第8話 音にするだけじゃ終われない!

 弾けてばかりだ。

 感情がびっくりして、その反動で私は吸収に時間がかかるけれど、確かに私は成長していると思う。

 今まで、が全部間違えだったなんて思わない。


 ……今まで、か。

 この言葉が線を引いたのは横溝くんに会うまでの日と会ってからの日。

 間違いなく、私の人生の濃度が変わった日だ。


〝好き〟とは何か、音楽とは何か、生きるとは何か、私とは何か。

 あの日を境にたくさん考えた。たくさん答えを出した。



 答え合わせしなくちゃ。



 私が向かった先は音楽に愛された少女のもと。

 初めて人前で自分の音を聞いてもらうには贅沢すぎる相手だ。

 それでも私は弾いた。

 たった8小節。たった15秒。

 少女は笑った。



「あなたの心は綺麗なほどまっすぐね」



 彼女のその言葉の意味が今ならわかる。音は心の鏡だから。



「だいぶ曲のイメージが――」


「大丈夫、私がなんとでもするわ」



 私の言葉を遮る彼女の自信にあふれた言葉に不安をぬぐわれる。


 さすが部長だな。

 この人が部長でよかった。



「ありがとう」



 5文字でしか部長への感情は音にならなかった。



「こちらこそ聞かせに来てくれてありがとう。聞けて良かったわ」



 彼女はなんて素敵なんだろう。

 でも彼女はそれだけじゃなかった。



「約15秒。言葉を話すとしたら約80文字くらい話せる時間なの。

 でも音に込める感情はいくつでもいいと思うのよ。

 その分だれかにきっと届くはずだから。

 私にも、あなた自身にも。

 だから次も聞ける時を楽しみにしてるね」



 背中を押すその言葉が私にとってどんなに大切か……。

 私は「はい!」と思うがままに返事をした。

 廊下まで響いてしまうほどの声量で、そのまっすぐな声を追いかけるようにいつもの練習場所へ向かう。


 楽しい。

 心が軽い。

 もっと音にしたい。


 息を吸って、深く吐いた。

 少し濃い青色の空に朱色が滲み出した空に向かって、音と共に吐いた。


 弾けた感情。変わる日常。色づく景色。強くなる想い。

 君にピントがあって、胸が熱くなって、好きに混乱して、音楽が強くなった。

 過去と見つめあって、音と向き合って、はじめて私を真正面から見ることが出来た。

 部長も横溝くんもいなかったら出来なかった。


 言い表す言葉なんて1個も見つからない。

 けど伝わって欲しい。響いて欲しい。


 ねぇ、聞いてよ。

 あのね……。


 言葉だったら80文字しか伝えられない15秒間。

 ありったけの感情、数え切れない感情を込めるから聞いて!





 ──やっと音になる日が来た。

 群青の空と砂っぽい会場。

 私は絶対この日だって決めてきた。

 暑さが気にならないほど、緊張が私の全身を駆け巡る。


 口元の余計な力も、指先のぎこちなさも無くなっちゃえ!


 そう思えば思うほど、消えなかった。

 でも私の緊張は《いしき》は一瞬で消えることになる。


 横溝くん……。


 ユニフォームをまとって真剣な顔をしている。

 見るだけで緊張しているのが分かる。


 自分より緊張している人を見たら緊張がなくなる。


 誰かが放った言葉。

 今までは私が1番緊張していたんだろう。

 昔のコンクールもきっとそう。


 ありがとう。

 横溝くんのおかげで今までで1番な音が出せそうだよ。


 私の15秒に〝緊張が解けますように〟という意味が加わる気がした。






 私たちは部長の合図で応援を始める。

 頑張る彼らの背中を押すように。

 周りの音がよく聞こえる。息継ぎの微かな音さえ、陸上部員の土を蹴る音さえ。

 私の音は叫んでるみたいに1番強く聞こえる。


 お願い、届いて。


 ソロパート前に思い切って息を吸った。許された15秒間に全部を込める。


 ねぇ、笑って。


 横溝くんに訴えるように、ぜんぶ伝わるように音にした。


 出し切った──。

 そう思った瞬間、周りに音のないことに気づく。


 誰も吹いてない!?


 そんな困惑を断ち切るのが部長だった。

 部長が私のオリジナルパートから曲まで上手く繋ぎ合わせている。


 この人はほんとに……。


 部長のおかげで無事に曲を完走出来た。



「大丈夫だったでしょ?」



 音楽に愛された少女が私の隣に来て笑った。



「うん。ありがとう」



 彼女は「いいえ!」と言って私の隣に座った。

 私もつられて座る。

 ふぅ、と胸を撫で下ろす。余裕のできた私の目に飛び込んできたのは横溝くんで──。


 あ、笑ってる。いきいきした笑顔だ。


 その顔に胸がいっぱいになって、両手を繋いで彼の優勝を願った。もっと笑って欲しいから!




 その日、横溝くんは1番いい色と笑顔を手にした。

 嬉しくて、届いた気がして、欲張りになった。


 届けてもいいかな、この想いを。


 片付けるホルンをみて、強く思う、よりも早く体が動いた。



「横溝くん!」



 私はとっさに彼を呼び止めた。

 何を言おうかも考えてなかったから急いで思考を回す。



「優勝おめでとう!」



 真っ先に浮かんだその言葉を送る。彼から返ってきた「ありがとう」の言葉に私は視線を逸らした。


 やっぱ言うのはやめよう。


 そもそもあんまり話したことがない私から想いを伝えられたってきっと困っちゃうだろうから。



「忙しいのにごめんね! それだけ!」



 と言い残してその場を去ろうと後ろを向いた。



「好きだよ」



 勝手に音になった。なっちゃった……。

 顔が見えなくなって、緊張が解けたら心の声が言っちゃってた。

 ……伝えられてよかった。

 深い深呼吸をして手を握る。


 君の笑顔が弾けてますように。

 そう思って、もう一度彼の方に振り返った──。



 ──完──

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弾けた想いよ、音になれ! 雨宮 苺香 @ichika__ama

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