狂気覚醒






 月の光が差し込む、夜の路地裏にて。

 異界の住民である、二体の悪魔が対峙する。



 何が目的か。人間を狩る悪魔、プライヤと。

 ただ熱気を放つ、アミーという悪魔。





「おい、坊主!」


「は、はい」




 アミーが、善人に声をかける。




「その嬢ちゃんのそばを、絶対に離れるなよ」


「……はい!」




 言われるまでもなく、善人は輝夜を守るつもりである。








「さぁて」



 アミーが、顔の前で拳を握る。するとそこから、力強い炎が湧き出てくる。

 それこそが、アミーの武器。彼の魂と同じように、”熱く燃える拳”である。


 その様子を見て、プライヤは不思議に思うことがあった。




「なに、君。こっちでも”魔法”が使えるわけ?」


「それが、どうかしたのか?」


「どうかしたのかって。チッ、ほんとに何も知らないのかよ」



 アミーの態度に、プライヤはイライラを募らせる。





「……まぁ、いっか。どうせ死ぬんなら、関係ないしッ」




 不意をつくように、プライヤは咄嗟に踏み込み。

 アミーの首をめがけて、鋭い貫き手を放つ。


 だが、アミーはそれを紙一重で避け。




「おらッ」



 お返しとばかりに。炎を纏わせた、渾身のアッパーを繰り出した。




「チッ」



 プライヤは、アミーの攻撃を必死の形相で避け。

 ”絶対に当たらないよう”、大げさに距離を取る。




「……面倒くさいなぁ」



 アミーの纏う炎。プライヤは、それを異常に警戒しており。


 壁を思いっきり殴ると、それによって砕けた破片を拾い上げ。

 その破片を、アミーに向けて投擲した。




「くっ」



 アミーは、咄嗟に顔を守り。



 その隙に、プライヤは一気に懐に入り込むと。




「そらぁ!」



 再び貫き手を放ち。





 自身の右手を、アミーの腹に突き刺した。





「へへっ」



 プライヤの右手が、深々と突き刺さり。アミーの腹から血が溢れ出る。



 だが、その刺さった腕を。

 絶対に逃さないように、アミーが掴む。




「俺の熱に、耐えられるか?」


「テメェ」




 アミーは、雄叫びを上げると。

 彼の全身が、激しく燃え上がる。




「うがあああッ」



 当然、接触しているプライヤもろともに。




 アミーの生み出した炎に包まれ、プライヤは悲痛の声を上げる。

 ”絶叫”と、呼ぶに相応しいほどに。




「おいおい、この程度で音を上げたのか?」



 所詮は炎、所詮は火傷。この程度の攻撃で、これほどの反応を示すとは。

 流石に、アミーにも予想外であった。




「皮が、皮がぁッ」



 だが、プライヤは異常なまでの苦しみを見せ。

 炎に焼かれた箇所から、”赤い粒子”のようなものが溢れ出る。

 明らかに、普通の現象ではない。




「があああッ」



 赤い粒子を放ちながら、プライヤは絶叫する。





「火傷って、あんなに痛いのか?」


「ど、どうでしょう」



 その様子を、輝夜と善人は不思議そうに見つめていた。





「あー。俺の炎に、そんな力があったか?」




 焼かれた箇所から、赤い粒子を漏らし。異常なまでに苦しむ。

 それには、アミーも不思議でたまらなかった。




 だが、当のプライヤ本人は、その痛みに苦しみながら。




「くっそぉ」




 何を思ったのか、自分の髪の毛を掴み。

 ”思いっきり、引きちぎった”。




「なっ」



 アミーも、唖然とする。




 プライヤの奇行は、それだけにとどまらず。


 更に、”顔面の皮膚”を破り。


 来ていた服を破り。


 次々と、”全身の皮膚を剥ぎ取っていく”。




「お、おい」



 同じ悪魔でありながら。アミーには、その行動が理解できなかった。





「……もう仕方がない。何もかも全部、ブチ壊してやるよ」





 全身の皮膚を剥がし終えると、プライヤは何かを決心したのか。


 身体に付着していた血液、飛び散っていた血液が集結し。

 まるで鎧のように、彼の身体を覆っていく。



 それは、正真正銘の”異形”であった。

 大量の血液は、身体を覆う”真っ赤な殻”に形を変え。



 それに包まれたプライヤは、悪魔と呼ぶに相応しい姿へと変貌していた。





「何だ、それは」



 ”田舎者”であるアミーには、理解できない力である。





「はぁ」



 真っ赤な魔人へと成り果てて、プライヤはため息を吐く。




「”スキン”が死んだら、流石にもう潜入は無理かぁ。……ま、いっか。”材料”は何匹か調達したし」



 その姿に変貌したことで、痛みは消えたのか。とても冷静に言葉を発していた。





 とはいえ、ここに至るまでの”怒り”が消えるはずもなく。





「でも君たちだけは、絶対に許さないよ」



 プライヤは地面を蹴ると。

 アミーに対して、鋭い回し蹴りを放つ。




「がはっ」



 アミーは、それをまともに食らってしまい。思いっきり吹き飛ばされる。




 その光景に、輝夜たちは言葉を失う。




「もう終わり?」


「……はっ、まさか」



 アミーは、再び立ち上がる。




「タフだねぇ、君。いい兵隊になれるよ」



 その力強さには、プライヤも感心していた。





「ここで殺すのが、もったいないくらいだ!」



「うおおおおッ!!」





 アミーは、激しく燃え上がり。

 異形と化したプライヤも、それに真っ向から対峙する。





 そこから先は、原始的な戦いであった。


 男と男の、本気の殴り合い。



 プライヤは真っ赤な殻を纏って、アミーの炎に対抗。


 アミーも、傷だらけになりながらも一歩も退かず、猛烈な拳と炎を繰り出す。




 両者、一歩たりとも退かず、怯えず。

 ただ相手を倒すことだけを考えて、ひたすらに殴り合う。



 まさに、互角の戦いを繰り広げた。






(くっ、ジリ貧か)



 そんな中。先に音を上げたのは、プライヤの方であった。



 激しい殴打の応酬により。アミーは傷を負い、プライヤは殻が砕けていく。

 その殻こそが、プライヤの生命線であり。

 相手が燃えている以上、攻撃でも防御でも、殻は傷ついていく。

 


 このままでは勝てない。そう考えたプライヤは、輝夜と善人の方を見る。



 元を辿れば、このアミーという悪魔は、善人の力によって召喚されていた。


 ならば、





「そっちを、殺せばッ!」


「しまった!」




 人間離れしたスピードで、プライヤは地面を蹴り。善人の元へと駆ける。

 その生命を、力を絶つために。




 だが。




 善人の右手にある指輪が、まばゆい光を発し。

 彼と輝夜を守るように、”黄金のバリア”が展開される。




「なっ」




 バリアは、プライヤの攻撃を容易く弾き。

 そのまま反対方向へと吹き飛ばした。




「何だよ、それ」




 プライヤは、力なく宙を舞い。


 それに狙いを定めるように、アミーは拳に炎を纏わせる。





「うおおおお。これで、終わりだぁぁッ!!」





 渾身の炎を込めた、全力の一撃。


 それを、プライヤに叩き込み。





 全身を覆う真っ赤な殻を、粉々に打ち砕いた。

















 真っ赤な殻が砕け、中からプライヤが姿を現す。


 だがしかし。

 そこから現れたのは、先程とは”異なる顔の男”であった。




「お、おい。何だその姿は」




 似ても似つかない、全くの別人。おまけに素っ裸と。

 他の面々は、その姿に驚く。




 だが、間髪を入れずに。





「――あああああああッ」





 プライヤは、全身から真っ赤な粒子を撒き散らし。先程以上の悲鳴を上げ始める。

 文字通りの絶叫を。




「嫌だ、死にたくないッ」




 真っ赤な粒子を撒き散らし、もがき苦しむ。

 一体どれほどの痛みを受ければ、これほどの叫びを上げるのか。




「助けて、助けて、助けて」



 プライヤは地面を這い、必死に懇願していた。





 なぜ、彼がこれほどまでに苦しんでいるのか。

 輝夜たちには理解ができない。


 ただ、真っ赤な殻を砕かれただけ。

 その体には、大きな傷も無いというのに。





「……俺たち悪魔は、この世界では生きられないんだ」




 なぜ、彼がこれほどまでに苦しんでいるのか。

 アミーがその理由を語る。




「全身から魔力が抜けていき、生命力が抜けていき。その流れは決して止めることが出来ず、やがては死に至る」




「なら、なんでお前は平気なんだ?」



 輝夜が尋ねる。




「さぁな。だがおそらく、”坊主の力”に関係があるんだろう」



 詳しい事情は、アミーにも分からなかった。





 ただ、確かなのは。


 プライヤは、何か”特別な技術”によって体を守っていた。

 だが、それが壊された事により、今まさに瀕死の状態に陥っている。


 このまま放っておけば、彼は確実に野垂れ死ぬであろう。





「まぁ。とりあえず、これで問題は解決だな」



 ひとまず危機は去り、輝夜は一安心する。


 

 一時は、どうなることかと思ったが。

 結果だけ見てみれば、輝夜にも善人にも怪我はない。善人に関しては、若干判断が怪しいが。




――この憎き悪魔が死ぬのであれば、何よりも嬉しいものである。





 終わりよければ全てよし、輝夜がそれを実感していると。


 善人は立ち上がり、プライヤの元へと向かっていく。




「善人?」



 彼が、一体何を考えているのか。輝夜には分からない。




「この”指輪”の力を使えば、あいつを元いた場所に帰せるかも」


「……はぁ?」




 善人は、そんな言葉を口にした。




 今日の奇跡を起こした、黄金の指輪。

 たまたま、路上販売で買っただけの品物だが。

 この指輪はアミーという悪魔を召喚し、輝夜と善人を守った。


 確かに、”そういった力”を持っているのかも知れないが。




「お前、そいつを助けるつもりか?」



 輝夜には、それをする理由が分からない。




「嫌だ、嫌だ。死にたくない」




 確かに、今の彼は無様に這い回っているが。

 つい先程まで、散々な行為を働き、あまつさえ善人の首を折った。


 どう考えても、”助けてあげよう”とはならない。





「よく考えろ。そいつは明らかに人を殺してるし、情けをかける必要なんて無い。それに、いつか”仕返し”でもされたらどうするつもりだ?」





 輝夜の主張を、善人は黙って聞いた。


 もっともな話である。

 この世に、善と悪が存在するのなら、このプライヤという男は紛れもなく悪に分類されるだろう。

 見捨てろという輝夜の言葉も、もちろん理解できる。


 それでも、善人は悩んでいた。

 たとえ、どうしようもない悪が相手でも。救いを求める者に対し、非情にはなりきれない。




「……僕は」




 どんなクズにでも、救われる権利はある。

 かつて、”自分がそうだったように”。




 手を握りしめ、善人はプライヤの元へ向かった。



 輝夜は、それを複雑そうに見つめ。

 アミーは、何も言わずに見守っている。



 どうしてもというのなら、止めはしない。

 きっと、どちらも正解で、どちらも間違っているのだから。






 プライヤを元の世界に帰すために、善人は歩みを進め。




 そして、”月光”の下に足を踏み入れた。




「あ」




 その瞬間、善人の足が止まる。

 恐ろしい何かが、自分を見ているような、自分を呪っているような。そんな錯覚を抱き。


 手を引かれる子供のように、空に顔を向けてしまう。






 そこには、”真っ赤に輝く月”があった。






「ああ」




 なぜ見てしまったのか。

 なぜ油断してしまったのか。



 絶対に見てはいけない、絶対に浴びてはいけないと、深く心に刻んだはずなのに。



 恐ろしい何かが、”歪み”が、善人の心を蝕み。






――最悪の狂気が目覚めた。





「ああああああああああッ!!」






 善人が、突如叫び声を上げる。


 本当に、今までと同じ人間なのか。そう疑いたくなるような、凄まじい叫び声を。




 もはや人間の出す音ではない。


 何が怖い、何を拒絶しているのか。


 叫びとともに、善人は全身を震わせる。





「お、おい。あいつは一体どうしたんだ?」




 突然の異変に、アミーは動揺する。

 ”月の光”が人間に与える影響を、彼は知らない。




「……病気なんだよ、あいつは」




 だが、輝夜は知っている。

 この世界に、そういった病気があることを。

 そして善人が、かなり深刻な症状を患っていることを。






「ああああッ!」



 善人は叫び続ける。

 周囲の者すら不安にさせるほど、凄まじい声で。





「おい! 落ち着け、善人」




 彼をなだめようと、輝夜が声をかける。


 すると。




 プツン、と。

 まるでテレビの電源が切れたかのように、善人の叫びが止まる。




 症状が、治まったのだろうか。

 輝夜はそう考えるも。




 善人は、ゆっくりと首を傾け。

 ”鋭い視線”で、輝夜を睨みつける。




 その瞳には、”謎の光”が宿っていた。




 右目は、黄金に。

 左目は、白銀に。




 明らかに、普通の状態ではなく。






「――うるせぇよ、クソアマ。二度と歩けねぇ身体にしてやろうか?」






 輝夜に対し、とんでもない言葉を口にした。





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