へ逗留とうりゅうすることになっており、明日朝、馬車便でメストリルへの帰路につくことになっている。すべて、メストリル王立出版のエリック・ミューランの手配である。エリック自身は何とも頼りなげに見えるが、実はこういう仕事という部分ではかなりの優秀さだ。伊達だてに、『次期会頭』というわけではないと言える。


 そうして用意された宿に戻った一行は、夕食の後、ショートタイムミーティングを行うことにした。さすがにおとといからの強行軍で、疲れもたまってきている、今ここで行うのは、早急に擦り合わせておく必要があると思う事だけでいいだろう。

 

「まずは、教授せんせい、どうでしたか? イメージしていたものとの差とかは?」


 一応今回のメンバーのリーダーはキールである。なので、そこはエリザベスもわきまえている。仕切りは彼に任せておいて、質問に答えるだけだ。

「ええ、大体は文献やこれまでの資料などに記されている内容のままだったわ。ただ、あのモンスターがね。文献はあくまでも遺跡に関するものだから、モンスターの存在については詳細に記述されてないのよ」

とエリザベスが答える。


「なるほど。つまり、次回の探索にあたっては、そのモンスターに対応する必要があると、そういうことですね?」


「そうね。あとは、灯りが必要ね。アステリッドの「トーチ」でも見えないことはないんだけど、やっぱり暗いことには変わりがないのよ。細かく探索するにはもっと明るさが必要になるわ」


「わかりました――。みんなは何かある?」


「モンスターってどんなのがいるんだろう? 今日見たのは、ブラックスライムと巨大ローチぐらいだったけど……」

とはクリストファー。


「そうね。ブラックスライムは焼いていけば問題ないし、ローチも基本的には好戦的なモンスターじゃないから、襲ってくると言うよりは逃げていく感じだし、今日のところはそれほど危険なモンスターは見当たらなかったけど、この先もそうだという保証は一切ないわ」

とはミリア。


「わたしも、「トーチ」を常時発動しているので、ここぞという時に錬成術式がめません。単独魔法で、モンスターに対応するとなると、基本的に接近戦になってしまって、援護が難しくなると考えます」

アステリッドがつづく。


「OK、まあ初めてのわりにいろいろと問題点や改善すべき点が見えて今回の探索の成果は充分に挙げられたと思う。教授せんせい、次回の探索の目的はどうしましょう?」


「次回は、そうね、やっぱり『円盤の部屋』までは辿たどり着きたいわね。その部屋は5階層の奥にあるの。今日行ったのは2階層までだから、あと3階層下になるわね」


「わかりました。じゃあ、今日のところはこのぐらいにしておこう。あとは次回の探索にむけてメストリルへ戻ってからまた詳しくミーティングを重ねていくことにしよう」

キールが最後にそうまとめた。


 一同はそれぞれの部屋へ戻るなり、浴場に向かうなりをして解散していった。


 そんななか、アステリッドがキールを呼び止めた。

 彼女が言うには、ちょっとみんなには言いにくいことがあるらしい。キールにだけ聞いてほしいことがあると言う。

 二人は、宿屋の食堂脇にある休憩室のソファに向かい合って腰掛けた。


「どうしたんだい、アステリッド?」

「はい、じつは、ですね――」

「ん?」


「わたし、あの場所を知っているんです――」

「え? どういうこと? 行ったことがあるって、そういう意味?」

「いえ、そうではなくて、あの遺跡に行くのは初めてなんですけど、ああいう場所に行ったことがある、いえ、そういう場所がある世界に住んでいる夢を見たことがあるんですよ」


 キールはアステリッドの言っている意味がいまいち整理できていない。何というか、いい回しがややこしい。


「ごめん、ちょっと、分かりにくいから、もう少し説明してもらえる?」


 アステリッドの話はこういう事だ。

 アステリッドが今とは違う世界で生活している夢をよく見るという事を、キールは知っている。それが彼女との出会いのきっかけでもあった。そして、今彼女はそれが何なのかを解き明かすためにメストリル王立大学で心学を学んでいる。

 バレリア遺跡の地下に広がる迷宮の形状が、そのアステリッドが見る夢の中に出てくる建造物と似ているというのだ。

 大小の差はあるが基本的に四角い部屋、真っ直ぐな通路、同じ大きさの入り口、等間隔に刻まれた石の階段――。


「私が見る夢の中の世界とよく似ているんです。あ、もちろん、夢の中の世界では人もたくさんいましたし、明かりも太陽もありましたから、あんなに真っ暗ではないですけど――」


「――アステリッド、それってもしかして――?」


「はい、おそらく私の前世の記憶の世界と同じじゃないかと――」


 なんということだ。

 つまり、アステリッドの前世の世界がこの世界の地下に埋まっているというのか?


「アステリッド、この話はまた今度、詳しく話そう。デリウス教授の話も聞きたいし、さすがにちょっと、荒唐無稽こうとうむけいな話といわれかねない。まだみんなには話さないでおこう」


「はい、キールさんと私だけの秘密ですね?」


(ん? なんか妙な響きだが、まあ確かに意味はあっている――)

と思ったキールは、

「そうだね。二人だけの秘密にしておこう――」

と応えてしまった。


 アステリッドの表情が少し明るくなったのだが、キールはそれには気付かなかった。 






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