第346話 八呪

 街の中を駆け回る。その光景はとても悲惨なものだった。


 倒れている人々の全身が血で染まっている。建物は燃え盛り、怪我で動けなくなっている人々に襲いかかる。


「大丈夫ですか!?」


 とっさに倒れかかった建物の下敷きになりそうだった人を安全な場所へ連れ出す。その際になにが起きたかは本人は分からなかったようだ。いや、混乱しているのか。


「反乱軍はどこに?」


「あ、あっち、あっちだ!まだこの街にいる!」


「規模は?」


「き、規模は百人くらいだった……全員武装してて、俺たちじゃあなにも……」


「あなたは安全な場所へ。みんないくよ!」


 ミハエルには申し訳ないが、しばしば冒険に付き合ってもらおう。絶対に守り切ってみせるから。


「あ、冒険者組合……」


「ここが……」


 少しばかり走ると、冒険者たちで賑わっていたであろう冒険者組合の残骸が残されていた。もちろんその中には誰一人おらず、ミハエルは少し悲しそうな顔をしていた。


「先へ行こう」


 再び走り出してしばらくすると、大きな声とともに、叫び声が響き始めた。もうすぐそこに反乱軍がいるらしい。


「やめて!こっちに来ないで!」


 女性の声が聞こえた。その声がした方向へと急いで向かってすぐ、反乱軍の兵士らしき男と子供を抱えた女性がいた。


「問題無用だ!死ね!」


 やはり、体は咄嗟のことになると勝手に動いてしまうようで、私は気づけば女性の目の前にいた。


 振り下ろされた刀を大剣で弾き返し、構える。


「な、なんだお前!」


「うっさいわね、このゲス野郎!女子供を殺そうとするなんて!」


「はっ!俺たちに従わないからだ!従わない奴は殺して消す!それだけだろう?」


 世の中にはこんな最低な人間がいるのか……同じ空間で息を吸うだけでも嫌だ。


「その大剣は飾りか?斬りかかってこいよ!」


 そう言われ、私も大剣を少し前に出したがそこで思いとどまる。


「ひよってやがるのか、餓鬼」


「あなたには大剣を使う価値もないだけ」


 そう言って私は男の刀を掴み取り、刀の反りで首元に一撃を食らわす。意識が完全に飛んだのか、その男はその場でうんともすんとも言わずに倒れ込んだ。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……」


 子供を抱えた女性は少しビクビクしながらも、頷いてみせた。


「あなたも安全な向こう側へ」


「わかりました」


「みんな、手分けして救助に当たって!ミハエルはミサリーと一緒に行動して!」


「「「了解」」」


 子供を抱えた女性が、反乱軍がいない方向へと逃げていくのを確認したあと、私も走り出す。


 見るところ見るところに人々が倒れ込んでいる。全員意識がないようで、どうやっても一斉に安全なところへ運べそうにない。


「とりあえず回復魔法を……」


 私の魔力量は常人と比べてかなりある。なんなら近接戦よりも魔法による先頭の方が向いているほどだ。


 だが、ここで忘れていけないのは私の本職は『話術師』であるということ。確かに魔力量は多いが、もし大怪我を負った怪我人がこの街に何千人と溢れていたら流石に魔力が持たない。


 温存したい気持ちもあるが……


「そんなのに構ってられそうにないわね……強い敵でも出てきたら、魔法なしでどうにかするしかないか」


 そう思い、私は道ゆく人々全員に回復魔法をかけまくった。体の中で魔力の残量がどんどん減っていくのが伝わってくる。


 そして、走り回っているうちに私は最前線へとたどり着いた。


 その場では幕府側の軍隊と、反乱軍との熾烈な争いが行われていた。


 幕府軍は黒い甲冑を、反乱軍は赤い甲冑を着ていて、もうそこには一般市民はいなさそうだ。


「どうする私……」


 魔力残量はまだあるが、百人規模の争いを止めるには実力行使しかない。だけど、法律がそれを邪魔してくる。


 私が他国の人間に傷を負わせることはできない。もし、怪我を負わせたら最悪外交問題だ。


 だけど、黙って人が死ぬのを見ることもできるわけがない。


(あとは任せた国王!)


 心の声でそう思いながら、私がその争いに突入しようとした時のことだった。


 ズドォン、とその抗争の真ん中に何かが降ってきた。それはとても大きな槍だった。


 ただの槍ではない、黒いモヤがその槍からは放たれていて、明らかに異常な代物だった。そして、槍が落ちた先には一つの死体が落ちている。


「死んでる?一体誰がやったのかしら?」


 すると、一つの影が空から降ってくる。降ってきた人影はその槍へと着地する。


「なんだお前は!」


 反乱軍の特に気性が荒そうな男が前に出てくる。その人影はゆっくりとした口調で告げた。


「等しく死を」


 その声に呼応するかのように槍を中心として黒いモヤが全域へ広がっていく。


「なんだこれ!?」


 そんな声を上げながら、反乱軍の男の手足がボロボロと崩れていく。色を無くしたように、灰へと変わっていった。


 次第にそれは全身を侵食し、男の体を蝕む。


「た、助けて!」


 だが、その願いは虚しく男は全身が灰に変わって地上から消え去ってしまった。その様子を見ていた他の幕府軍、反乱軍の兵士たちが一斉に逃げ出す。


 だが、とき既に遅し。


「うわあああああぁぁぁ!?」


「嫌だ、嫌だああああ!」


「まだ死にたく……」


 逃げ出そうとする彼らだが、足が既に灰へ変わり歩けなくなってしまった。その場に崩れ落ち、黒いモヤに包まれながら、全身を灰へ変化させていく。


 その場に生きた人間は誰もいなくなった。


「あいつ何者?」


 通りの影から状況を見計らっていたが、流石に無差別すぎる。ということは、幕府の人間でも反乱軍の人間でもない……じゃあ一体誰?


 そんなことを呑気に考えていた時、ふと手の指先を見ると、


「指が!」


 灰へと変わった左手の指があった。触ろうとすると、灰が散り散りになり空へと舞っていった。


 そして、指に注意が逸れていたからか、それとも空へ灰が散っていくのが見えたのかはわからないが、気づくと兵士を灰へ変えた人物がいなくなっていた。


 次の瞬間、耳元で声がした。


「死を」


「っち!」


 私はとっさに魔法で身体強化を施し、その場から逃げる。音速を何倍も速くしたかのようなその動きを捉えられるわけがない。そう思っていた私がいたが、それは間違いだった。


「下す」


 気づけばその人物は目の前まで迫っていた。私の視界にぎりぎり認識できるほど素早い速さだった。


 私は、さらにスキルを使用して身体能力を上げる。後退すると同時に私は大剣を取り出すと、振り返りざまに上へと持っていく。それとほぼ同時に大剣から振動が伝わってきた。


 振り下ろされた槍が大剣にぶつかり、手が痺れる。


「っこの!」


 槍を弾き返すと、お返しとばかりに私が反撃に出る。大剣の性能と私の身体能力を合わせた連続攻撃、普通の人であれば一瞬で倒せるが……。


「くそ……」


 全ての攻撃が捌かれた。


 そして、


「鉄槌を」


「くっ!?」


 油断したのか、私は左手を槍で斬られた。そして、お互いが一度下がり、機を伺う。


「あなた誰」


「お前が知る必要はない。我は我だ」


「何よそれ、いきなり攻撃してきたのに知る必要ないって?」


 声的には男……だが、何処か中性的だ。そして、顔はミハエル以上にずっと無表情。人を殺したことに何も感じていなさそうな顔だ。


「俗世の民は未だにバカな真似を繰り返している。我は、それが見ていてならないのだ」


「上から目線ね。俗世俗世って……何様のつもりよ?」


 そう言いながら、私は左手首に意識を集中させた。その気配に気付いたのか、その男は注意深く私のことを観察してくる。


 左手に集中させた意識が細胞へと伝わり、なくなってしまったはずの手首を復活させようと活性化していく。細胞は分裂し、新たな左手を作り出した。


「お前は……貴様は人間ではないのか」


「人間よ、ただのね」


「ここにも異常があるか」


「話しにくいやつね。わけのわからないことを言ってないで言いたいことは直接言ってくれない?」


 男は槍を地面に突き刺した。地面に突き刺したと思った次の瞬間には、その槍はどこかへと消え去っていった。そこには何もなかったかのように消えたのだ。


「冥土の土産に教えてやろう。我は仙人、俗世の民を呪う『八呪の仙人』だ」

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