第194話 明星宿

 この霧の中を進むと考えて、いざとなったときのために、帰り道……森までの道を確認しようとした。


 そのために、魔法を展開し、地図を確認しようとするが、そこにはエルフの森の場所はなかった。


 正確に言うと、私たちがやってきたのは、森であって森じゃなかった。

 つまり……つまり……なんて言ったらいいのかわからない!


 だってしょうがないじゃん!

 消えてるんだよ?


 地図上にエルフの森の文字、場所はなくて、私たちがどっからやってきたかもわからなくなっている。

 

 幻想だったように、私たちがやってきた場所は、平原ということに地図上で変更されていた。


 エルフの森という場所が地図のどこを見ても見つからない。

 もしかして、実際は別の場所にあるけど、あの精霊が出口まで繋いでくれたとかか?


 まあ、戻る気もなかったのでそれ自体は問題ない。

 ただ前に進むのみだ。


 足元がおぼつかず、平衡感覚さえ狂ってくる。

 その度に二人に支えてもらっている。


 そんな自分を情けなく思いつつも、時期に前に見た城が見えてきた。

 前見た時と変わらず、不気味な雰囲気を漂わせていて、牢獄が剥き出しで見えた。


 その中に人はいなく、生活の後だけが残っていた。

 進んでいくにつれ、霧が晴れていく。


 足元がはっきりと見えるようになり、すぐに下半身もはっきりと見えるようになり、吸血鬼が住む地に近づいていると肌で感じた。


 でかいお城は私の住んでいた屋敷よりも、王国の王城よりも大きい気がした。


 近くで見た城はさらなる不気味さを放っている。


「あそこ」


 城は奥にあり、その手前には検問所が設置されいる……わけはなく、ボロボロの家が何軒か建っている。


「入れそう?」


「警備がずさんすぎるけど……ユーリ?ここって吸血鬼の住んでる場所だよね?」


「多分、でも、僕が魔王だった時はもっと賑やかだったような気が……」


 ユーリは疑問に首を傾げている。


 とりあえず、全員フードを被った。

 その上で、慎重に歩き出す。


 土を踏むガサガサという音だけが響くが、誰かが出てくる気配はなかった。

 そのまま真っ直ぐ進んでいき、一番手前にあった一軒を超えて中に入った途端、またしても景色が変わった。


 視界を閉ざしていた霧は一気に晴れた。

 全てが晴れた空は美しく輝く太陽に照らされていた。


 照りつける太陽は眩しく、さっきまでの霧が嘘のようだった。


「行こう」


 ボロボロの家がポツンポツンと並んでいて、それを通り過ぎる。

 どうやら、この地域は閑散としていて、奥に進むにつれ、賑やかになっていくようだった。


 賑やかになると言っても、大して変わらない。

 家の密度が上がり、やがて人通り……いや、吸血鬼通りも増えた。


 初めて吸血鬼を見た。


 その感想としては、


(人間と変わらない?)


 しかし、それを決めつけるのはまだ早かった。

 全員が、ローブを着込み、私たちと同じようにフードをかぶっていたからだ。


 段々と道が整備されていき、その都度数人とすれ違った。

 その全員が顔まで見えないように隠している。


 不思議でならない。


「吸血鬼は太陽が苦手なんだ。体に光が当たると、弱いやつは消滅しちゃうんだよ」


 そうユーリが教えてくれた。


 あれ?


 ならそこまで驚異じゃない?


 日中に家族捜索を行えば、安全度がだいぶ増す。


 なら、ありがたい。


 その根拠はまだある。

 私たちを襲ってこようとしないことだ。


 吸血鬼のことだから、臭いを嗅ぎ分けて、襲ってきたりするのかと思いきや、案外そういうのはわからないようで、目も合わせやしなかった。


「だったら、安全に泊まることもできるのかな?」


「できると思うよ!これで、ひとまず安心だね!」


 合計約十時間走って辿り着いた先は、どうやら野宿しなくて済みそうだ。

 走った時間が十時間だっただけで、実際にかかった日にちはもっと長い。


 野宿も何回かしているので、全員……かなり臭うことだろう。

 どっか適当に、宿を見つけて、泊まらせてもらわねば!


 もし、この国?に、お金という概念が通じるのであれば、役に立つものを持っている。


 シンプルにお金である。

 エルフの優しい国王様は世界共通で使える貨幣を渡してくれた。


 元々獣人国に所属していた吸血鬼の国なら、通じるだろうな。


 歩くこと、数分。


 その場所を見つけた。


「『明星宿』?」


 字が霞んでいて見えずらいが、多分そう書いてあった。


「宿って書いてあるから、きっと宿なんだろうね」


「ご主人様!僕はもう限界!何か食べようよ!」


 中からは良い匂いが漂っている。

 食欲をそそる肉の匂いだ。


 私も迷わず、その扉を開いた。

 中は思った以上に明るかった。


 てっきり、明かりもつけずに、どんよりした空気が流れているかと思いきや、そんなことはなかった。


 なお、人はいない模様。


「あのー!誰かいますかー!泊まらせてほし——」


 そう言って大声で呼びかけてみれば、


「やっときた!お客さん!」


 そう言って目の前のカウンターから何かが飛び出した。

 それは、私の前に着地し、一礼する。


「ようこそ!明けの星!『明星宿』へ!」


「あ、はい」


「それで!泊まりですか!?ご飯にしますか!?それとも両方ですかぁ!?」


 飛び出してきたのは女性で、平均的な身長をしていた。

 緑色の髪色をしていて、毛先はくるりとパーマがかかっている。


 そして、とても元気で、うるさい。


「耳元で叫ばないでください!」


「ああ!すみませんすみません!謝るので、他の場所に行かないで、お客さああん!」


 私のローブにしがみ付いてくる女性。


「どこにも行かないので、離れてください!」


「わかりましたー!」


 そう一言私がいうだけで、何事もなかったかのように、素早い動きで離れた。


(なんなの?)


 年齢は多分成人しているくらいだろう。

 なのに、なんでこんなに子供っぽいんだ?


 そう思いつつも、私はこの宿に泊まる旨を伝えた。


「やったー!お客さんキター!」


 ヤッホーイ!と、言いながら飛び上がる女性。


「あ!えと、お客さん!一番いい部屋用意するから!何人部屋!?」


「え、あ……」


「三人部屋ですね!?わかりましたー!」


 待って!

 私に何も言ってない!


 階段を駆け上がって、どこかへと消えていった女性。

 うおー!という声が聞こえるので、元気が有り余っているようだ。


「「「……………」」」


 三人で顔を見合わせる。


「ま、まあ!せっかく入ったんだし、一泊でも泊まろうよ!」


「そ、そうね!レオ君のいう通りだわ!」


「僕、お腹すいたからご飯も頼むー!」


 こうして、私たちは『明星宿』へ泊まることにしたのだった。

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