第376話 残酷な事実(ミサリー視点)

「洗脳……?」


 言われてみれば確かにユーリちゃんが私に攻撃を仕掛けてくるはずがない。冗談で戯れ合うことはあっても、ここまで本気気味な攻撃はしてこないだろう。


「やっぱりか。ミサりーや、お前の言う坊っちゃまも洗脳されてるんじゃないか?」


「兵蔵さん……でも、坊っちゃまはこうして私に自分の意思で有益になる情報を渡しているんですよ?」


 洗脳されているとしても、こんな情報を流す意図がわからない。


「そうじゃない。彼の様子をよく見てみろ」


「え?」


 言われて坊っちゃまの方に目を向けると苦しそうに顔を歪ませている。


「洗脳に抵抗しているのか……洗脳が弱まっているのかは知らないが、解けかけた洗脳から自我が少し表に出てきているんだな。どれ、少し失礼させてもらおう」


 兵蔵さんが坊っちゃまに近づき、頭の辺りに手をかざす。


「旦那様が、洗脳……一体なにが起きてるんですか?」


 ライ様が戸惑った顔で私にそう聞いてくる。


「洗脳の術が使える者がどこかにいるようです、気をつけてくださいね。それと、ここは戦場ですので」


 兵蔵さんがかざしていた手を離す。そこには安らかな眠りに落ちている坊っちゃまがいた。


「坊っちゃま……領主様を安全なところに運んでおいてください。そして、心苦しいですが、拘束も」


「……っ!分かりました。どうかお気をつけて」


 そうして、坊っちゃまの肩を持ち、足を引き摺りながらライ様は街の方までゆっくりとした足取りで戻っていく。


「そろそろいい?」


「ユーリちゃんどうしたの?洗脳なんかに負けるような人じゃないでしょ?」


 暇そうに待っているユーリだったが、その質問には答える気はないようだ。


「とにかく、戦おうよ!」


「……それは、できればしたくないのですが」


「拒否権はないからね!」


 ユーリが指をパチンと鳴らすと、周囲一帯が結界のようなものに包まれた。その中にいるのは兵蔵さんと私、そしてユーリだけである。


「逃げられちゃ困るからね♪」


「のう、ミサリー。わしの嫌な予感は当たっていたようだ」


「そのようですね……」


 ユーリのステータスはお嬢様からすでに耳にしている。


「兵蔵さん、ステータス十倍以上の差がありますけど、どうします?」


「どうもこうもないわ。他の誰かが洗脳を施したやつを討つまで耐えるのみ」


「そうですか……それは、かなり厳しいですね」


 構えを作り直し、呼吸を整える。体に流れる魔力の流れをしっかりを把握するまで心を鎮め、ユーリに向き直る。


「先手は譲るよ」


 その言葉を同時に私は魔力を脚に一点集中し、加速することだけを考え走り出す。後のことなんか考えない無謀な攻撃だが、そうでもしないと攻撃を当てられる気がしなかった。


「はああああ!」


「いいね」


 拳に魔力を流し込み一撃を重く、かつスピードは落とさずにそして風魔法も同時に発動させた。


 拳の周りを渦巻く魔力の塊の如く風が空気を切り裂く音ともにユーリに向かっていく。だが、


「ベアトリスの方が強いけど」


 ちょん、という可愛らしい擬音表現が似合いそうなほど軽々しく、私の拳は人差し指で抑えられた。そして、攻撃の代償というべきか……後先のことを考えていなかった私の攻撃は絶対に突破できない硬い壁に当たったかのように、ボキッと嫌な音を立てた。


「あれ?骨折れちゃった?」


「ぐぅうう……」


「大丈夫だよ、治してあげる」


 そう言って、ユーリがミサリーの手を一撫ですると、みるみると痛みが引いていった。


「……敵を治療しちゃまずいんじゃないですか?」


「あれ?そっか!うーん……でも、ミサリーは『友達』だったような……」


 そう言って考え込むユーリ。


「洗脳なんかに負けないで!」


「ボクは……」


 後一押し……と、思っていたその時。


「なんですかこの結界は?」


「あっ」


 パリンと音を立ててユーリが張った結界が割れる音がした。


「これを張ったのはユーリですね?なにしてるんですか……」


「ごめんなさーい」


 そこに現れたのは金の鎧を纏った男だった。手には刀を握っており、返り血らしきものがついている。


「さあ、帰りますよ」


「はーい」


「ま、待ちなさいあなた。あなたがユーリちゃんを洗脳したやつね?」


「ん?誰ですかあなたは」


 振り返った男はゴミを見るような目で私のことを見てくる。故に私は治った拳でぶん殴ってやろうかとも思ったが、兵蔵さんがそれを全力で止めにきた。


「やめろミサリー。あいつは……だめだ」


「なんでですか?」


「いいから!手を出すな、死にたくなかったら……」


「……分かりました」


 私は拳を下ろす。


「なにもいうことがないのであれば、私はこれで失礼しますね」


 男はそういうと、ゲートらしきものを開いた。そこに入って行こうとする。


「待って!ユーリちゃんも連れていくつもり!?」


「もちろんです。私・の・駒・ですから」


「ユーリちゃんを駒呼ばわりしないで!待ってなさい、私にはあなたを倒すことはできないけど、私の主人があなたを倒してユーリちゃんを連れ戻すんだから!」


 悔しいけど、またお嬢様に頼らなくてはいけないようだ。私がそんな負け惜しみのような台詞を吐くと、男は爆笑し始めた。


「あはははははは!」


「な、なにがおかしいの?」


「君の主人ってベアトリスという少女でしょう?」


「なっ!」


「安心してよ。あのガキはも・う・殺・し・た・か・ら・」


「はっ?」


 私がその言葉の意味を理解するまでの間に、気づいたら二人はゲートを潜っていなくなっていた。

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