第288話 親子

「ほ、ほんと!?」


「私が嘘つくわけないでしょ」


「それもそうか……案外兄の顔を拝む日も近いかもね」


 会う気満々だが、王国へはどうやって行く気だ?まさかとは思うが、王族ともあろうものが、そんな軽々しい気持ちで隣国に遊びに行けるわけでもあるまいし……。


 だが、深く聞いてもシル様の考えは変わらないだろうし、ひとまず喜びを味わってもらおう。


「ナターシャもナターシャで、こんな森の方まで出ちゃいけません!」


「はい……」


「め、ですよ?」


「その言い方腹たつ……」


「何か?」


「……」


 こういうときに目力は役に立つ。ナターシャを眼力で黙らせると、ひとまずこの場は落ち着いた。


「シル様はこの後どうするつもりなんですか?」


「鬼族の方の後ろをつけさせてもらいます。絶滅したと思ってましたが、生き残りは結構多いそうです」


 生き残りが多い、というよりも生き残った少数の子供たちが多いと言った方が正しいと思う。まあ、一度は全滅しかけた恨みはたった一世代で簡単に払拭できわけでもない。


「戦争は避けられなさそうね……」


 私はただの巻き添えだが、知ってしまった以上素知らぬふりしてさっさと転移して帰るわけにもいかない。


 知り合いもできちゃったし、なんだかんだで龍族にもいい人は多い。


「ナターシャは帰ってお説教よ」


「なんで!?もうしたじゃない!」


「私じゃなくて長老とか族長のよ」


「族長?そんなの絶対嫌よ!あんな奴に怒られたら死んだ方がマシ!」


 こりゃかなりの重症だな……。


「ナターシャねぇ……父親を嫌ってしまう気持ちはわかるけど、貴方は今まで誰のおかげで育ってきたと思ってるの?」


「それは……私の世話をしてくれた人たちよ!」


「その世話役を手配したのは族長なんだけど……」


「知らない!」


 まだまだ説得は難しそうである。


「森の中で話し込むわけにもいかないし、そろそろ別れましょうか」


「じゃあね、ベアさん」


「ベアトリスです」


「?……ルイスにも教えておくね」


「ルイスと親しいんですか?」


「なんせ、公爵家ですからね、昔からの付き合いで……」


「ファ!?」


 公爵家だったのかよあの子!にしては滑舌が……いや、それは私のせいか。


「じゃあね」


「はい!お兄様の件楽しみにしています!」


 そういうと、私たちはお互いの帰路を辿るのだった。



 ♦️



 そして、どうにかこうにかナターシャを長老の元まで連れ出し、説教タイムが始まる。その間に私は特にすることもなかったので、ぼんやりと空を眺めていた。


 グラートたちの姿が見えるわけでもなく、ただただ平和な空だ。


 助けに来い、とは言わないが……むしろ、今ここ龍族同士で争えば、鬼族にとっては絶好のチャンス。


 ターニャは多分事情なんて知らないのだろう。生き残った鬼族をかき集めて、鬼族を守ろうとしている。


 まあ、悪手なんだけど。


 だけど、ターニャの頑張りは認める。二年間の間、なにをしていたのかは知らないけど、鬼族を復興させて龍族みたいな強い種族と敵対できるくらいに回復させたのだから、十分すごい。


(まあ、どっちにも犠牲が出ないに越したことはないんだけど……)


 そんなことを考えていると、


「ここにいたかベアトリス殿」


「えっと……族長様?」


 大きな体が視界に映ったかと思えば、ナターシャに似た顔立ちの族長が姿を現した。族長は私の隣に座り込む。


「どうだね、ここの民が迷惑をかけていないかね」


「いや、むしろ親切すぎるくらいですね」


 脇道に逸れたり、道を開けたり……。


「それだけ、特別な存在だということだ。この部族全員でかかったとしても、ベアトリス殿には敵わないだろう」


「そうですか?」


 長老相手の時は本気を出さないとかなり危うい状況だったけど……フォーマと同じくらいやばかった。


 災害級って奴だね。


「……もうじき、ここは戦場となるだろう」


「え?」


「私にはわかるのだ。ここでこもっているだけの我々は鬼族に先手を打たれてしまうと……現に、ベアトリス殿のようなイレギュラーもきたわけだしな」


「いや、私は鬼族とは関係ないですよ」


「なかったとしても、前触れに違いないさ」


 確かに、鬼族は近くまで侵攻してきている。これが、先見の明というやつか?


「ナターシャとはどうですか?あんまり仲良くは見えなかったですが……」


「見ての通りだよ、あの娘は強くなった気でいる。自分は世界の中で強者の部類だと。だから、私のようなおいぼれの手助けを嫌うのだろう」


 と、族長は言うが、


「違いますね」


「どう言う意味だ?」


「ナターシャは単に恥ずかしがってるだけです」


「?」


 反抗期っていうのはそう言うものだ。


「一人前って認めてほしいのに、いつまで経っても子供扱いな自分が嫌でしょうがないんですよ。家族を守るのは若くて強い自分のはずなのに、貴方に逆に守られているとわかっているから」


「そう、なのかな?」


「そうです。そして、私が家族を守る!だとか、実際に言うとなれば恥ずかしいセリフを言いたくないんですよ。それでも、家族に認めさせたいっていう矛盾で反抗してるんです」


 本音を伝えればいいのに、それが恥ずかしいと感じてしまう。親に守られる自分が嫌だ。


 だからこそ、一周回って反抗してしまうのだと私は思う。反抗して、「手助けなんて必要ない」と証明したかったのだろう。


「ははは!見てきたかのように言うな」


「ええ、まあ……親子っていろいろ大変ですから」


 そういうと、族長はガバッと立ち上がった。


「おかげで元気が出たよ、娘に本音を言う勇気も私にはないが、娘の反抗期が過ぎるまで気長に待つとするよ」


「そうですか」


 そう言い残して、族長はスタスタと歩いて行った。かなり遠くを眺めれば、いまだに怒られるナターシャの背中が見えた。


「もう夕方か……」


 シル様がここまで接近していた。それは、鬼族もまたここら周辺まで接近してきていることを示している。


「攻められるとしたら、今夜、ね……」

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