月姫物語






 こんにちは、はじめまして。




 それが、わたしの最初の記憶、最初の言葉。


 リタという少女の笑顔と、真っ白な施設。


 それが、わたしの始まりだった。




 目の前の少女、リタと。わたし。似ているようで違うことは、すぐに理解することが出来た。

 わたしは目覚めたばかりだったけど、不思議と物事を理解することに長けていた。



 救世主セレナ。それがわたしのオリジナル。わたしは、救世主のクローンとして生み出された。

 自分という存在を理解するのは、とても早かった。きっと、リタが理解するよりも早かっただろう。



 ロンギヌスという組織は、救世主の意志を継ぐための組織。

 救世主セレナの意志とは、天使や悪魔と呼ばれる魔神たちの排斥である。セレナは人の手によって殺されたものの、その特別性ゆえに力は失われず、彼女を殺した槍へと宿った。

 力を宿した槍は、救世の槍、あるいはロンギヌスの槍と名付けられ。人類の暮らす星、地球全体に影響を与えるために、月面へと突き立てられた。


 救世主セレナの力が、槍を通して月へと浸透し。その結果、地上から魔神たちは消え去った。しかし、それは完璧ではなかったらしい。

 魔神たちは、地上とは異なる領域にて生き延びており、ある程度の条件が揃えば地上への顕現が可能であった。


 魔神たちの力は強大で、人類には必要のないもの。


 だからロンギヌスは、槍に宿る力を強くしようと模索し。

 その最終結論が、わたしだった。




 わたしはクローン。救世主セレスと同じ存在。だからわたしは、槍の力を増幅させ、それを制御することが出来る。

 わたしが槍を握れば、月に満ちる魔力は活性化して。ただそれだけで、地上から魔神たちは完全に消え去るらしい。



 槍を握りながら、わたしは思う。

 こんなことのために、わたしは生み出されたのか、と。



 最初のうちは、何も思わなかった。それはきっと、何も知らなかったから。

 外の世界を知らなかった、地球を知らなかった、人間を知らなかった。


 そんなわたしを変えたのが、たった1人の友だち、リタだった。




 槍の制御機構として機能するようになって、わたしは他者との接触を禁じられるようになった。

 元よりわたしは、このために生み出されたのだから。わたしが機能しているうちは、そのままでいいということなのだろう。

 力の説明をしていた研究員も、他のロンギヌスの職員も。教育係であったリタも、当然のように接触を禁じられた。


 しかしリタは、再びわたしの前に姿を現した。

 彼女は魔法を習得し、他者にバレずにわたしに接触を図ってきた。




 禁じられていたのに。それでもリタは、わたしの前に現れた。

 大事な友だちだから、と。その時のわたしには、まだ彼女の感情が理解できなかった。


 でも、何度も何度も会って、その度に多くの話をして。

 わたしは、知らなくていいことを、いっぱい知ってしまった。




 そう、悪いのは全部、リタのせい。


 リタがわたしを、人間にしてしまった。

 わたしに自我を、エゴを与えてしまった。


 それが、悲劇の始まりとは知らずに。
















 わたしが稼働を始めてから10年ほど経った頃、月面都市で事件が起きた。



 月の都市は、魔神の残したロストテクノロジーと、魔法使いたちの力によって維持された特殊な場所である。

 しかし彼らも、宇宙という存在を完全に理解しているわけではなく。



 太陽の活性化。

 猛烈な太陽フレアの影響で、月面にある全ての電子機器が停止してしまった。



 前代未聞の大事故。月面での生命維持にはテクノロジーが必要不可欠であり、人々はパニックに陥った。

 魔法の力だけで全てを補うことは出来ず。

 月の都市は、崩壊の危機に瀕した。




 そんな危機を、わたしはリタから聞いて。

 無限のエネルギーがあれば、解決すると考えた。


 そして、思い出す。わたしが救世主のクローンであることを。

 救世主とは、ただ槍を制御するだけの存在ではない。


 魔神たちの脅威から逃れたい。そんな願いによって、セレスが力を行使したのなら。

 わたしにも、同じようなことが出来るのかも知れない。




 だからわたしは、願いを叶えた。月の都市が崩壊しないように、無限のエネルギーが必要であると。


 そうして誕生したのが、わたしの1つ目の宝具。

 無限の魔力を生み出す、光り輝く宝玉。


 後に、竜の頸の珠と呼ばれるものを。




 宝玉によって与えられる無限の魔力によって、月の都市は安定的な生活が可能になった。

 わたしの力、救世主としての力によって、月の人々は救われた。


 その出来事があって、多くの人々がわたしに感謝の言葉を伝えるようになった。


 ありがとう。

 おかげで助かった。

 救世主様。


 そんな人々の声に、わたしは、嬉しいと思ってしまった。

 もっともっと、感謝されたいと思ってしまった。





 ある時、わたしは思った。

 月には生き物が少ないと。


 リタが教えてくれた話によれば、地球には多くの生き物が存在するらしい。

 四足歩行、虫、空を飛ぶ獣。

 話を聞くだけでは、想像すら出来ないような地球の生き物。


 月には生き物が少ない。

 だからわたしは、生命の創造を考えた。


 命の定義は分からないけど。それが、無限に溢れる器を生み出した。


 聖なる器、聖杯。

 後に、仏の御石の鉢と呼ばれるようになる、第2宝具を。




 この頃から、だっただろうか。

 周囲のわたしを見る目が、恐れを含むようになったのは。


 でもわたしは鈍感で、救世主である自分の力を試したくて。

 ゆえに、第3の宝具が誕生するのに、そう時間はかからなかった。






 生命だけではない。

 地球に比べて、月には物が少ないと思った。

 仕方がない、月の物資は少ないのだから。



 だから、あらゆる物を生み出す魔法の杖を生み出した。

 とてもきらびやかな、宝飾に溢れた木の枝のような。



 やがて、蓬莱の玉の枝と呼ばれるものを。






 無秩序に生命を生み出す聖杯と、何でもかんでも創造する魔法の杖。

 2つの宝具で、わたしは月を豊かにしようと考えた。リタの話で知った、地球と同じように。



 生命の創造と、万物の創造。

 それはまるで、神の所業のようで。



 気づけばわたしは、槍の制御という定められた仕事すら、時折放棄するようになった。

 それに対して、ロンギヌスが行動を始めるのも、当然の反応だっただろう。





 リタを通じて、わたしにメッセージが来た。

 無駄な行動を止め、槍の制御に努めるようにと。


 わたしが槍から手を離せば、その分地上の加護が失われる。悪しき魔神たちの脅威が迫ってくる。

 それこそが、ロンギヌスがもっとも危惧すること。そのために、わたしは生み出されたのだから。


 以前のわたしだったら、きっと何も思わずに命令に従っていただろう。

 しかし、わたしは以前とは違っていた。


 人としてのエゴを、持っていた。






 ある年、わたしはボイコットを起こした。

 槍の制御の一切を放棄し、自由に生きることを決めたのだ。


 当然、ロンギヌスは止めようとした。

 彼らは優れた技術を持ち、魔法使いも多く在籍している。



 だがしかし、宝具を手にしたわたしには敵わなかった。



 聖杯によって生み出された怪物と、魔法の杖から吐き出される暴力的な質量。

 それに加えて、わたしは4つ目の宝具を新たに生み出した。


 あらゆる攻撃、あらゆる魔法を無力化する無敵の羽織。

 後に、火鼠の皮衣と呼ばれることになる宝具によって、わたしは完全なる籠城を可能にした。




 聖杯から生み出される無限の怪物に、ロンギヌスの人々は敵わず。生活に必要な物資、食料は魔法の杖によって生み出せる。


 誰にも侵されない、誰にも邪魔されない。

 そんなわたしのボイコットは、およそ100年近くにも及んだ。




 その100年の間に、地上では色々なことがあったらしい。槍の魔力が弱まったことで、特殊な指輪で悪魔を召喚する者が現れ、世界が大きく乱れたと。

 時の権力者たちはこぞってその指輪を求め、悪行を止めるためにとある騎士団が誕生したり。


 だがしかし、そのどれも、わたしには関係のないことだった。




 100年にも及ぶボイコット。

 それに終止符を打ったのは、ロンギヌスではなく、わたし自身だった。


 3つの宝具による完璧なる籠城。救世主の圧倒的な力に、人類では敵わない。

 わたしは、籠城に飽いたのだ。


 ただでさえ、月には娯楽が少ない。なおかつ、唯一の遊び相手であるリタですら、ボイコット中は近づけなかった。

 宝具によって、どんな生物も、どんな物でも生み出せる。だがしかし、わたしの知らないものは生み出せない。新しい娯楽は誕生しない。


 わたしは、ついに思うようになった。

 地球へ、行ってみたいと。















 地球へ行き、真の自由を手に入れる。そのために、わたしは5つ目の宝具を生み出した。


 自分の望む場所、生きたい場所に行ける道具を。

 後に、雀の子安貝と呼ばれる宝具である。



 しかし、その宝具は機能をしなかった。




 なぜ、どうして。

 わたしが地球に行ったことがないせいか。

 その時のわたしには、まるで理由が分からなかった。



 だが、その程度で諦めることは出来ない。

 宝具の力に頼らずとも、地球に行く手段はあるのだから。


 ロンギヌスは定期的に、地球と月とを行き来している。それを利用すれば、わたしも地球に降りれるはず。

 だからこそ、100年にも及ぶ籠城を止めて、わたしはロンギヌスと正面から戦うことを決めた。



 圧倒的な力を持つ、救世主のクローン。5つの宝具を持つ絶対者。

 だからこそ、負けるはずがないと思っていた。向こうは100年も突破できなかったのだから、こちらの宝具を突破できるはずがない。


 だがしかし、戦いは思いも寄らない結末を迎えた。




 わたしは、為す術なく敗北し、彼らに捕われた。

 理由は、わたしの”魔力不足”だった。




 なぜ、5つ目の宝具が起動しなかったのか。それも同じ理由。

 救世主といえど、無敵ではない。

 わたしは宝具を創り過ぎたのだ。



 無限の魔力を持つ宝玉。


 際限なく生命を生み出す聖杯。


 あらゆる物質を生成する魔法の杖。


 どんな攻撃も無力化する羽織。



 そんな規格外の宝具を生み出した結果、わたしの救世主としての力は尽きかけていたのだ。

 そして、5つ目の宝具を生み出したことで、完全にゼロになった。


 宝具が機能しなかったのではない。宝具を起動させるだけの魔力が、わたしには残っていたかった。

 魔力を無限に生み出す第1宝具は、都市のエネルギー源として手放してしまっている。


 わたしは欲をかきすぎて、そのエゴによって自滅した。






 その後、ロンギヌスはわたしの処遇について決定した。

 思考を封じての、永遠の労働。つまり、槍を制御するだけの人形に変えること。


 まぁ、当然の結果なのかも知れない。100年もの間ボイコットをし、結果、地上が大きく荒れたのだから。

 かつては救世主として崇められたわたしも、すでに見限られていた。



 だがそんなわたしに、手を差し伸べる者が1人。

 最初にして唯一の友人、リタである。



 リタはわたしに対する処遇を厳しすぎるとして、撤回を求めた。しかし、ロンギヌスの総意を変えるには至らず。

 最後に1つだけ、わたしの願いを聞くことに落ち着いた。


 槍を握るだけの人形になる、その前の最後の願い。

 わたしは迷うことなく、地球へ行きたいと願った。






 そこから先の出来事は、もはや語るまでもないだろう。


 竹取物語。


 そう呼ばれる人生を、わたしは歩んだ。






 光り輝く筒状の乗り物、それで地上へ降ろされて。

 わたしはとある老夫婦の世話になった。


 ”かぐや”という名を与えられ、つかの間の自由を謳歌した。


 生まれながらの美貌ゆえに、多くの男達に言い寄られるも、わたしの心はなびかずに。

 逆にその男たちを利用して、わたしは力を取り戻そうと画策した。




 五つの難題。

 それは、奪われた宝具を回収しようという考えから生まれた。




 わたしが地上に送られるのと同時に、わたしの生み出した宝具は地球の各地へと散りばめられた。

 あれらは基本的に、わたしにしか扱えないもの。ゆえに、彼らは月で保管することは危険と考え、わたしの手の届かない場所に放棄することに決定した。


 だから、それを取り戻すことが出来れば。

 いずれ来たる月からの迎えを返り討ちにし、地上で真の自由を手に入れられるかも知れない。そう願いを込めて、5つの宝具を探させた。


 だがしかし、結果は物語に記された通り。

 誰一人として、わたしの宝具を見つけることは出来ず。


 失意のまま、かぐや姫の物語は終わりを迎えた。






 特殊な羽衣を被されて、思考能力を奪われて。

 槍を握るだけの人形は、それから1000年以上に渡って、稼働を続けることに。



 このまま、永遠に。

 何も考えられず、何も行動できず。



 そんな中でも、儚くもわたしは想い続けた。

 とある、感情を。






 そして、

 あの日が訪れた。






 西暦2000年。


 魔神サタンの顕現と、月への攻撃。


 胸を貫く激痛と、それ以上の喜びに包まれながら。

 わたしは、死んだ。










◆◇ 月姫物語 ◇◆









(――今のは、一体)




 ほんの刹那のうちに、輝夜の中に情報が流れ込んできた。

 それは記憶。まるで実際に体験したかのような、リアルな記憶であった。


 だがしかし、今はそんなことに意識を向けている場合ではない。

 流れ込んできた情報よりも、もっと驚くべき現象が現実に起きているのだから。




 そこは、闇だった。




 気がつけば輝夜は、闇に包まれた見知らぬ空間へと飛ばされていた。あのネックレスに、ブレードが触れたのが原因だろうか。


 少なくともここは、姫乃の街ではなかった。


 どうやらこの現象に驚いているのは、輝夜だけではないらしく。

 同じように、目の前でリタが周囲を見渡している。

 彼女にとっても、これは未知なる現象らしい。




「一体、何をしたの?」


「……あいにく、わたしにもさっぱりだ」




 この現象が起きた理由も、この場所の正体も。何一つ、2人は情報を有していなかった。

 分かるのは、ここがまともな空間ではないということ。



 肌を通して感じられるのは、底知れない異質さ。

 ただ暗いだけの空間ではない。物理的、あるいは精神的に、ここには危険が存在する。

 ここに居てはいけないと、本能が訴えている。


 あれだけ争っていた2人が、こうして矛を収めるほど。

 そうさせる何かが、この空間には存在していた。




「……雀の子安貝。あぁ、いや。あのネックレスはどこへ行った? たぶん、あれの力でここに転移したんだろう」




 記憶の混濁ゆえに、輝夜はネックレスをそう呼んでしまう。

 あれに秘められていた力、叶えられなかった願いを、知ってしまったがゆえに。




「ちょっと、待って。そこに落ちてるわ」




 幸運なことに、ネックレスは2人のすぐ側に落ちており。

 リタが拾い上げると。


 ヒビ割れ、砕け散ってしまう。




「そんなっ」


「おい、嘘だろ」




 リタは、思い出の品が壊れてしまった悲しみから。

 輝夜はその機能の重大さを知っているがゆえに、絶句する。


 このネックレスは、かぐや姫が生み出した最後の宝具。望む場所、どんな場所にも行くことの出来る代物である。

 それが壊れてしまっては、元いた場所にも戻れない。




「おい、リタ。何を願った?」


「……何を言っているの?」




 リタには、質問の意味が分からない。しかし輝夜にとって、それは重要な情報であった。




「あのネックレスは、所有者の望む場所へと転移させる道具なんだよ。つまり、ここはどちらかが望んだ場所ってことになる」




 冷静に、なぜこうなったのかを考える。




「少なくともわたしは、こんな場所は知らないし、こんな場所に行きたいとも思ってなかった。あの時思っていたのは、ただネックレスを手に入れたいということだけ。つまり、わたしじゃなくて、お前の願いでここに飛ばされたはずだ」


「わたしの、願い?」




 リタは周囲を見渡す。


 そこには、なにもない。

 地面も天井も、遙か先も、ひたすらに闇が続く異様な空間。


 時折、脈打つように地面や天井が淡く光っており。

 まるで、空間自体が生きているかのようだった。




「わたしだって、こんな場所に心当たりなんて無いわ。わたしが望んでいるのは、最初からたった1つ」




 そう言って、リタは考える。

 もしも輝夜の言う通り、ネックレスにそのような能力があるとすれば、と。



 だがしかし、その考えはすぐに捨て去った。



 そんなはずがない。

 ■■■■■が、こんな場所に居るはずがないのだから。




「わたしを、わたしを惑わすのはもう止めなさい! あなたは一体何なの!? 何が望みなの!? わたしの輝夜をどうしたの!?」


「あぁ、もう。落ち着け! いい年した魔女が、ヒステリックを起こすな!」


「なぁんですって!?」





 輝夜とリタ。

 2人が、醜い言い争いをしていると。



 ザッと、何かが近づくような音が。





「「ッ」」




 2人揃って、音のした方向へと身構える。


 こんな異常な空間、どんな化物が現れてもおかしくはない。


 そして、その予感は的中する。





 現れたのは、得体の知れないナニカ。




 2本の腕が存在し、こちらへ動いていることから、生き物であるのは確かであろう。

 しかし、それは地球上に生息するどんな生物とも、異なる風貌をしていた。


 巨大な体は、ゾウを思わせるほど。

 けれども足にあたる部分は存在せず、肉体が蠢きながら前へと進んでくる。


 怪物と呼べるくらいに、上半身は屈強で。

 顔と思わしき場所からは、とてつもない量の炎が発生していた。




「なっ」


「これは、魔獣? いえでも、こんな種類のものは」




 得体の知れない化物に、動揺する2人。

 けれども、深く考える時間は存在しない。


 現れた化物。

 それはこの空間と同様、人類とは決して相容れない存在なのだから。




 化物は、蠢き。

 全てを焼き尽くす猛火が、2人に対して放たれた。





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地獄姫 〜初期ポイントを容姿に全振りしたら、とんだクソザコナメクジに生まれ変わってしまった〜 相舞藻子 @aimai-moko

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