第3話 私にとっての音

 恋に気づいてから、私は音楽への好きを再確認していた。しようと思ったんじゃないんだけど、なんとなく振り返るようになったのだ。

 音楽も私にとっては好きで大切だから――。




 私は昔から音楽にあふれた生活をしていて、ピアノを習ったりスピーカーを通して音楽を流したり、音が近くにあるのが当たり前だった。私にとっては音がない生活を想像する方がずっと難しい。

 触ったことがないホルンを始めた時だってそう思った。なんでホルンにしたかははっきりと記憶に残ってないけれど、小学生だった私はホルンに手を伸ばした。

 そこからずっとだ。ずっとホルンに手を伸ばし、出したい音を探し求めている。


 ホルンは先導する楽器だと知ったのはいつだっただろうか。後ろに向けて音を放つ唯一無二の楽器であり、私は角のない優しいフォルムが好きだ。そして楽器は努力を裏切らないから愛してやまない。


 運動部は肉体的な関係でどうしても休みが必要だ。でも文化部、楽器と向き合う私たちは楽器を体の一部としなければいけない。休んで弾けなくなることの方がずっと怖いし、私は好きだから吹き続ける。

 好きだから吹き続けていたんだ。


 だから私は吹奏楽の活動がなくても、放課後は外階段の踊り場でホルンを吹いていた。



 でも、今は横溝くんを見るためかもしれない。


 現に今、私の視線の先には彼がいた。練習中の横溝くんは左から右へとギュンと駆け抜けていって……。私は視線を逸らすこともできなかった。ううん、しなかった。


 活動のない日はいつもこうだ。練習に集中できない。

 練習すると決めて来ているのに……。


 私はどうしても恋を理由にしたくなかった。

 でもこの恋で私はわがままになったのかもしれない。

 この胸の温度も、この想いも全部音にしたい。

 そう思ってしまうのだ。

 そしてそう思う度、出したい音はホルンの管を通ってくれなかった。


 音にすれば楽になれるって、そう思ってるのに。


 ましてやこの想いは声になんてならない。なるわけない。

 言ってしまえば、今の状態はもっと悪化する。

 ホルンから逃げたくなるかもしれない。

 音楽が味方じゃなくなるかもしれない。


 お願い、音になってよ。


 ホルンに話しかけるようにそう願ったのにホルンは答えてくれなかった。




 ――息抜きしよう。そう思って私は部室へと足を運んだ。

 今日は部活がないけれど、ある人が私の頭の中に浮かぶ。


 実はこんな少人数の吹奏楽部だけれど、3つの部室を持っている。打楽器の部屋と金管楽器の部屋と木管楽器の部屋だ。昔はたくさん部員がいたから用意されたようだ。

 普段はパートごと塊になって音を聞きあったり、個人で練習したり……。

 私のようにパートに1人しかいない場合は好きなところで吹いたり、空き教室を使ったりしている。

 自由に赴くまま活動している私たちの中には、担当楽器以外を練習する人もいた。


 やっぱり……。


 誰もいないはずの部室からアコースティックギターの音が聞こえてくる。

 私は邪魔をしないように廊下に座り込んだ。


 ドアの向こうにいるのは吹奏楽部の部長。

 そして昔、私の隣に立った人だ。


 部長は私にとって自信を失ったあの過去の記憶に残る人である――。

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