第5幕:This is thy sheath.

1

「ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」

 オレとしては精一杯ジュリエットらしさを出したつもりだ。だけど横から、

「うーん……」

と剣呑な声が上がる。

「ジュリちゃん、セリフは覚えたし、つっかえずに言えるようにはなったけど……」

 ふわふわと、わたあめみたいに曖昧な態度のシューイチに続いて、

「演技は壊滅的だな」

とヨッシー先輩は容赦なくこぼす。

 そんなこと、言われなくても分かってる。男役ならまだしも、男のオレが女を演じるなんて。そもそも無理な話だと思う。ずっと走ること一筋で、女のことなんてよく知らないのだ。

 シューイチは、ちらりとヨッシー先輩に視線を送り、

「先輩、ジュリちゃんに手解きしてあげたらどうですか?」

と横から提案する。

「はあ? なんでオレが」

 面倒臭い、と一言、先輩は予想通り眉間にシワを寄せる。

「演技指導なら、演劇バカにやらせればいいだろ」

「部長は演技やのうて素でやってるさかい、参考にはなりません。先輩なら分かっとるじゃないですか」

「そんじゃあ、マミコだ。一応、アレでも女だろ」

「いいや、マミコ先輩は酔いやすい人や。特にジュリエットみたいな正統派ヒロインだと演技がしつこうなり過ぎる。脇役は文句なしやのになあ。だからマミコ先輩のジュリエット役は却下になったんじゃないですか」

 ああ言えばこう返すシューイチに、先輩の眉間には、ますますシワが寄っていく。なんとしてもやりたくないようだ。

 だけど、ここでシューイチが、

「ジュリちゃん、また部を辞めるって言い出すかもしれませんで」

と先輩に告げる。

 やっぱり単純な先輩だ。シューイチにそそのかされ、ようやく重い腰を上げた。

 先輩はジロジロとオレのことを眺め回すと、

「いいか、女を演じようとするな」

と言った。

「演じるなって……」

 それって、どういう意味だろう。演劇なんだから、演技をするのは当然だ。なのに演じるなとは意味が分からない。

 首を傾げさせると、先輩は大袈裟に眉尻を下げた。

「あのなあ、オーバーにすればいいってもんじゃない。確かに男が女を演じる時、とにかく女に見せようと大袈裟に振る舞うヤツがいるが、あんなのふざけてるようにしか見えない。それより、まずは肩を落とせ」

「えっ、肩を?」

「ああ。女役を演じる時は、なで肩を意識しろ。女は男よりも肩幅が狭くて、外側に下がった形をしている。肩を落とすだけで大分女らしく見える。

 それから立ってる時も、ただ立つんじゃなくて体は少しひねるようにしろ。いくらこのジュリエットが男勝りな性格でも、こういう所作で女らしさは出せ。それから指先を意識しろ」

 へえ。先輩、女役のこと、随分と詳しいんだな。ジュリエット役の候補に上がるだけはある。

 先輩に言われたことを意識して、オレは演技をやってみるけど。

「お前なあ」

 先輩は声に出るほどのため息を吐き出して、

「いい加減、羞恥心を捨てろ。恥ずかしがってるヤツの演技を見せられるほど苦痛なことはないぞ。見てる方が恥ずかしくなるだろ」

 そんなこと言われたって……。オレだって好きで恥ずかしがってる訳じゃない。頭では分かっていても、気持ちがついていかない。そう簡単には割り切れない。

 大体、女の気持ちなんて、オレにはちっとも分からない。そうだよ。今回の芝居のジュリエットは、原作のジュリエットとは違うけど、それでもロミオが好きなところは一緒で。だけどオレは愛のために死のうなんて。そんなこと、さらさら思えない。正直、ロミオもジュリエットも、どっちもバカだと思うくらいだ。お互いがお互いを思い合って、その結果死ぬなんて。ああ、そうだ。ひじょーにバカげている。

 オレは現実主義なんだ。そもそも、こういう芝居じみたことに関心を抱けない。どうしたらいいか分からない。

 するとシューイチがまた先輩に、

「ジュリちゃんは、いろはのいも知らない初心者さかい。お手本を見せてあげた方が理解が早いと思いますけど」

と助言する。

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