第197話 支配者も操り人形(×××視点)

 ここにくるのも久しぶり。

 果たして何年ぶりの帰還となるのだろうか?


 この場所は魔族が住む土地よりも悲惨だ。

 かろうじて、魔族領は原型を保っている。


 なんの原型かといえば、大地のだ。

 足に触れる温もりのこもった土がある。


 だが、私が住んでいた異界は違った。

 地面なんてものは存在しない。


 所々に浮遊している大きい石の塊があるだけで、その下には暗黒に包まれた何かがある。


 そこに落ちたものは二度と帰ってこない。

 そう言う話もあるほどに不気味な場所だ。


 だが、私たち悪魔にとっては大したことない話だった。

 なぜなら翼があるから。


 飛べばいい。

 落ちることなんてない。


 私も同じように飛べた。

 例え、戦闘の後だったとしても、大した怪我ではないし、すぐに治る。


(ベアトリス……私の玩具のくせに!)


 怒りが込み上げる。

 すぐに壊れるだけのおもちゃなのに、抵抗してきた。


 一度は壊したはずの精神も、なんで回復してるんだ?

 壊した精神は二度と戻らない。


 今までがそうだった。

 私と相対して生きていたのはたったの数名。


 最近で言うと、大賢者やメアリだ。

 あ、でもメアリはもう殺したか。


 弱っているところを運良く殺せたようなので、良かった。

 あれは危険すぎるから。


 だが、その娘もまた生き延びた。

 私の相対して生き延びたんだ。


 この私から!


 でも、怒ってもしょうがない。


(魔王と狂信嬢……あいつもいたんだもの……ええ、ええ……それに本気を出してないんだから、私は負けてない……!)


 魔王……。


 かつて私が手駒にしようとした魔族の王。

 私の秘密を誰かに話される前に呪いをかけた。


 魔力封じの呪い。

 だが、ベアトリスの持つ膨大な魔力がその呪いの一部を破壊した。


 その結果、知能が戻り、力の大半も戻ってしまった。

 それに狂信嬢もある意味では問題だ。


 彼女の実力を表現するなら、表社会でのトップクラス、裏社会での中間。

 彼女よりも強い人物なんて山ほどいる。


 が、彼女の“眼“は危険だ。

 私が本気の速さで攻撃を仕掛けなければ当たることはない。


 弱いくせに本気を出さなければ勝てないと言うのはムカつくが、私よりも弱いのは確かだ。


 そして、ベアトリスもおかしい。

 魔力保持量も桁が違うし、演算能力も人外。


 それに、あの能力はなんだ?

 彼女の言葉を聞いた瞬間体が言うことを聞かなかった。


 言霊?


 それが彼女の性質か?

 彼女の思い描いた通りのことが実現するのか?


 それを口に発するだけで、なんでもできてしまうのか?

 幸い、私の“支配“よりも影響力が弱いおかげで、なんとかなった。


 支配とは全てを権限を意味する。

 なんでもできる。


 魔力を使わずして、火を生み出したり、雷を降らせたり、津波を起こしたりなんでもできる。


 それに近しい力を持っている彼女はメアリ以上に危険かも知れない。

 結局適性職業がなんだったのかわからなかった。


 戦闘職である場合、彼女はさらに強くなるだろう。


(それじゃダメなの!今殺さねば……!)


 正直、焦っていた。

 早く殺さなくてはいけない。


 弱いうちに殺さなくてはいけないと。


 馬鹿な人なら、焦っている理由が私よりも強くなってしまうからと考えるでしょう。


 けど、そうじゃないの。


「で、取り逃したのか?」


「は、はい……すみませ——」


「黙れ」


 突如として呼吸ができなくなった。

 それは魔法の影響?


 それとも、誰かの性質?


 いや、違う。


 ただの、威圧だ。


 ここは広い部屋の中。

 一つの屋敷、その一室……真ん中には玉座があり、部屋は黒色で統一されていた。


「いつからそんなに落ちぶれた?貴様はなにを果たした?」


「申し訳……ございません」


「命令も聞かずに悪魔形態を晒し、下位悪魔も召喚したそうじゃないか?馬鹿なのか?死にたいのか?」


 影となって見えないそのお方はお怒りだった。

 私の失態のせいだ。


 殺される。

 無残に殺される。


 やだ、死にたくない。


「失望したよ」


 体にかかる重圧がなくなり、呼吸が正常に行えるようになった。

 はあはあと、足りない分の息を吸い込む。


「貴様は自覚が足りない。貴族位を持つ悪魔、最強を背負いし上位悪魔の意識が足りていないのだ」


「はっ……」


 とにかく謝るんだ。

 私は死にたくない。


 だが、お姉様たちからも失望されてしまうだろう。

 そんなの覚悟の上だ。


(もっと生きて、成果を立てるの。悪魔としての力を見せつけなくちゃ……)


 私の性質は素晴らしく強力だった。

 だが、それと同時に体は弱かった。


 悪魔のわりに体は小さく、悪魔のわりに腕力はなく、悪魔のわりに防御が薄い。


 体が小さいのは、私の支配が暴発したせいだった。

 私が生まれて七歳くらいの時、魔力が暴走した。


 暴走と言っても当時は気づかなかった。

 だが、時間が経つに連れて気づいた。


 成長しない……体がその時から成長しないのだ。

 数百年の時を生きてもなお、全くの変化が訪れない……それが不変の支配力の象徴だった。


 だから、力はなくいくら体を鍛えようと、強くならなかった。


「喜べ、今回は何の刑にも処さない」


「……ありがとうございます」


 彼のお方は偉大で優しい。

 だが、残酷で非道だ。


「ちょうどいい、代わりに少しばかり役に立て」


 そんなことを言われた。

 だが、私もその意味は理解できた。


 後ろからやってくる気配。

 それは悪魔のものではなく、魔物のものだった。


 悪魔が住む異界の魔物は、とても強い。

 だが、悪魔に勝てるほどではないが……。


 しかし、この屋敷の厳重な警備を突破できるのなら、そこそこ悪魔を食って成長した個体なのだろう。


 私は目を鋭くさせた。

 私は操り人形。


 彼のお方の好きなように動く道具。

 なら、役に立てと言われたらそうするしかないだろう。


 バタンと扉が開いた。

 いや、吹き飛んだ。


 それに動じることなく、私は跪いていた姿勢から立ち上がった。

 そこから現れたのは一体の魔物だった。


 その見た目は竜人と呼ばれる亜人に似ていた。


「竜のなりそこないか」


 その時点で私の中での勝負は決していた。


 があああああああっ!


 そんな咆哮のようなものが聞こえてきた。

 瞬間、その場から魔物は消えた。


 私の目の前まで接近してきたのだ。

 それを目で追いながら、私は避けることをしなかった。


 防御が薄い。

 体が弱い。


 そんなことを言ったが、私はこれでも貴族位持ちの悪魔。

 所詮ただの竜人……異界で生き残った個体なら災害級認定だろう……程度で私の体が傷つく事はない。


 いくら攻撃しようと、その攻撃は狂信嬢よりも魔王よりも、ベアトリスよりも弱いのだ。


 私の顔面に向かってパンチが飛んできた。

 知能のないゴミだ。


 実力差に気づかず、哀れにも攻撃を仕掛けてくるなんて。


 パンチは私の顔に当たった。

 だが、そよ風のような攻撃で、痛みすら感じなかった。


 その代わりに、パンチを放った魔物の右手が吹き飛んだ。

 悪魔形態になる必要性すら感じない雑魚だった。


 本物の強者には勝てない。

 ただの弱者である。


「死ね」


 代わりと言わんばかりに、右手で拳を握った。

 目に見えない光速の一撃。


 魔物は反応することさえできずに、血液を撒き散らしながら、頭が消えた。

 そして、地面に倒れる前には消滅していた。


 灰となり消える。

 地上の魔物たちは消えないが、ここにいる魔物たちは死んだら消滅する。


 その膨大な魔力をもってして、異界の維持につなげているからだ。


「終わりました」


「ふん、つまらぬ余興だった。貴様はもう出ていけ」


 部屋を出る。


 彼のお方を怒らせてはならない。

 そして、こんな事態にさせたベアトリスも許さない。


(あいつはおもちゃなんかじゃない。私の敵、絶対に殺す)


 許さない許さない許さない許さない。


 絶対に見つけ出す。

 転移で消えていったベアトリス……その家族もろとも殺してやる。


 そのためにはどうするべきか。


 その答えはすでに私の中では決まっていた。

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