第409話 優しい当主

 まだ日が昇って間もない時間帯。大体、五時ごろに私は起床する。


 布団から出たくないと思いつつも、あとでお兄様に叱られたくないため体を起こして荷物をまとめた……まあ、まとめる荷物ないけど。


 ダイニングの方に行くと人の気配がする。


「あら、早いわね」


「な!?平助お母さん!?」


 今何時だと思ってるの!?というかこの人は寝ているのだろうか?


 朝ごはんを作るためにエプロンを付けているところだったようだ。


「朝ごはん食べていくの?」


「いや、このままいきます。お世話になりました」


「そうなの?また遊びに来てねぇ!」


 平助お母さんがいい人で良かった。そう言えば、今回は妹さんと話してないな。


 ずっと寝ていたけど……寝る子は育つっていうしね!



 ♦



「早かったな」


 外に出てみると、馬車が一台と大量の兵士さんたちが休んでいた。


「まだ一日かかると思っていたが……」


「いやぁ思った以上に早く終わったんですよ。今日出発できます!」


「もう少し静かにしろ」


 兵士さんたちの中にはまだ寝ている人がいるので、あまり大きい声は出せない。


「そういえば、忍の里の人に言われたんですが、都には忍びがいないとか」


 他の兵士さんたちが起きるまで暇なのでとりあえず話題を振る。


「ああ、聞いたのか」


「はい、どういうことですか?」


「忍びがする仕事の内容は諜報活動、暗殺など……『忍ぶ』ことが多いものばかりだ。つまり、夜に活動することが多い……誰にも見つからずに、静かに目標を完了させるのが仕事」


 まあ、そりゃあそうだよね。


「その忍びたちが唯一生きて帰ってこれない場所が都だ」


「生きて!?」


「将軍様の圧政を探ろうとしたものはことごとく消されて帰ってくることはない。だからくれぐれも!一人で勝手に行動をするなよ?わかったな?」


「は……はい、もちろん!」


 既に勝手に行動してますとか口が裂けても言えない雰囲気じゃないか!もうすでに騙されて引っかかってます!


「分かればいいさ。いくら領主の立場である私でもやらかしたらかばいきることが出来ないからな」


「一応はかばってくれるつもりだったんですか」


「一応だ……妹だからな」


 私がやらかして見つかってしまったらお兄様の立場も危うくなるのは自明の理。私が殺されてしまうことはほとんどあり得ないはずだ。


 こちとら一度死んでるから、もう死ぬつもりはないからね。何があったとしても絶対に死なないように立ち回る。


 だが、お兄様はそういうわけにはいかない。領主という立場があるからどこか別の国へ逃げるなんてことはできない。


(大丈夫!次は絶対に見つからないようにします!)


 《せいぜい頑張ってください》


 言い方酷くないツムちゃん?


「それはそうと……」


 私は視線の先をお兄様から草むらに移した。先ほどからその草むらから気配を感じていたのだ。


「そこにいるのは誰?」


「……っ」


 草むらの中に隠れている誰かも、隠れ潜んでいるのがバレたからか、諦めたようにため息をつき顔を出した。


「え?」


 そこにいたのは、最近顔を見せてくれなかった蘭丸さんだった。


「蘭丸さん!」


「わっ!?」


 草むらから蘭丸さんを引っ張り出す。


「大丈夫!?どこか気分が悪かったりしない?落ち込んでいるとは思うけど、あれは蘭丸さんのせいじゃないから!あと、何でここにいるの?」


「おいおい……あんまり質問攻めにしてやるな」


「あ、はいお兄様」


 お兄様に諭されて掴んでいた手を離した。


「び、ビックリしたでござる……」


「蘭丸さん、元気してた?って、元気じゃないかー……」


「大丈夫でござる。いろいろと心配をかけてしまったようで申し訳なかったでござるよ」


 そう言って頭を下げる蘭丸さんに、私を「いやいや!」と手を振った。


「謝らなくていいから!……で、蘭丸さんはどうしてここにいるの?昨日行進してた時は蘭丸さんいなかったよね?もしかして、私が見つけられなかっただけで実はいたとか?」


「うぐっ……」


 あれ?なんかまずいことを聞かれたという顔をしているぞ?


「私は蘭丸にそんな命令は出していないよ」


「え?」


「すみませぬ……勝手について来たのでござる」


「ふっ、蘭丸……私は別に構わないぞ?それより、元気が出たようでなによりだ」


「……名前覚えてくれたでござるか?」


 そこ!?


「ああ、あれはわざとだ。最初から名前は憶えていたぞ」


「ええ!?」


 そりゃそうだよ。


「もう……でも、名前を憶えてくれてありがとうござるよ。いつまでもうじうじしてても迷惑をかけるだけだと思ったから、ここまで駆け付けたでござる。お邪魔でござったか?」


「いいや、蘭丸は私の身辺警護でも任せようか」


「はい、でござる!」


 元気が出たようでよかった……。


「でも、どうして急に元気が湧いたんですか、蘭丸さん」


 そう聞くと、お兄様の方が焦った顔をした。蘭丸さんはいいことを思いついたという顔をして話した。


「いやぁ、実は当主様が拙者を慰めに来てくれたのでござる!」


「お兄様が?あの他人に興味なさげなお兄様が?」


「お前ら……後で覚えておけよ」


 後ろから殺気を感じる……。


「お兄様にも優しいところがあったんですね」


「うるさいぞ!私は不愛想だからそう思われているようだが、兵士たちの顔と名前は全員覚えているんだ!」


 その声が辺りに響いた瞬間、周りで寝ていた兵士がテントから出てきた。


「それ本当ですか?」


「なっ!?」


 寝ているはずの兵士たちが起きたことに驚くお兄様。


「まあ、あんな大きい声でしゃべっていたら起きちゃうわな……」


 ご愁傷様です。


「流石は当主様だ!じゃあ、俺の名前は憶えていますか!?」


「ああ……権兵衛だろう?最近志願してきた……」


「すげぇ!お前ら全員起きろ!当主様に名前を呼んでもらうチャンスだぞ!」


「は?お、おい……ちょっと待ってくれ兵士が何人いると思って――」


「お前ら並べー!」


 ご愁傷様です(二回目)

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