5

「はあ、はあ、はあっ……」

 我武者羅に、無我夢中で走り続け。気付けばオレは中庭にいた。

 その場に立ち止まり、新鮮な空気を吸い込んでは吐き出して。それを繰り返すこと数回、乱れた息も整い、おまけとばかりにもう一つ、はあと大きく息を吐き出した。

 怒りで沸騰していた頭もいつの間にか冷め、冷静さを取り戻すと、なんだか急に恥ずかしくなった。いいや、すっごく恥ずかしい……!

 なんであんな風に、先輩に当り散らしてしまったんだろう。オレがヘタなのは先輩のせいじゃない。いや、でも演劇部に入ることになったのは先輩のせいか。かと言って先輩に当たるのは、やっぱり間違っているような……。

 ぐるぐると二つの考えが頭の中を巡り。うんうんうなっていると、

「なんや」

と胡散臭い声が耳をかすめた。

「ジュリちゃん、こない所にいたんか」

「シューイチ! どうしてここに」

「それはやな……」

 シューイチは、ちゃっかりオレの隣に腰を下ろして一拍置くと、静かに語り出した。



 ジュリちゃんがいなくなった後、部室にはどんよりとした空気が流れ出す。

 せやけどその重苦しい空気を引き裂くよう、ヨッシー先輩が一番に声を上げた。

「いいじゃねえかよ、アイツがいなくなったって。やりたくないヤツにやらせたって仕方ないだろ。かわいそうなくらい大根だったじゃねえか」

 ヨッシー先輩は、放っておけ、と繰り返す。

「ふうん、そうですか。ワテも構わないんですけど、先輩は、ほんまにいいんですか?」

「ああっ? どういう意味だ」

「ですからジュリちゃんがジュリエット役をやらないとなれば、別な誰かにその役が回りますやろ。元々はマミコ先輩やったけど、ワテはどうしても先輩には無理だと思います。部長も同意見や。せやから、わざわざジュリちゃんを引っ張ってきたくらいですし。

 ジュリちゃんもだめ、マミコ先輩もだめ。となれば本来は満場一致で指名されたにも関わらず、大暴れして嫌がったために余儀なくされたヨッシー先輩にまた白羽の矢が立つ可能性も……」

「お前ら、さっさとジュリを連れ戻すぞ」



「……てな感じで、ヨッシー先輩を先導にジュリちゃん探しが始まったんや」

「え? なに、それ。ジュリエットって、本当はヨッシー先輩だったの? ていうかオレの存在意義って……」

 オレの口から、ははは……と乾いた声がもれる。本当にこの部の人たちは……。

 ますます気が沈んでいると、「あんな」と横から声がかかり、

「なにも無理して背伸びする必要はない。一番は、なにより楽しまないと意味ないやろ。そりゃあ本気で俳優を目指すんなら話は別や。演劇界は、そんななまっちょろい考えでは生きていけへん世界やからな。

 でも、ワテらのしていることは、所詮は部活。中学生の、お遊びの延長線のようなものや。そんでワテらのモットーは、第一に楽しむこと。楽しんで、楽しんで、そして観ている人も楽しませる。せやから、そんなに気負いする必要はないで。それに、まだ始まったばかりや。だめと見極めるのは早いと思うで」

 シューイチは、にっと白い歯をのぞかせる。悪巧みを考えている子どものようだ。

「それに、ジュリちゃんは、まだ演劇のおもしろさを分かってない。なのに辞めるなんて、もったいないで」

 それは、そうかもしれないけど……って、いや、いや、流されるな。

 大体、オレは演劇に興味ないんだ。いや、演劇だけじゃない。どの部活にも入るつもりは、さらさらない。青春ごっこなんて、まっぴらだ。

 だけど。

「なあ。シューイチは、どうしてそんなに親身になってくれるんだ?」

「そんなの簡単な話や。ジュリちゃんがいなくなったら、つまらなくなるやろ」

「なんだよ、それ」

 オレは、シューイチのおもちゃかよ。そう返すと、

「そんなつもりはあらへんよ」

なんてシューイチは言うけど、やっぱり胡散臭いヤツだ。

「ただ、やるならおもろい方がええやんけ。それに、これはワテの勝手な思い込みやけど、もしかしたらジュリちゃんなら部長を変えられるかもしれへんと思ってな」

「ミオ先輩を変える? どういう意味だよ」

「それは秘密や、秘密。すぐ種明かししたら、おもしろうないやろ」

「別にオレ、おもしろさなんて求めてないけど……」

 シューイチは、どこまでおもしろさを追求すれば気が済むのか。でも、そういうところがシューイチらしいと思ってしまった。

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