第260話 懐かしい受験生

「開始!」


 紙がめくられる音と共に、一斉に受験生たちの目が血走る。そして、とてつもないスピードで動くペン。


 とにかく受験生たちは異常なまでに集中しきっていた。いや、どうやったらそんなにテストにのめりこめるんですか?


 人生が分かれる大勝負ってのは分かるけど、私あんなに集中したことたぶんないよ?


 ぜひとも入学したらそれらを聞いて回りたいものである。


 監督官として、私はこの場から離れることが出来ない。そして、試験時間は一単元約二時間。


 鬼畜の所業だ。取り組むべき課題が目の前にあるならまだしも、何もすることがないというのはいささか暇である。


 もちろん、不正行為がないか監視する役割があるっちゃあるが……魔法や魔術を主に学ぶこの大学院ではすぐばれること。それが、わかっているからこそ、受験生たちは不正をすることなくちゃんと勉学に取り組んできたのだろう。


 というわけで、私にはすることがないのである。


 講堂はかなり広いので、私以外にも監督はいる。故に私がやるべき仕事は試験終了の合図を送るだけなのだ。


(暇だし、適当に受験生でも見て回りますかね)


 他人の回答をチラ見するというのは、結構好きだったりする。


 間違ってることに気づかないのをちょっと面白く思ったり、これできるのかよっていう天才もたまにいるから見てて飽きない。


 壇上から降りて、歩き始める。


 手前の生徒のテストを覗く。文句を言われることもなく、こちらの様子を伺うでもなくひたすら手を動かし続けるのには狂気を感じる。


(文字?)


 そこには私の見たことのない問題が乗っている。


 私が現世から離れていた二年の間に数学という学問はかなり進化したらしい。


(何これ?フェルマーの最終定理?誰それ)


 フェルマーという知らない人物が名前になっている定理についての証明問題が出ているが、私にはさっぱりだ。


 ※後々、この定理は異世界人たちによってもたらされたものだと知ったのは少し後のことである。


 でもまあ、仕組みは簡単そうかな?


 問題 x, y, z を0でない整数とし、もしも等式 


 x3乗+y3乗=z3乗


 が成立しているならば、 x, y, z のうち少なくとも1つは3の倍数である。


 という問題だが、『背理法』でなんとか私でも解けそうだ。


 命題Aが成り立たないとした時、その矛盾を導くことで命題Aが成り立つと証明する方法ね。


 この場合ならばx,y,zのうち、少なくとも一つは3の倍数であることを証明するのではなくて、全て3の倍数でないと仮定すればいいわけだ。


 でも、この生徒がやってるのはフェルマーのなんちゃらとやらを使ってるので、式などはまったくもって意味不だ。


 次の生徒を見てみる。


(なんも解いてない?)


 次に覗いてみた生徒は何かをするでもなく、何もしない。問題を見ようともしていないではないか!


(これは……記念受験ってやつ?)


 受かる気なんてさらさらないわけね。こういう受験生もたまにいるので困ったものだ。


 まあ、私に実害があるわけではないので、大いに結構。私はなんも気にしない。


 そして、いちいち見て回るのも面倒になり、大雑把に顔を見渡していく。受験生たちは下を向いているが、少しだけ顔は覗くことが出来た。


 一通り見て回っていると――


「ぇっ……?」


 小声で声が漏れたがそんなの誰も気にしていなかったのが幸いした。


(あれってもしかして……)


 髪の毛は少し先がくるっとなっている赤い髪をした少年がいる。大学院に入るには少し年齢が足りないのではないかと思われるその受験生は、私のよく知る人物だった。


(アレン!)


 ものすごく久しぶりに見た気がする。


 っていうか、アレンって頭良かったんだ……前世の私なんか比じゃないレベルなのは確か。


(アレンには受かってほしいな)


 知り合いだからと贔屓はしない。それが、受験だ。


(あれ?ということは、さっきからアレンは私のことに気づいていた?)


 私は壇上で試験についての説明を偉そうに垂れ流していたのを聞かれていただろう。


 すると、私が見て驚いていることに気づいたのかアレンが少しを顔を上げた。


 目が合う。


 時計を見るために上げ顔だったが、私のことが視界に入るとアレンは優しく微笑んだ。


(やっぱ気づいてたんじゃん!)


 怒りたくなる気持ちを抑え込んで、このペーパー試験は何とか終わるのだった。



 ♦♢♦♢♦



「次!実践試験です!私が相手になるので、並んでください!ほかの先生方もいらっしゃるので、選ぶのは自由です!」


 そういうと、また「またお前かよ!」って顔をしてくる受験生たち。大真面目に向こうは受験しているのに、バカにするかの如く子供が教師のまねごとをやっていたら、そりゃあ怒りたくなる気持ちも分かるというもの。


 だが、私だって教師なので侮られるのは困る。


 案の定ながら、私になら勝てるとか思ったであろう受験生たちは私の前に並ぶ。


 誠実そうな人たちは他の試験官の元へ……。


「一人目!」


「お願いします」


 礼儀も点数の内ということを知っているのか、わざわざお辞儀して歩いてくる。


「では、始めます」


 開始の合図を送ると、向こうは手に持った木剣を思いっきり振りかぶりながら突撃してくる。


(え?この人はバカなの?)


 胴体ががら空きだし、大して早いわけでもない。フェイントをかけようとしている素振りもないではないか!


 なので、私の恩情で剣を狙ってあげることにした。


 狙いすましたように、木剣の根元を叩き、剣を飛ばす。


「は?」


「はい、ありがとうございました」


 何が起きたのかわからないという顔をする受験生たち。ただ、私の視界にチラチラ入っているアレンは当然だろと言った顔でドヤ顔だ。


 いや、なんでアレンがドヤ顔してんの?


「よし、じゃあ次――」


 と、言おうとした時だ。


「おらぁ!」


 会場を囲んでいた木で作られた外枠が破壊される。突貫工事だったわけだが、強度がないわけではない。


 それを破壊して入ってくる誰か。


 よく見れば、人影は2つあった。


 そして――


「この声は……?」


 その声の主はどう考えてもうちの生徒の声だった。

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