禁断の遺物
花輪善人の暮らすマンション、その自室にて。
黒スーツを来た女性、影沢舞が正座をしている。
それに対するは、部屋の主である善人と。ベッドでくつろぐ輝夜。
善人は影沢と対面する形で正座をし、うつむきながら震えていた。
「紹介しよう。こいつがわたしの友達の、”
「よ、よしこです。はじめまして」
輝夜に紹介されて、善人はちょっと高めの声で挨拶をする。
どんな事情があろうと。男の部屋に泊まったとなると、かなり面倒な事になりそうなので。輝夜は善人に女装をさせ、”女友達”と偽ることにした。
幸いにも、善人にはやたらと長い前髪があるため、それで無理やり誤魔化していた。
善人は、当然無理だと止めたが。残念ながら、輝夜には逆らえない。
――大丈夫だ。声を高くして、下を向いてればいける。
輝夜のアドバイス通りにやってみるも、やっぱり善人には理解が出来ない。
単純に、からかわれているのではないか、そう思えてしまうも。
輝夜は本気でいけると考えていた。
そんな善人の様子を、影沢はじっと見つめている。
青い左目を、”カメラのレンズ”のように動かしながら。善人の体を、上から下まで凝視する。
そして何かを察すると、影沢は深いため息を吐いた。
「なにはともあれ、うちの輝夜がお世話になりました」
「い、いえ。こちらこそ」
精一杯、善人は声を高くして返事をする。
「あんまり、ジロジロ見ないでやってくれ。よし……よしこは恥ずかしがり屋なんだ」
「ええ。そのようですね」
善人の指にはめられた、黄金の指輪。
影沢はそれを見逃さなかった。
◇
影沢の運転する車に乗って、輝夜は家への帰路につく。
後部座席に座りながら、隣の座席に足を伸ばし。スマホもないので、ひたすらリラックスしていると。
「それで、”先程の彼”とは、どこまでなさったのですか?」
「……ん?」
先程の彼、という言葉に、輝夜は固まる。
「わたしの目を、誤魔化せると?」
「いや、その」
影沢からの追求に、輝夜は言葉が出てこない。
「あの部屋には、シングルサイズのベッドが一つ。あそこで一夜を明かしたということは――」
「おいおい、ちょっと待て。想像が飛躍しすぎだぞ!」
「むぅ」
影沢には、気になって仕方がない。
「ベッドはわたしが使って、あいつは床で寝てた。お前が想像するようなことは、一つたりとも起こってないよ」
「本当ですか?」
「ああ。まったく、心配しすぎだ」
「……ひとまずは、信じましょう」
影沢舞は、過保護であった。
「家についたら、まずはお薬を飲んでもらって。……あと、お風呂には入られましたか?」
「わたしが、一人で入れると思うか?」
「でしたら、入浴の準備もしておきます」
そんな話をしながら、輝夜は後部座席でくつろいでいる。
かなり、だらしのない格好で。
「輝夜さんも、もう年頃のレディなので。もう少しお淑やかになさったほうが、異性にもモテますよ」
「そういうのには興味ない」
どうでもいい人間に好意を持たれても、輝夜はイライラするだけである。
特に、見た目の良し悪しで態度を変える人間は最悪だった。
「そういうお前はどうなんだ? もういい歳だろ」
「わたしも、そういった関係には興味がないので。……あと、わたしはまだ”二十代”です」
「あと数ヶ月で三十路だけどな」
「輝夜さん?」
二十代を終えようとしている相手に、年齢の話をするのはNGであった。
◆
「しかし、何も見当たらんな」
「ですね」
昼過ぎ頃。
善人とアミーの二人は、昨日の路地裏へとやって来ていた。
一度魔界に帰って、回復したのだろうか。アミーの服装は元通りになり、傷も癒えている。
善人のパーソナルアダプターを探すために、ここへやって来た二人だったが。
すでに現場には血痕一つ残っておらず、落とし物など見当たらない。
「仮に、昨日の連中に回収されたなら、どうするんだ?」
「えぇっと」
残念ながら、善人にも事情は分からない。
悪魔関連に特化した組織ということ以外、ロンギヌスは基本謎に包まれている。
他に知っている事は、街の中心にある”タワー”が本拠地であることだけ。
「アダプターが無いと、かなり困るんだろう」
「はい」
パーソナルアダプターは、人間の脳とパソコンを繋げるのに必須となる機器である。それがないと、ドリームエディタ等は起動できず。ユグドラシルにも入れないので、アルマデルをプレイすることも不可能になる。
もしも他人の手に渡ってしまえば、悪用されることもある。
本来なら、紛失した場合は警察に行けば良いのだが。今回は事情が事情なので、警察にも行きづらい。
そうやって、二人が周囲を捜索していると。
何もない路地裏に、”一人の訪問者”がやって来る。
「む」
アミーは訪問者に警戒するものの
「あなたは」
善人には、その人物に見覚えがあった。
スラリとした、黒スーツ姿の女性。
紅月家の使用人を務める、”影沢舞”である。
午前中に、出会ったばかりの相手だが。
「こんにちは、花輪善人さん」
例の設定は、すでに看破されていた。
「えっと、どうしてここに?」
「ふふっ」
善人に問われると、影沢は笑みを浮かべる。
「――あなたを殺しに来た。と言ったら、どうします?」
「え」
「坊主、下がってろ!」
アミーが間に入り。
拳を構えると、戦闘態勢に移行する。
「あの、アミーさん」
「なんだ?」
影沢に聞こえないように。
善人は、アミーに”耳打ち”をした。
「……了解した」
アミーは、その言葉を胸に受け止める。
「話は終わりですか? では――」
影沢は目にも留まらぬスピードで駆け出し。
その拳を、アミーに叩きつけた。
アミーは、それを両腕で受け止めるも。
「なんだ、このパワーは」
見た目からは想像できない”重さ”に、驚きの声が漏れる。
「腕が、痺れる」
アミーが、衝撃に悶えていると。
影沢は一歩後ろに下がり、そのまま真上に跳躍。
アミーに、かかと落としを叩き込んだ。
「ぐっ」
先程と同様に、両腕で攻撃を受け止めるも。
あまりの衝撃に、地面が陥没してしまう。
華奢な体から繰り出される、人間離れしたパワーに。
善人は驚愕した。
かかと落としの体勢から、影沢は地面に向かって倒れていき。
「ッ」
その途中で、アミーに鋭い回し蹴りを叩き込む。
「ごっ」
ガードが間に合わず、アミーは腹に直撃を受け。
善人の側まで蹴り飛ばされた。
「アミーさん!」
善人がアミーに近づくと。
そこへ影沢が接近し。
ゆっくりと、手を伸ばしてくる。
「くっ」
危機的状況ゆえに、善人の防衛本能を指輪が感知。
ほぼ反射的に、”黄金の盾”を形成した。
「これは」
善人の展開した黄金の盾に、影沢は驚きを露わにする。
データに存在しない、”未知なる力”。
とはいえ、ただ驚くだけでは意味がないため。
黄金の盾に対して、影沢は本気の拳を叩き込んだ。
その気になれば、建物すら倒壊させられる一撃だが。
黄金の盾はびくともせず、ただ衝撃だけが響き渡る。
「なるほど」
”自分ではどうしようもない力”だと、影沢は理解した。
影沢が、善人の力に釘付けになっていると。
「うおおおッ!」
アミーが捨て身のタックルを繰り出し。
力づくで、影沢を地面に押し倒した。
「くっ」
起き上がれないように、アミーが上から押さえつける。
「大人しくしてろ。でないと怪我をするぞ」
「舐めるなッ」
圧倒的な体格差がありながらも。
影沢に秘められたパワーは、アミーのそれを凌駕しており。
「うおっ、冗談だろ!?」
アミーを背負ったまま、影沢は力づくで起き上がる。
そしてそのまま、思いっきりぶん投げた。
「くっ」
アミーは為す術なく、地面に倒されてしまい。
そこへ善人が駆け寄る。
「……何者なんだ、この女」
「もしかしたら、人間じゃないのかも」
体格からは想像できない、超人的なパワー。
善人は、とても同じ人間とは思えなかった。
「報告によれば、炎の魔法を使うとありましたが。何か、使用できない理由でも?」
影沢が二人に尋ねる。
それを受け、善人とアミーは互いに目を合わせ。
善人が口を開く。
「あなたが怪我をすると、きっと輝夜さんが心配すると思うので」
戦いが始まる前に、善人がアミーに行った耳打ち。
――この人は、輝夜さんの家族みたいな人なので。怪我はさせないでください。
その言葉を守るために、アミーは加減をしていた。
「……なるほど」
善人の話を聞き、影沢は彼を真っ直ぐと見つめ。
善人も、真っ直ぐな瞳で見つめ返す。
その瞳の中に、嘘偽りは存在しない。
それを確認すると。
「申し訳ありません。少々、意地悪なことをしてしまいました」
善人とアミーに対し、影沢は頭を下げた。
「意地悪って」
明らかに、そんなレベルではない。
「輝夜さんに取り付く”悪い虫”は、早めに駆除する必要がありますが。ひとまず、あなたは保留にしておきます」
「は、はい」
駆除と言うよりは、明らかな襲撃だが。
少なくとも、今すぐ消す必要はないと判断されたらしい。
「あと、これをお返しします」
そう言って、影沢が取り出したのは。
USBの付いたネックレス、善人のパーソナルアダプターであった。
「あっ、どうも」
それを受け取ろうと、善人は影沢の元へ近寄り。
「え」
その腕を、思いっきり掴まれる。
「それで、この”指輪”はどこで入手したんですか?」
善人の持つ黄金の指輪。
影沢は、それの”出どころ”を知りたがっていた。
「えっと。普通に、そこの露店で。輝夜さんが選んでくれたんです」
「これが、売っていた?」
まさかの事実に、影沢は絶句する。
◇
善人の記憶を頼りに、三人は露店のあった場所へとやって来る。
こじんまりとしたスペースで、占い師のような老婆がアクセサリーを販売する。
そんな露店があったはずだが。
その場所には、何も存在しなかった。
「昨日は、ここにあったんですけど」
時間帯が悪いのか、それとも別の要因か。
兎にも角にも、アクセサリー売りの露店は存在しない。
「……」
こんな場所で、”あんな代物”が売っていたとは。
影沢は、にわかにも信じられなかった。
「この指輪って、何なんですか?」
善人が尋ねる。
「そちらの悪魔から、何も聞いていないのですか?」
「俺か? いや、俺は何も知らんぞ」
アミーは、指輪について何も知らない。
なぜ召喚されたのかも、理解していない。
「それはおかしな話ですね。ところであなた、出身はどこの”階層”ですか?」
「あー、……”66”だ」
若干恥ずかしそうに、アミーは答える。
「66……随分と、”田舎”から悪魔を召喚したんですね」
「それって、どういう意味ですか?」
彼女たちの言う”階層”という概念を、善人は知らない。
「悪魔の暮らす世界、魔界は、全部で”72の階層”に分けられています。第1階層が最も広く、最も栄えた街とするならば、最下層はその真逆。つまり、60階以下ともなれば、”ど田舎”と言って差し支えないでしょう」
「うむ」
アミーは、恥ずかしそうに頬をかく。
「……魔界って、そうなってるんですね」
悪魔の暮らす世界に、そんな事情があるとは。
善人には全て初耳であった。
「だが、一つ訂正させてくれ。俺は確かに田舎出身だが、それはもう過去の話だ。しみったれた魔界を変えるために。俺はつい最近、第1階層に移住したばかりだ」
「それは」
日本で言うところの、”上京”みたいなものだろうか。
つまり、アミーは田舎出身の”お上りさん”であり、魔界での常識をあまり知らない。
故に、あのプライヤという悪魔とも話が噛み合わなかった。
「なるほど。お二人の事は、もう大体わかりました」
影沢は、脳内で二人の危険度を大幅に下方修正した。
「それで、その指輪についてですが」
影沢は話を戻す。
「我々はその指輪を、”
「フォビドゥン、レリック?」
当然のことながら、善人には馴染みのない言葉であり。
そのネーミングに、ちょっと惹かれてしまう。
「正式な数は不明ですが、世界中にそれなりの数が存在し。悪魔をノーリスクで使役できるアイテムなので、人によっては”王の指輪”と呼ぶこともあります。」
王の指輪。
その単語にも、善人は惹かれてしまう。
「正直、悪用されたら手がつけられないので。本来であれば、指を切り落としてでも回収したいのですが。あなたは輝夜さんのご友人なので、それは止めておきます」
「えっと、それはどうも」
幸運にも、善人は指を切り落とされずに済んだ。
「出来れば、昨日の出来事を詳しく教えてほしいのですが」
「わかりました」
三人は再び路地裏へと戻っていき。
善人は、そこで昨日の出来事を説明する。
露店で、お互いにアクセサリーを――
輝夜が不思議な匂いに誘われて――
悪魔相手に為す術なく――
プライヤが全身の皮を剥いで――
倒すと、中から全く別の――
最初から最後まで、影沢は黙って話を聞いていた。
「……あなたに、一つお願いがあります」
「はい」
全ての話が終わった後、影沢が善人に話しかける。
「その指輪を所持するのは構いませんが。もうこれ以上、”輝夜さんには関わらないでください”」
「ッ」
それは善人にとって、あまりにも酷な要求であった。
「――と、言いたいところですが」
「え」
「”ある条件”を飲んでくだされば、これからも輝夜さんと関わるのを許可します」
「……条件って?」
「もしも、あの子の身に危険が迫った時には。その命を賭してでも、守り抜いてください」
それが、影沢からの”お願い”であった。
しかし、それは。
「言われなくても、そのつもりです」
善人にとっては、愚問にも等しかった。
むしろ、それ以外の理由は必要ない。
――誰のために戦うのか。それだけは、初めから決まっている。
善人の返事を受けると。
影沢は、深々と頭を下げた。
「もしも、あなたが居なければ。わたしは大切な人を失っていました。先程の無礼に対する謝罪と。――輝夜さんを守っていただき、心から感謝します」
色々と、回りくどいことをしてしまったが。
結局の所、影沢はその言葉を伝えたかった。
◇
『アダプターが見つかりました!』
『実はわたしも、バームクーヘンマンが返ってきた。舞が言うには、落とし物として届けられたらしい』
『それは良かったですね』
輝夜と善人は、アプリ上でメッセージを送り合う。
『暇だから、ゲームやるぞ』
『すみません、アミーさんが街を見てみたいって言ってて。夜なら、普通に出来るんですけど』
そんな、送られてきたメッセージを見て。
(……こいつ、わたしよりも筋肉野郎を優先するのか?)
輝夜は、お怒りモードに入った。
リビングのソファに寝転がったまま、輝夜がスマホを弄っていると。
「ただ今戻りました」
出かけていた影沢が、家に帰ってくる。
「おかえり」
輝夜はスマホに夢中であり。
影沢もそんな様子を気にすることなく、リビングにやって来たのだが。
テーブルの上を見て、思わず動きが止まる。
「輝夜さん、”薬”が残っているじゃないですか」
テーブルの上には、20錠近くある大量の錠剤があった。
「一応、半分くらいは飲んだぞ?」
「ちゃんと、もう半分も飲んでください」
仕方がないので、影沢はコップの水を新しいものに変える。
「こんなに飲んだら、オーバードーズってやつにならないのか?」
「この薬は全部、”輝夜さんのためだけ”に作られた薬なので。どうか、安心して服用してください」
「はぁ……」
駄々をこねても仕方がないため、輝夜は薬を飲み始める。
「明日は、病院で検査がありますので」
「はいはい」
別に、薬が嫌いというわけではないのだが。
毎日”50錠”ともなれば、色々と不満が溜まってくる。
この薬が、何のための薬なのか。輝夜はそれを知らない。
今までは、あえて聞かないようにしてきた。
だが、しかし。
(……そろそろ、現実を見ないとな)
これ以上、目を背けてはいられない。
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