無垢/罰
「その顔で、その口で。くだらない戯言を吐くのは止めてちょうだい」
それは魔女の怒り。
具現化した暴力が、輝夜に対して降り注ぐ。
一撃一撃が、コンクリートを深く抉るほど。
学校の屋上という限られた領域の中で、輝夜は致死の雨から逃げ続ける。
「くっ」
避けきれない攻撃は、ブレードでさばき。
圧倒的な力の差に対して、輝夜は抗う。
必死な輝夜に対して、魔女は堂々と、余裕を見せる。
「途中までは、完全に騙されたわ。でも、リサーチ不足だったわね。輝夜がゴミを量産していたのは、”蓬莱の玉の枝”。わたしが持っているこの聖杯は、第2宝具である”仏の御石の鉢”よ。それを間違えるなんて、輝夜なら絶対に有り得ない」
一瞬のミス、致命的な間違い。
それゆえに、リタは輝夜を倒すべき敵であると再認識していた。
(くそっ)
圧倒的な魔力を浴びせられながら、輝夜は内心悪態を吐く。
パーフェクトコミュニケーションは、失敗に終わった。
(おいルーシェ、宝具やらなんやら、事前情報に無かったぞ?)
『すまん輝夜。あたしも予想外やった。まさがリタが、あんなもんを隠し持っとるとは 』
ルーシェは確かに、過去や未来といったあらゆる知識を有している。だがしかし、彼女自身、完璧な存在というわけではない。
だからこそ、リタが聖杯を持っているというイレギュラーに、つい反応が遅れてしまった。
パフェコ作戦で、不完全に距離を縮めてしまった結果。
逆に、魔女を深く怒らせてしまったのかも知れない。
もはや、会話による解決は不可能。
輝夜は思考を切り替えると、力強くブレードを握り締める。
「……こうなったら、わたしのやり方でやるだけだ」
輝夜のやり方。それはもちろん、たった1つ。
力ずくに他ならない。
(まだだ。ネックレスさえ手に入れば、まだやり直せる)
かつて聞いた、本来の自分の言葉。ただそれだけが希望と信じて、この場所へやって来たのだから。
絶対的な破滅を前に、紅月輝夜は諦めない。
『輝夜、一旦落ち着け。正面からあいつと戦っても、勝つのは無理や。それに、あいつは移動系の魔法も豊富に持っとる。逃げたら追うことも出来んで?』
(……だったら、絶対に逃げないようにすればいい)
リタの脳内から、逃げるという選択肢を無くす。
今の輝夜にとって、それは非常に簡単なことであった。
再び、演技の時間である。
「――ふはははっ。この身体の持ち主もそうだったが、長生きをした人間というのは、どうにも面倒な奴ばかりだな!」
「なんですって」
輝夜の言葉に、リタが食いつく。
対して輝夜は、悪魔のように笑った。
「わたしの目的を果たすのに、紅月輝夜の肉体は都合が良かったからな。だから奪わせてもらった」
「肉体を、奪った? なら、本来の輝夜はどこへ?」
「……さぁ? 天国か地獄か、どっちかに行ったんじゃないか? あいつの魂は、わたしが殺したからな」
魂を殺して、肉体を奪った。
その事実を、言葉にした瞬間。
空気が、重く。
リタの雰囲気が、変わる。
「さっきまでのお前は、本当に哀れだった。まるで本物だと思い込んで、ピエロのようだった」
これでもかと、輝夜は煽りの言葉を叩きつける。
その全てが、リタの魂を揺さぶるように。
もはや、そこにいるのは魔女ではない。
復讐心に駆られた、怪物である。
「――死になさい」
その初撃は、例えるなら空爆のように。
絶望という名の魔法が、輝夜1人に対して放たれる。
一つ一つが、純粋なる殺意の塊。
屋上だけでなく、学校もろとも破壊しかねない暴力が、輝夜に襲いかかる。
しかし、そんな絶望の中でも、輝夜は生きていた。
まだ、舞っていた。
(これで、いい)
これだけ挑発すれば、地の底までリタは追ってくるだろう。万が一にも、逃げるという選択肢だけは選ばない。
輝夜は絶望と引き換えに、一縷の望みを手繰り寄せた。
ほんの一撃でも当たったら、致命的な傷を負うだろう。
ゆえに輝夜は、自分の持つ全ての力を引き出し、嵐の中を駆け抜ける。
空間が歪むほどの魔力。
感情によって変性した、殺戮の魔法。
たった1人の人間に向けるには、あまりにも強すぎる力。
それに狙われながらも、輝夜は命を繋ぐ。
「――」
瞳を、白銀に輝かせて。残された数少ない道を、ひたすらに走る。
千の未来があれば、千の自分が死んでいる。ならば、もっと多くの未来を。
奇跡の道を、踏んでいく。
ゆえに、輝夜の魔力は常に最大出力。
可能な限り身体能力を高めて、殺戮の雨を避ける。
(ただでさえ、筋肉痛があるのに。ここまでやったら、明日死ぬんじゃないか!?)
脆弱な輝夜の身体は、激しい魔力に耐えられるように出来ていない。きっと明日は、人間を止めたような状態になっているだろう。
だが、それでいい。
明日があるということは、すなわち勝利なのだから。
『頑張れ、輝夜! 足を止めたら、一瞬で蒸発してまう!』
「分かってる!」
僅かな隙間を、ブレードで斬り裂いて。
輝夜は前へ、リタの元へと近づいていく。
逃げるだけ、避けるだけではいけない。
あのネックレスを手に入れなければ、全てが無意味になるのだから。
リタの猛攻。
全ての軌道を見切って、さらにその先へ。
「ッ」
回避し切れない攻撃が、肌を切り裂くも、決して動じない。
決定的な攻撃だけは避けて。ただ、前へ。
そんな輝夜を見ながら、リタの表情が歪む。
「――なんなの。その目、その顔は! わたしの知ってる輝夜は、そんな表情をしない!」
それは、叫びのように。
なおさら激しくなる攻撃に、輝夜の表情も歪む。
だがしかし、まだ足は止まらない。
どんなに激しい攻撃でも。そこに穴がある限り、輝夜はそれを見逃さない。
「これで、終わりよ!」
しびれを切らしたのか。リタが解き放ったのは、学校を飲み込むほどの極大魔力。
輝夜の身体能力では、回避不可能。まるで星が落ちてきたかのように、視界が覆い尽くされる。
だがそれでも。
輝夜は、諦めない。
回避不可能なら、別の可能性を。
存在しない道を創るだけ。
「――」
その身に宿る、戦いの遺伝子。
すべてを見通す瞳。
誰にも負けない、天性のセンス。
それら全てが魔力に、ブレードに込められて。
鋭い一閃となり。
パズルを紐解くように、リタの放った魔法を斬り裂いた。
「なっ」
1000年を生きる魔女も、思わず目を奪われる。
輝夜の一閃は、それほどまでの奇跡であった。
そしてその隙を、輝夜は見逃さない。
「届け!」
まるで糸のように。儚くとも強靭な魔力の刃を、輝夜は解き放つ。
それは一直線に、リタの胸元へと飛んでいき。
ネックレスを、宙へと弾き飛ばした。
「くっ」
ネックレスに対して、先に動いたのは輝夜の方。
しかしリタも、負けず劣らずの反応をし。
輝夜とリタ、双方が手を伸ばす。
全てを変える、貝殻のネックレス。
地力で勝るリタが、先に届きそうになるも。
まだ、輝夜は諦めない。
手が駄目なら、別のもので。
カグヤブレードを、ネックレスへと伸ばす。
どちらも、必死。どちらも、負けられない。
ゆえに両者の想いは拮抗し。
全くの同時に、リタの手と、輝夜のブレードが。
ネックレスへと触れた。
瞬間、光が溢れ。
世界が変わった。
「……は?」
遥か彼方。
星の中枢より観測していたルーシェが、思わず声を漏らす。
そこにある光景が、理解の範疇を超えていた。
戦場となった、神楽坂高校。
屋上は消滅し、校舎も大きく崩壊。
しかし、戦っていたはずの2人の姿が、綺麗さっぱり消えていた。
「なんや。なにが起こったんや」
神の視点から見ても、分からないことはある。
どの歴史、どの並行世界でも起こらなかった、最後の可能性。
紅月輝夜と、リタ・ロンギヌス。
彼女たちは、この世界から消失した。
◆◇ 無垢/罰 ◇◆
ザーザーと。砂嵐状態のテレビが、無意味に音を鳴らし続ける。
電波はすでに途切れた。
あちらとのチャンネルは失われた。
テレビを見ていたのは、2人の少女。
猫耳とツインテールが特徴的な、ニャルラトホテプMk-Ⅱにそっくりな少女と。
紅月輝夜と、全く同じ顔を持つ少女。
「にゃ。なにが起こったにゃん? 急に電波が死んだにゃん」
マーク2にそっくりな少女が、古いブラウン管テレビを叩くも。
映像は戻らず、砂嵐のまま。
そんな状況で、輝夜と同じ顔を持つ少女は立ち上がる。
「せっかく大事なところだったのに、早く映すにゃん! 輝夜とリタはどうなったにゃん?」
テレビを叩きまくる少女に対し。
輝夜と同じ顔をした少女は、ただ静かに。
けれども、やるべきことを悟っていた。
「タマにゃん、今すぐ支度をして。外に出るわよ」
「にゃ? 急にどうしたにゃん?」
「いいから早く。でないと、きっと手遅れになる」
彼女たちが居るのは、小さなシェルターのような場所。
どんな光も届かない、”
遠い昔。
止まっていた歯車が、動き出す。
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