第227話 願う
「あれ?案外もろい?」
「くそ!離せ!」
憤怒さんの強さは私を超えていた。
あの攻撃威力はとてもじゃないけど、何度も耐えられそうにない。
それだけ強い憤怒さんの『先輩』ともなれば、私なんてすぐに返り打ちに会うとばかり思っていた。
え?
じゃあ、何で突っ込んだんだって?
いやぁ、母様かもしれん人がいるとなると、突っ込みたくなるよね。
あ、私だけですか、そうですか。
「こんなもの……」
いまだに抵抗してくる男。
流石は吸血鬼、すぐには死なないようだ。
人間であれば即死の攻撃でも、難なく耐えている。
「こうなったら……お前の腕ごと焼き払ってくれる!」
「遠慮します」
そう言って、私は男の胸に手を添える。
何をしようとしているのか、わからないという表情を再度とったが、男はすぐに警戒した。
でもそれは無駄というもの。
手が触れた時には、男は燃える野原まで吹き飛ばされていた。
全員の視線が、男の方に向く。
もうすでに見えなくなったが。
「知ってる?重力魔法って、横にも作用するのよ」
重力の向きを横向きにして押してあげればこの通り。
簡単に吹き飛んでしまうのだ!
ちなみに、この技を思いついたのはついさっきである。
『ブラックホール』という名の重力魔法を見て、「いけるんじゃね?」って考えてやってみたらいけた。
魔法はいくら覚えても困らないが、覚えすぎると、いざというときにどれを使っていいのかわからなくなるという問題がある。
ここは難しいところだよね。
そんなことを考えるのも束の間。
地面が大きく揺れる。
今度は女の人のようだ。
その人は地面に手をついて、魔力を流している。
「魔法タイプ?なら、殴ればいっか」
私は転移で女の人の頭上に接近して、腕を振りかぶってたたきつけた。
戦闘に情けは無用。
戦闘でないにしても、貴族社会はそうだった。
まあ?
私も貴族なのでね。
名前は知らないけど、許してくれ。
鈍い音が響くと同時に、二人が接近してきた。
挟みうちでの攻撃。
でもそれは転移で簡単に避けれた。
「そこ!」
すかさず、もう一人が攻撃を仕掛けてきたが、私には転移以外にも移動する方法を持っているのだ。
浮遊
変化の魔法の応用とでも言っておこう。
もしくは重力魔法の応用だ。
華麗に飛んできた魔法を避けて、重力を範囲全体にかける。
地面が割れない程度の力で、なおかつ誰も立ち上がれないように……。
そして、攻撃してくるものはいなくなった。
全員が地面に膝をつき、跪くような態勢になっていた。
「職業の力を使うまでもないのね」
案外、アッサリ片付いてしまった敵の顔を眺めている途中、私は一つの顔に目が留まった。
「あ、チャラ……じゃなくて、傲慢じゃん!」
「は?何で知ってんだよ」
「まあまあ、気にしないの。ここで会ったのも何かの縁だし、一つアドバイスしておこう。これから出会う女の子には全員優しくすること。でないと、私があなたをぶっ飛ばしに行くから……なんてね!」
「……………」
私と会ったときに、顔を思い出されて、殺されそうになる世界線に代わるのだけはやめてほしい。
なので、そう言っておいた。
そのあと、すぐに後ろから歩いてくる音がした。
草を踏むその音と、金属がぶつかる音を出しながら、その女性、メアリは前に出てくる。
(そこも重力魔法の範囲なんだけどなぁ……)
憤怒さんにおかしいだのなんだの言われたけど、母様のほうが頭おかしくなるからね。
「君は……一体……」
「あ、いや、気にしなくていいですよ!通りすがりのあなたのファンです!」
「ファ、ファン?」
「そ、それよりも!この人たちはどうするんですか?」
なんとなく、このまま会話を続けるとやばい雰囲気を感じたので、話を無理やり逸らす。
「この者たちとは知り合いでした。隣国の屈強な戦士たちだ。なのになぜ、国を裏切り、魔族側についたというのでしょう……」
そう、悲しげにメアリは告げる。
(母様はやっぱり優しいな)
敵に対しても情けをかけようとしている。
それはとてもばかばかしい行為にとらえられるかもしれないが、私は母様をより尊敬する。
今まで以上に。
「判断はメアリさんに任せますね。私が判断するようなことでもないですし」
そう言って、ふと勇者君に目をやれば、その空間に近づけないでいた。
空間というのは私が張った重力魔法の範囲のことである。
(今の勇者は修業中なのかな?だとしても、歴史上では生き残っていたような気がするから、安心安心)
「では、私はもう行きますね」
「あ、少し待ってください!」
そう言われて、さっさと逃げようとしていた私は後ろを振り向く。
その瞬間、予想していなかったことが起きた。
剣先が私の髪の毛を掠った。
そして、驚きのあまり剣の持ち主を見れば、険しい表情をしたメアリ母様がそこにいた。
剣筋が全く見えなかった。
今、いつ剣を抜いたのか……音すらも聞こえない。
そして、ずっと母様の目を見つめていたら、急にその険しい表情を緩ませた。
それと同時に、剣をしまった。
「はぁ……あの方たちを圧倒するような人物が、私のファンだとは到底信じられなかったのですが……。警戒もされていなかったとは。私のことを敵とすら考えてないのか、もしくは本当に信頼してくれているのか……」
「もちろん信頼してますよ。信頼しているし……それに」
愛してる……なんて言ったら、同性愛を疑われかねないな。
でも、家族愛なのだから、不思議ではないだろう?
でも、それを伝えることはもちろんできない。
なんでこんな大昔に母様がいるのかは知らない。
けれど、それでいいのだ。
出会えたことだけで十分だ。
(母様、長生きなんだね……なのに、私をかばったせいで……)
ほんとはもっと強いのに……私を黒い靄から守ったせいで死んでしまった。
レオ君はまだ知らないこと。
レオ君にとっては、育ての親。
私の口から、真実を話すことは絶対にできない。
レオ君は放心状態で、気づいていなかったらしい、その事実に。
だから、今は心を休めてあげないと。
「それに……なんですか?」
「……メアリさん、この戦争が終わって、世界が平和になっても、王国を見捨てないで上げてくださいね」
そうすれば、いつか父様と出会えるはずだから。
「よくわかりませんが、わかりました。あなたを信じます」
「じゃあ、また会うときに!」
そう言って、私は憤怒さんの元へと転移する。
「お?もう終わったのか、じゃあ次の記憶に……って、どうした?」
「なんでもないわ、次に行きましょう」
私は急いで、それを拭った。
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