第7話 部長
朝、リビングに行くと既に須美が朝ご飯の用意をしていた。
俺は椅子に座って食べ始める。
須美は相変わらず二度寝を決め込んだ。
「さて、会社に行くか……。」
そうだ。九条には連絡しておかないとな。
せっかく協力してくれたのに申し訳ないことをしたなぁ……。
「いってきます。」
俺は電気の消えたリビングにそう告げてから会社へ向かった。
今まで心に引っかかっていたものが取れたからなのか、だいぶ気が楽だ。
「なのに……なんか会社に行きなくないなぁ……これが年か。」
自分がおじさんになったという事実が辛い……。
そんなことを考えているうちにいつの間にか、俺の頭の中には不倫の二文字は消えていた。
「おはようございます。」
「おはよう優一。大丈夫だったか? 昨日。」
「ああ。よく寝たからな。」
「そりゃよかった。」
昨日早退した分、しっかり働かないとな。
「嫁さんと仲直りしたのか?」
「ああ。しっかりとな。」
「よかったよ。嫁さんは大切にしろよ?」
「わーってるよ。」
ひろしは俺の背中をポンと叩いてデスクに戻った。
……あいつ、本当に俺と同い年か? 謎の貫禄がすごいのだが……。
「優一君、体調は大丈夫なのか?」
「部長。はい。昨日はご迷惑をお掛けしました。」
「いいんだよ……優一君、少し場所を変えて話さないか?」
「? 了解です。」
俺は部長に連れられて会議室に入った。
俺は部長の隣に座って部長の話を聞いた。
「実はな……俺も昔、妻に浮気されたんだよ。」
部長は眼鏡をデスクの上に置いて遥か昔のことを思い出すように話した。
「……部長はその時、どうしたんですか?」
「妻と間男から総額600万円くらいの慰謝料分取ったよ。」
「その時、どんな気分でしたか?」
「……良いと思うか?」
「ですよね。」
部長は深くため息をついた。
そりゃそうだ。仮にも自分が愛していた人を傷つけるのだ。
気分がいい人なんていないだろう。
「優一君は、俺の選択は正しかったと思うか?」
部長は眼鏡をかけ直し、真っ直ぐとした目で俺に問う。
「……俺は……何とも言えません。俺は今、嫁を許してやってもいいと思っているので、部長の判断に口を出せません。」
「そうか……。」
「でも。」
「……。」
「それでも俺は、部長の判断は間違っては無かったと思います。」
「……と、言うと?」
「人と人の問題には、正しいも間違ってるも無いのと思うんです。答えがない問題に直面した時、人が取れる行動は二パターンです。一つは自分が正しいと思ったことをする。もう一つは、社会で正しいとされていることをする。部長はどちらだですか?」
部長は腕を組んで椅子にもたれ掛かる。
「……どっちも……だな。」
「俺もそう思います。答えのない問題は結局、答えのない選択肢しかないんですよ。それにいちいち悩んでいるのって、なんか馬鹿らしくないですか?」
「馬鹿らしい……か。お前、たまにはいい事言うな。」
「偶にはって……まぁ俺が言えたことじゃ無いですけど。」
部長はフッと微笑んで席を立った。
「人生の先輩の俺がアドバイスするとするなら、壊れたものは絶対に元通りには戻らない。それは物も心も、そして夫婦の一緒だ。」
「……心に刻んどきます。」
「優一。お前は間違えるなよ。」
そう言って、部長は会議室を出た。
お前は間違えるなよ。部長は最後にそう言った。
部長は後悔してるのだろうか、一人になったことを。
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