第3幕:What light yonder window breaks?
1
「ああ、愛しのジュリエット。君は、どうしてそんなにも美しいんだい。特に今日は、いつもより一段も二段も美しい……!」
「あの、ミオ先輩。ここが何階か分かってますか?」
本当に、ここは何階だったろう。オレの記憶だと、ここは校舎の三階だ。そうだ。ここは校舎の三階で、オレの所属している二年三組の教室だ。
なのに、どういうことだろう。なぜこの人は真っ青な空を背景に窓の中へと身を突っ込んで、オレの手をさぞ当たり前のように握っているのだろうか。
そんな疑問に駆られていると、ピーッ! と甲高い音が下から鳴り響いた。何事かと先輩越しに窓の外をのぞけば、ジャージ姿の体育担当の先生がホイッスルを片手に叫んでいた。
「こら、茂田! なにをさぼっているんだ! 今は木登りの時間じゃなくサッカーの時間だぞーっ!」
なるほど、そういうことか。ようやく事態が飲み込めたぞ。
つまり先輩は体育の授業中で。にも関わらずオレの教室の、はたまた丁度オレの席の傍らに位置するよう立っている木に登り、校舎に向かって伸びている太めの幹に腰をかけ、上半身と腕を伸ばしてオレの手を握っているという訳だ。
なんだかこの絵面は、ロミオとジュリエットの有名なバルコニーのシーンに似てるような気がするなあと。色々とあきらめてしまったオレは、冷静にもそう思った。
「先生は、なにを仰っているのやら。今は木登りでもサッカーの時間でもなく、僕とジュリエットの美しくも儚い愛を確かめ合う時間ですよ」
「訳の分からんことを言っているのは、お前の方だ! いいからさっさと降りてこい!」
本当にこの人は、なにを酔狂なことを言っているんだ。オレは心の内で先生に加担する。
本来なら今すぐにでもまとわり付いているこの手を振り払いのだが……。そんなことをすれば、先輩は木から落ちてしまう。さすがの先輩もこの高さから落ちれば、ケガどころでは済まされない。それが分かっているので、オレのクラスの先生も手を出せずにいる訳で。
けれど、どうにかしてこの状況から抜け出せないかと。うんうんと悩んでいると、先程の体育教師がえらい剣幕で教室の中へと乗り込んで来た。息は乱れ、顔は真っ赤に燃え上がっている。まるで茹でタコだ。
先生は、ずかずかとそのまま奥へと突き進みオレたちの元までやって来ると、先輩の胸倉をつかんで、ぐいと教室の中へと引きずり込んだ。
「サッカーの時間だと言ってるだろうがっ!!」
先輩の確保に成功した先生は先輩の首根っこをつかみ、ずるずると先輩を引きずって教室から出て行った。
まさかこんな異常な風景が、残念ながらもオレの日常だということは。廊下から「愛しのジュリエットー! どんなに周りから引き裂かれようが、僕らの愛は永遠に不滅だー!」と大声で叫ぶ先輩の声により、ますます色鮮やかに彩られた。
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