第375話 洗脳の兆し(ミサリー視点)

「坊ちゃま?手加減はしませんよ」


「別に構わない」


 二人の戦いに巻き込まれないように、反乱軍の面々が距離をとっていく。だが、どっちにしろ兵蔵さんにやられる運命なのだから気にしたところではない。


「お嬢様を裏切った罪は私が裁きます!」


 初手から魔力強化からの『身体強化』で身体能力を向上させる。その間に坊ちゃまは水魔法を発動させ、私に向かって飛ばしてくる。


(詠唱破棄ですか。お嬢様はレベルが違うとは言え、アナトレス家はみんな化け物ですね……)


 そもそも魔術師における絶対条件である詠唱を破棄できる時点でそれはとんでもない実力なのだ。


「ですが、私にはなんの痛手にもならない!」


「なに?」


 鋭く打たれたその水魔法は私に直撃するものの、傷を負わせるには至らない。


「こちとら、補助魔法もかかってんだよ」


 ミハエルに付与してもらったおかげでかなり魔法防御力が上がっているようだ。すかさず私は反撃に出るために、一歩前に踏み出す。


「くっ……」


「遅いです!」


 足で地面を叩きつけ、振動を起こす。まるで地震が起きたかのように土が波打つ。


 それに足を取られている間に、距離を詰めて手加減のない全力の一撃を腹に叩き込む。


 だが、


「包め!」


 拳が直撃しようというその間際に、殴ろうとグ―になっていた手が柔らかい水に包まれた。坊ちゃまの体はそれでも威力に耐えられず吹き飛んだが、水魔法で着地に成功し向こうも傷は軽微である。


「まだですよ」


 加速し、周り込みの攻撃脇腹を狙った攻撃を避ける坊ちゃまを見て、私は風魔法を発動させる。


 地面からどこからともなく上昇気流が現れ坊ちゃまの体を宙に浮かせる。浮いた体よりも高く飛び上がった私は、手と手を強くつなぎ、上から下へと振り下ろした。それも水の包み込みで威力は緩和されたが、そちらの方が吹き飛びやすい。


 すかさず地面に水を敷いてバウンドする坊ちゃま。


「っ……」


 だが、上から下へ落ちてきたのだから、当然バウンドする先は上空である。


「はあ!」


 包まれた右手左手の代わりに足でかかと落としを繰り出すが、それは軌道を変えることによって無理やり避けられた。


「風よ!」


 地面に着地した私は下から上へ風の魔法を飛ばす。私が得意な魔法は風魔法だからこれしかできないが、効果は十分だろう。


 抵抗する余地がない上空で魔法をすべて防ぎきるのはかなり難しいはずだ。案の定攻撃のいくつかは足や腕に掠り、少しの血が流れる。


「これで!」


 竜巻を起こそうと私は魔力を動かしたが、嫌な予感がしてそれはやめた。


「ふん、そのまま手が爆散すると思ったが……」


「下種ですね、坊ちゃま」


 魔力のこもった水に包まれた手から放つはずの竜巻魔法。簡単に破れない水の殻の中に放ったら私の手がボロボロになっていたところだった。


「そんな簡単には引っかかりませんよ」


 まあ、嫌な予感がしなかったら引っかかってたけど。


「続きだ。こい」


「言われなくても――!」


 再び接近戦に持ち込もうと走ろうとしたが、一歩踏み出したあと転びそうになって思わず足を見た。


「そうか……このために水を!」


 足に張られた水でふわふわとバウンドしてうまく態勢を直せない。故に、さっきのように素早く走ることもできない。


(実力なら私のほうが上のはずなんですけどね……)


 これが知略の差というやつか。


「難しいことは分かりませんけど、私は絶対に負けません」


「その状態でどうやって勝つというのだ?」


「簡単ですよ」


 私は水がまとわりついた足を何度か地面に叩きつけ、感触を確認した後、また走り出す。


「なっ!」


「もう覚えたので」


 走る感覚はもう覚えられた。足が封じられた……いや、このバウンドをうまく利用して走るだけである。


「くっ!」


 バウンドが動きの動作に加わったことで余計に分かりづらい軌道になったようで、坊ちゃまの反撃の回数は減っていく。そして、遂にしびれを切らしたのか水の膜を消し去った。


 それと同時に右手と左手が自由になる。


「次こそ!」


「しまっ――」


 背中に回り込んで、足を払い転ばせる。そして、倒れ伏せた坊ちゃまの顔に拳を、


「……どうした?」


 叩きこむことはしなかった。


「何をしている?」


「これで満足ですか?あなたの負けです。さっさと降参してください」


「はは……降参したら何かあるのか?」


「そうですね、強いて言うなら命の保証はしてあげますよ?お嬢様次第ですけど」


「そうか……」


 起き上がり坊ちゃまは両手を上へ上げた。


「そうしてくれると助かります」


「俺だって、別に戦いたくて戦ったわけじゃ……」


「え?」


 一瞬坊ちゃまの顔が弱弱しいものになったが、それが気の生だったかと疑いたくなるほどに表情がまた一瞬のうちに元に戻る。


「何でもない」


「まあいいです。拘束するのでそのままお待ちを」


 そう言って、私は何かしらの拘束手段がないか模索していると、


「ミサリー!」


「ライ様?」


 私の名前を呼ぶライ様がこちらに向かって走ってくる。


「どうしたんですか!ここは戦場ですよ、早く戻って!」


「蘭丸たちが・・・・・・ 蘭丸たちがこちらに向かうのが見えたんです!」


「蘭丸さんたち……ってことはユーリちゃんたちも?」


 この戦いが始まってから姿が見えないと思っていたが、ここまで来ていたのか。そう思っていた時のことだった。


「っ!?」


 後ろから気配を感じ振り返りざまにその攻撃を防ぐ。


「誰だ!」


「あれー?ミサリー大丈夫ー?」


「ユーリちゃん?」


 そこにはいつもと変わらない様子のユーリがいた。


「間違えて攻撃しちゃったのですか?」


「ううん?間違えてないよ?」


 ……………訂正。様子がおかしい。


「どうなってるんですか……」


「助言が欲しいかメイド」


「坊ちゃま?何かわかるのですか?」


 坊ちゃまのほうを見ると、坊ちゃまはどこか苦しそうに告げた。


「洗脳、されているようだぞ?」

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