第215話 意識の中で

 少しの間、理解が追いつかなかった。

 いきなり首筋に走った感覚は、どこか懐かしく思った。


 警戒はしていた。

 それは本当。


 だけど、私はなんとなく信じていた。

 ナインはなにもしてこないはずだって。


 《だからあなたは甘い》


 確かにそうかもしれない。

 前世とは比べ物にならないくらいのバカになった。


 《この世は弱肉強食、欺いた方が勝つ》


 そうだったかもしれない。

 話術で巧みに相手を操って、私は悪女と呼ばれた。


 だけど、それは前世の話で……。


 《私に預けなさい。最善の道へと連れて行ってあげる》


 バカだったな。

 思えば、メアルが警告してくれたのをしっかりと頭に留めておくべきだった。


 最善の道?


 それが正しい選択かはわからないじゃない。

 私は前世よりも甘っちょろくて弱者かもしれないけど、


「まだ、あなたにはあげないわ」


 私の体は私の体。

 好きなように使っていいのだ。


 ナインがなにを考えているのかなんて私の知ったことじゃない。

 さっさと目覚めよう。


 そしたら、ナインを一発殴ろう。

 話はそれからだ。


 《生意気、そんなんでいいわけない。昔みたいに力を使いなさいよ。さっさと殺しなさいよ》


 今の私は前世の私じゃない。

 だから、


「私なりに解決するの」



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 目が覚めると、そこはなにもない空間だった。

 文字通りなにもない。


 家具も、地面も、地平線も見えない。


「どこ?」


「ここは、私の住まいだよ」


 そう答えるのは、どこからか現れたナイン。

 私の横でいつも通り真顔でいる。


 彼女の視線の先にはなにもない。

 私は夢の中で考えていた通り、一発殴ってやろうとした。


 だが、


「無駄だよ、私の権能であんたを拘束した」


「権能ですって?」


 権能という単語は嫌いだ。

 ヘレナ……を殺したあの少女も、権能と自身の力を呼んでいる。


 普通の性質よりも強力な力。

 それを権能と呼ぶのだろうか?


 だとしたら、ナインもまた特別な力を持っていることになる。


(私の性質は……)


 わからない。

 私は性質に頼ったことがなかった。


 何故なら、それをする必要がなかったから。

 私は前世で話術の力だけで、巧みに情勢を操れた。


 だから、魔力の性質なんてものは知らない。


 自分に一体どんな力が残っているのかわからないのだ。


 私の体にまとわりつく権能とやらは、もちろんのことながら視認できない。

 私は上半身だけを起こすことができて、腕は手首から先しか動かず、鎖で縛られているかのようだった。


(かなり強力……でも、なんとかなりそう)


 私は性質というのを知らない。

 だけど、職業的スキルなら持っている。


 話術師の職業とは便利なものである。

 一言発すればそれは、実現するのだから。


『消えろ』


 私を縛り付ける権能は強力かもしれないけど、私だって負けていない。

 正直、ここまで高みにこれるとは思っていなかったけど、私はそれなりには強いのだ。


 スキルだって強力。

 権能だって、


「権能が……消えた?」


「ふう、動けるようになったわね」


 首をゴキっと鳴らす。

 手刀を叩き込まれた部分がまだ少し痛む。


 魔力を込めて、口から言葉を紡ぎ出し、発すれば大抵は実現する。

 ただし、一般的に話術師は最弱とされており、それは今でも変わっていないだろう。


 そして、私はナインに向き直る。

 次の瞬間には、


「……………!」


 思いっきり顔面を殴りつけた。

 本気で殴った衝撃によって、ナインは見えない地平線に向かって飛んでいった。


 だが、


「転移、使えるのね」


「今のは効いたよ、さすがにね」


 当たり前の如く、私の目の前に現れた。

 前世の私だったら驚愕で顔を歪ませているだろうな。


 宮廷魔導師が何人がかりで儀式を行なってようやくできる業をコンマ数秒単位で行使するんだからさ。


「ナイン、あなたの目的はなに?」


「私の目的?」


「答えなさい!」


 さらに一発拳を飛ばす。

 だが、


「一度受けた攻撃をもう一度受けるはずないだろう?」


 彼女は一歩っも動かず、それを受け止めた。

 腕でガードすることさえしなかった。


(これも権能?)


 絶対防御の障壁でも生まれたかのように、何かに阻まれて、攻撃できない。

 私は一旦諦める。


「私の目的か……ない」


「ない?」


「私に目的なんてものはない。何故なら、その結果を求めていないから」


 ナインはそう言って、地平線に手をかざした。

 すると、


「!」


「こっちの景色の方がいいでしょう」


 景色は瞬間的に一変して、平原に変わった。

 青と白と、緑色がついたその空間は、先ほどよりも少しはマシになった。


 ナインはかざした手を下げて手を見つめる。

 その目は、憎々しげだった。


「私は、生きている必要がない」


「は?」


「私は、みんなのおまけで生きているだけにすぎない。望めば望むほど、不必要は物が手に入る。欲しかったものは手に入ることはない」


 手を握り締めて、彼女は目を瞑った。

 その様子はまるで昔を思い出すかのようだった。


「あなたは、一体……」


 私の口からは思わず、そんな言葉が出てきていた。

 それに反応し、我に帰ったナインはこう言った。


「改めて自己紹介をしよう。吸血鬼族の一人にして、九人目の罪人、『強欲』だ。名前はない、ナインと呼んで欲しい」


 と……。


 私は冷徹に彼女を見据えた。

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