第341話 良心が……
洞窟の中にある石で積み上げられた壁は、私の大剣が突き刺さった衝撃で崩れ去っていた。私の大剣には傷なんてものは一切ついていないのが、すごい。
さすが私の大剣!
じゃなかった……壁の向こうから見える景色を見ると、そこには日ノ本の港町よりさらに古そうな家が立ち並んでいる長閑な風景があった。
「うわ、警備っぽい人いるじゃん」
警備らしき人物がせっせと動き回っているのが目に入り、私たちは草むらに隠れる。それとほぼ同時に、何名かが空いた穴に向かって歩き出した。
愕然と驚いた様子の忍者たちが、「警備を固めろ!」だの「修復を急げ」だの言っている。いや、なんかごめん。
悪気はないんだ悪気は!まあ、ひとまず中に入ってしまったのだから、どこか泊まれる場所を探そう。
「泊まれる場所なんてあるんですか?」
「そうだよね……」
空き家がありそうには見えない。まだ、里の全体像を見ていないからなんともいえないが、みた感じ全ての家に灯が灯っている。
ということは、
「誰かの家に泊まらせてもらうかな」
「じゃあ、服部さんの家とかあるんじゃないですか?」
「勝手に上がり込んでいいの?」
「ご家族がいらっしゃるでしょうし、その人たちがダメと言うのであれば、他の家をあたってみるしかないですね」
うーん、まあそういうことにしておこう。この里には魔物が入ってこない分、野宿でもいい気がするけど、それは女子としての私の感性が許さない。
「っていうか、このキツネはいつまで寝てるつもりなの」
レオ君の腕に抱かれてご就寝なユーリ。この二人はとても仲がいいため、ユーリはレオ君のそばで寝ることもしばしば。それはいいのだが、こういう一大事の時くらいには起きていてほしい。
「起きなさい、ユーリ」
「んみゃ?」
んみゃ、じゃねえよ!ユーリのほっぺを引っ張ると、「痛い痛い!」と言いながら、目を覚ました。
「何するのご主人様ぁ!」
「そろそろ起きてよね、もう」
ぐっすりと寝ていて、何にもしていないじゃないか羨ましい……。
「あっ、そうだ。ユーリに探してきてもらおうよ」
「へ?」
「賛成ですお嬢様」
「じゃあ僕も」
「みんな何の話?」
寝ているユーリが悪い。
「ちょっと、服部っていう家名のついた家を探してきてちょうだい。できる?」
「ご主人様の頼みならいいけど」
「そう?ありがとうね」
というわけで、私はユーリの体を掴んで構える。
「え?え?」
「目覚めのハイジャンプといきましょ」
そう言って、私はユーリの体を思いっきり空中に投げ飛ばした。
「うわああああぁぁぁ!?」
叫び声?
そんなもん私には聞こえないさ⭐︎
「よし、追いかけようか」
「ちなみに、投げ飛ばした意味は?」
「特にない」
「「……………」」
♦️
ユーリは魔族だ。しかも魔王だ。
世間一般では、先代魔王は数十年前の戦争で勇者に負けたとされているけど、実際は死んでいない。今こうして生きているのがいい証拠だ。
「まあ、仮にも元魔王だしね。空中で軌道修正くらいできるでしょう」
そう思って投げ飛ばしたけど、やっぱりユーリはすごかった。浮遊の魔法が使えたようで、投げ飛ばしたことによる最高到達地点で、あたりを見渡していた。
ユーリが今いる位置をしっかりと目に焼き付けて座標を計算する。
発動した転移の魔法は発動者と体がくっついているものも、同時に転移できるから便利だ。
「あ!ご主人様、あったよ服部家」
「本当?」
そう思って下を見ると、とあるひとつの家の立てかけられた札に『服部』と記載されていた。
「先に行ってくるね!」
そう言ってユーリはその家の草むらに向かって飛び込んでいった。
その家の庭には、服部家の人間らしい小さな人影があった。その人影は飛び道具を投げる練習をしているのであろう、的に向かってクナイを投げている。
かなり修行熱心な子だ、と思いながら眺めていると、その子がユーリの存在に気づいた。
「私たちも行こうか」
浮遊魔法を使えない三人は私の肩に捕まっていた手を離して落ちていく。
今思うとすごい絵面だった……空中に浮遊している人間、の肩に捕まっている人という絵面は少し想像したくない。
というか、ミハエルはやっぱりおかしい。こんな高いところから落ちても平然としているどこから、どうやって着地した?あんた鍛えてないでしょう?
もう、ミハエルは色々とすごい。謎が多いだけかもしれないが、今更ミハエルのことを気にしたって遅いか。
私も落下していく。
着地すると、少年がこちらを見つめている。何だろう、驚きすぎて気絶していないだろうな?
「この集落の子?」
そう聞くと少年は、はいと返事をしてくれた。聞いたついでに、この集落……というか里に泊まらせてほしい旨を伝えると、快く快諾してくれた。
「そう、ありがとう。あっ、先に自己紹介しておくわね。私はベアトリス、少しの間よろしくね」
「えと……俺は、平助って言います!」
「服部家の?」
「何で知って?」
「だって、ここ服部家でしょ?」
隠れ里の外で会った服部の息子だろうな……。
「もしよかったら何だけど、あなたの家に泊まってもいい?」
「へ!?」
「それとも、お母さんに聞いたほうがいい?」
「は、はい!」
今度はちゃんと入り口から入ろう。庭から入ってきたら流石にやばい人だと思われるしね。
ということで、玄関口に回り込んで扉を叩く。
「はーい!」
中からは若い女性の声が聞こえてきた。
「どちら様でしょうか?」
扉が開かれ、この里の人間ではないことに気付いたのか、その目の前の女性は困惑していた。
「警戒しなくても大丈夫です。私たちは……」
「忍の方ですか?」
「あ、はい、そうですね」
いきなり聞かれたものだから思わず嘘をついてしまった……。
「やっぱりそうでしたか」
「あ、あの何でそう思ったんで?」
「忍の里のことを知っているのは領主と、同じ忍だけなんです。違う里からいらしたんですよね。どちらから?」
「え、あ〜北の方の……」
「港町の?」
「はい」
息をするように嘘をつくのはとても久しぶりだ。ミハエルのジト目が後ろからちくちくとささる。
「実は泊まるところがなくて、急遽寄ったんです。その時に服部さんから『泊まってもいい』と」
さらにジト目が強くなる。内心冷や汗と、後ろから感じる妙な気配で外身も汗だくだ。
「まあ!夫が!帰ってきたんですか?」
「いえ、まだ仕事中ですよ」
「そうですか……まあ、夫の紹介ならいい人たちなんですね!さあどうぞ、上がっていってくださいな!」
そう言って、とてもいい笑顔で中へ入れさせてくれた。
なんだろう、この罪悪感は……。
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