第384話 愛の力(ミサリー視点)

 再びの侵攻、それは前回の何倍もの敵が来る。それがどれだけの差があるのか……まあ、数が多かろうが私たちの敵ではない。


 ただ単純に恐ろしいのは、洗脳されてしまったであろうユーリ、レオ、蘭丸の三名である。


 蘭丸さんは失礼ながら、気絶させて連れ帰ることくらいはできるだろう……そんなことが出来る暇があるのならばなのだが。


 単純ステータスは私の何倍、何十倍のレオとユーリが暴れたら一溜まりもない。壊滅は免れないどころか、街ごと消されかねない。


 それだけじゃない……


「私の友人にむやみな人殺しはさせたくないので」


「そういう理由?」


「ええ、そうですよレオ君。誤った道に不本意でも踏み外そうものなら、殴ってでも引き戻すのが友人というものでしょう?」


「なるほど」


 目の前に対峙するのはレオ君とユーリ。大してこちらは兵蔵さんと私の二人。数的には有利でも不利でもない。


 あるのは圧倒的な実力差だけだ。


「いいですか、兵蔵さん。私たちがするのはあくまで食い止めることです。仙人さんでも……お嬢様でいいです。援軍が来るまでここを食い止める」


「わかっているさ」


 お嬢様は以前、体を操られてしまっていたオリビアという少女を正気に引き戻したことがあった。彼女の場合は傀儡に体を盗られ、公爵領を襲った悪魔のリーダーと思しきあの子供が操作するという手法だと思われる。


 今回は洗脳という少々特殊な条件下ではあるが、やることは変わらない。


「兵蔵さん、ちょっとユーリのほうお願いできますか?」


「おいおい、まじかよ。強い奴をわしにくれるなんて……最高じゃないか」


「意外と戦闘狂だったりします」


 兵蔵さんが開けたスペースに駆け出すのを見ていたユーリもそれに倣って走り出す。


「ということは、僕はミサリーさんの相手をすればいいんですね」


「そうです。できればすぐに気絶してほしいんですけど」


「それはできないな」


 普段、レオ君が使っていない剣が鞘から抜かれ、それと同時に戦いは始まる。


 抜かれた剣の横なぎを避けると、隙なく剣を切り返ししてきた。使っているところを中々見ない剣での戦いだったので、思わず油断していた私は服に少しだけ攻撃が掠る。


「ちゃんと避けてね」


「言われなくても」


 すかさず足で顔を狙い蹴りを入れるが後ろに少し下がるだけで避けられる。いくらユーリよりもステータスが低いとはいえ、一切本気を出している様子が窺えない。


 だが、


「油断したね!」


「ん?」


 靴の先から風魔法を放つ。


「なっ……」


 魔法というのは基本手に魔力を集中させて放つという方法でだいたいの魔法使いは使っている。だが、『手』じゃなくてもそれはできるのだ。


 今やったように足から魔法を放とうと思えば出来る……つまりはそういうこと。


「ちっ」


 とても身軽に飛び上がり、剣を持っていない片手で地面に手をつき、態勢を直す。


「バク転だなんて、余裕ですね?」


「まあね」


 本当に余裕なんだろう、だからこそその態度に挑発されることはないので助かる。


「なんで、こんなことをするんですか」


「それは、どういう意味で聞いているの?」


 洗脳されたから……そういうことが聞きたいのではなく、単純に反乱軍が何をしたいのかが、知りたい。


 クーデターを起こして何がしたいのか、それを首謀者に聞いてみたい。


「洗脳されたから……っていうと怒りそうだね」


「そう言わなくても怒りますよ。何で洗脳なんかに負けちゃうんですか!そんなに弱いんですか?」


 私の知っているお嬢様たち三人は何でもかんでもこなせる超人たち、そのイメージが強かったからか、私は二人が洗脳ごときに負けたのが信じられなかった。


 と、その時、背中にドスンと何かが当たる衝撃が起きた。


「兵蔵さん!?」


 そこには、意識を失っている兵蔵さんがいた。流石にユーリの相手は出来なかったか……。


「殺してないから安心して♪」


「安心できないんですけどね……」


 兵蔵さんはもう無理だ、意識が戻ってもすぐに戦えるわけがない。私は兵蔵さんを置いてその場から離れる。すると、二人とも私を追ってついてきたので、兵蔵さんがあの場で戦いに巻き込まれて死ぬことはないだろう。


「スピードでボクたちに勝てると思わないでね!」


「わっ!?」


 走って逃げる私に対して、またしても背中に衝撃が走る。そのままうつぶせに倒れてしまうが、何とか体を仰向けに起こして状況を確認しようとした時、


「はーい、逃げないでー」


 すでに二人に追いつかれていた。


「万事休すですかね」


「意外と冷静ですね」


「冷静じゃないですよ、私はただ怒ってるんです」


「まだ怒っているんですか?」


「違う、今度は別のことに対して」


 二人は私を殺すでもなく、ただ話に耳を傾ける。


「あなたたち二人、自我がちゃんとありますよね」


 私は納得がいかない。


「私なんかを殺そうとしないのはなんでなんですか?」


「殺そうとしない理由?それは友達だし、ベアトリスの付き人だし……でも、歯向かってくる人は殺さないとって言われるけど……あれ?」


 頭の中が混乱しているのかユーリの目にはぐるぐるマークが見える気がした。


「ほら!どうして自我が残っているのに、そんな洗脳なんかに負けて……あまつさえ……大事な時に限っていないんですか!」


「大事な……時?」


「あなたの主人は誰ですか?あなたの主人が誰なのか言ってみなさい」


「ベアトリス、です……」


 はっきりと私の耳にはお嬢様の名前が聞こえた。思わず、私は当たってしまうように二人に強い口調で言った。


「お嬢様が……お嬢様が殺された時、なんで二人ともいないんですか」


「「はっ?」」


 二人は私が何を言っているのかわからないという顔をしながら、何も言わなくなった。


「どうして!?あなたたちなら、お嬢様を助けて!一緒に生還して!無事に帰ってくることが出来たはずでしょ!なんで……どうして、お嬢様を助けてくれなかったのよぉ……」


 思い出し、また涙する。お嬢様のいない世界に未練はないが、お嬢様が生き返る可能性があるからこそ、余計につらい。もし、それでも生き返らなかったら、私は……無駄に希望を抱いて、無意味に散ることになってしまう。


 そうなった時が一番つらい。


 その時、私を囲んでいた影が動いた。


「誰だよ、そいつ」


「……ぇえ?」


 涙する目を擦ってユーリのほうを見上げると、その目は殺意に満ちていた。


「誰だよ?誰がベアトリスを殺しただって?」


 今まで押しとどめられていた魔力が一気に解放される。その魔力量はベアトリスの魔力量より上だった。


「ご主人様はどこ?」


「組合の、中だけど……」


 その瞬間、地面が揺れユーリが立っていたその場から土煙が起きてユーリがいなくなる。


「どこへ行ったの?」


 もうすでに私の視界に入る場所にはいなかった。


「大丈夫ですよ」


「レオ、君?」


 横を見ると、そこには優し気な顔をしているレオがいた。


「もう、僕たち、目が覚めましたから」


「レオ君なの?」


「はい」


 その返事を聞いた時、無意識に私はレオ君を抱きしめていた。


「ごめんなさい、そんな辛いことがあったというのに、何もできなくて……洗脳なんかに負けるなんて……『騎士』失格ですね」


 と悲し気に笑っていた。


「ううん……大丈夫。それに、まだお嬢様と会えなくなるわけじゃないの」


「どういうことですか?」


 私が目の前にいるからか、プルプルと震える瞳が今にも泣きだしそうになっているのを見て、私は話を続ける。


「とあるアイテムを使ってね、蘇らせるのよ」


「そんなことが!?」


「でも、それが本当にできるのか不安で……」


「大丈夫ですよ」


 私が不安がっているのを見てレオ君は優しく言った。


「仲間を信じましょ?諦めずに、信じないと何も始まらないから」


 そういうと、私の肩を持って立ち上がる。


「僕たちも行きましょうか」


「で、でも前線が……!」


「ふふ、信じるって言ったでしょ?」


「あ、うん……!」


 肩を持たれながら、私たちは街のほうへと戻っていく。

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