第257話 吸血

 あの理事長ときたら、なんでたった一日前に告知してくるのだろうか。普通はせめて一週間……普通でも一か月前くらいだろ。


 人影の正体を伝えるのにも一時間はかかったし、踏んだり蹴ったりもいいところである。


「明日は早く起きなきゃ……」


 朝の七時から始まる入学試験をの準備のためには、各教科の先生方は四時に起きるらしい。


 それを参考に私も起きるのだが、現在の時刻はすでに夕方を過ぎ、夜の八時……私の自由時間はどこへ行った?


 良い子はたくさん寝ないといけないから、大変である。


 え?


 良い子じゃないだろって?


 細かいことは気にすんな!


 とにかく、身長が全く伸びないというのは考えものだ。ただでさえ、二年間の間眠っていたらしいから、その分伸びていないというのに……。


「早く帰って寝よ……」


 ひとまずアネットには、別棟の空き部屋を与え、そこで寝てもらうことにした。


 廊下を早足で歩く。すでに、明かりは消されているが、夜目が効く私にとってはさほどの弊害はない。


 そして、すぐに教師用の部屋が並ぶ場所へとたどり着いた。


 と言っても、もともと生徒が使用していた部屋なので隣にもその隣にも住んでいる人は誰もいないが。


「ただいまー」


 扉を開けてみれば電気はまだついていた。が、案の定のことではあったがユーリはぐっすりと寝ていた。


「おかえり」


 ベットに腰掛けているレオ君はその返事を返してくれる。


(あ、寝る前に……)


「ねえ、レオ君?」


 今日の戦いで、そろそろ栄養が不足しているのは分かっているので、血を与えればいいというのも分かっている。


 吸血鬼の街へ赴いた時に、帰り際、実はその場しのぎに血を貰っていたのだが……結局はその場しのぎ。


 激しい戦闘が出来るようになるほどの栄養は補充できなかったのだろう。


「なに?」


 とりあえず、レオ君が腰掛けるベットの横に座り、顔を見た。


 少し、不思議そうな顔をしているのがよく見える。


「そろそろ血が足りないんじゃない?」


「っ!」


「あっ、待って!変な嘘はつかなくていいよ、知ってるからさ」


「そっか……まあ、僕もそれは感じてたよ」


 変に気を利かせてくるレオ君にはこれくらいはっきり言ったほうがいいだろう。


「それで……なに……?」


 初めて半吸血鬼であると知った時、私は何もしてあげられなかった。まあ、確かに私が何もしなくてもちゃんと助かったのかもしれないが……。


 それとこれとは話が別である。


「私の血、飲んでちょうだい?」


「いや、でも……」


 ためらっている理由が私にはよくわからない。飲めば体も元気になるというのに……なぜ?


 分からないけど、ここで引くつもりはない。


「拒否ちゃダメよ?私はレオ君の役に立ちたいだけなんだから」


「十分だよ」


「私が不十分なの!せめてこれくらいさせて!男の子なんだから、女の子のことを少しくらい立ててよね?」


「……………」


 やはり、相手の気持ちを考えるのは難しい。レオ君がここまで悩んでいるのは珍しい。


 相手の気持ちがわからない……これも前世の名残なのだろうか?


 というよりも、なぜ私は前世で悪逆非道を尽くしていたのだろうか?今となってはもう思い出せなくなっていた。


 そして、レオ君は仕方ないな……と言った顔で、


「わ、わかったよ……後で嫌って言っても知らないからね?」


「言わないよ」


 そうして、飲んでくれることには同意したレオ君であったが、再び困った顔をした。


「どうしたの?」


「どこから飲めば……」


 吸血鬼は体の部位どこから飲もうと血を吸い上げることが出来る。それはレオ君にとっても同じ話である。


 故に、定番通り肩から飲んでもいいし、どこだっていいのだ。


 そう思って、肩を出そうとするが……。


「ダメー!」


「前も言ってたよね、それ……肩から飲むのは嫌い?」


「そうじゃないじゃん!肩からとか……恥ずかしいじゃん……」


 なんとも可愛い理由だ。


 私の心が大人だから忘れていたが、レオ君は子供。そういうのを気にするお年頃なのだった。


「じゃあ、どこならいいの?」


「そう聞かれても……」


「指とかは?」


「指……」


 指なら気にならない……はずだ。というか、消去法で指くらいしかないだろう?


「わかった……」


 了承を得た私は、魔法を使って指に少し傷を入れる。風の魔法でできた傷はさほど大きくないが、血が滴り落ちてくるくらいの深さはあった。


「ほら、いいよ?」


「……………うん」


 レオ君の口が自身の指に近づく。


 そう思ったら、なんだかドキドキしてきた……。


(前世も含めて私、指舐められることなんて一度もなかった……)


 口が指に当たると、温かい吐息が指を湿らせる。それと同時にモフモフした顔が……。


「んっ……」


「痛い?」


「ううん、だいじょぶ」


「そっか」


 口の中に入った指から滴る血は、舌を使ってきれいに吸われる。


(うわぁ……)


 なんだかすごいエッチ……。


 自分でやらせたわけだが、これはこれで……って違う!これはお食事!決して私がしてほしかったわけではない!


「はぁ……はぁ……」


 やはりというべきか、理性で血の欲求を抑えていても、体はすでに限界だったようだ。一度血を舐めたらもう止まらないようで……。


「ふふ、急がなくてもいいのに」


 たまに聞こえるぴちゃっという音……ユーリは爆睡しているため、聞こえていないだろう。


 いや、ユーリ以外も同じか……。誰にこの音が聞かれようと、恥ずかしいことこの上ない。


 レオ君の頭を撫でていると、ふとしたことに気づく。


(こんな風に触るの初めてかも)


 初めて……は、流石に言いすぎだが、からかう時とか、どうしても体に触れないといけないという状況を除いて、触ることなど滅多にない。


「モフモフだぁ……」


 そんなことを考えながら、撫でていると……


 パタン、とレオ君が倒れる。


「レオ君!?」


 少し驚いたが、私の膝の上に倒れたレオ君の顔はどうも眠っているようだった。


(そういえば、吸血という行為は三大欲求を引き出すのだったわね……)


 少し焦ったが、心配する必要はなさそうだ。


「指……どうしよ」


 唾液が少し指についているが、流石にこれは洗いに行った方がいいだろう。そのままっていうのも、なんだかなって感じだしね。


「おやすみなさい」


 膝の上に寝るレオ君を名残惜しげに、枕の元へと持っていこうとする。ふと、そこで私は再び思い出した。


「三大欲求を引き出すんだったら……」


 三大欲求とは、すなわち食欲と睡眠欲と性欲だ。


 血を欲して飲む行為が、食欲……その過程で眠ってしまうのが、睡眠欲。


 じゃあ、残ったもう一つの欲求は?


 気になった私は、普段意識してみないような場所に目をやる。


「ッッッ!!!!」


 ズボン越しからも、少しだけ膨らみが見えた。それは、どう考えても男の子の……。


「私は何も見てない……レオ君の尊厳のためにもね!」


 急いで、全身に布団をかぶせ、私は一度部屋を出て、手を洗いに行くのだった。

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