第188話 価値観は同じ

 召喚


 特定の人物を呼び出す行為のことを指す。

 私もそれができた。


 多分、加護のおかげだろう。

 出てきた私のよく知る精霊さん。


 誰かに呼び出されれば、外出……精霊の世界から出たことにはカウントされないのだろう。


 堂々と悪魔と対峙していた。

 その間に、私は全ての魔物を蹴散らした。


 と言っても、精霊の周りにいるものだかだが……。

 ふと気になり振り返れば、精霊と卵があった。


 光る楕円形の物体は黄緑色に発光していて、真ん中に『封』と書いてあった。

 気がつけば、精霊さんは私の近くまでやってきていた。


「感謝します、ベアトリス様」


「あの卵は?」


「悪魔を封印したものですよ。かなり弱っていて、精神も不安定だったので、案外すんなりと倒せましたよ」


 オホホ、と精霊が笑う。


「そっか……終わったんだね」


「ええ、あなたのおかげですよ」


「でも、悪魔を捕らえていいの?私がここにいるって嗅ぎつけた他の悪魔が襲ってきたり……」


 危惧すべきは今後のエルフの生活だ。

 またしても、悪魔たちに襲われたら、確実に滅ぶ。


 私の不安を払拭するように、精霊は笑った。


「大丈夫ですよ。無駄に頭が回る悪魔なら、きっとすぐにあなたがエルフの森を離れたことを察するでしょう。ならば、エルフの森を襲う必要はありませんものね」


「そうなの?まあ、大丈夫ならいいんだけど……」


「どうされました?」


 私の落ち込み加減に何かを察したのか精霊は変わらぬ笑顔で聞いてくる。


「皆さんに嫌われたくないのですか?」


「当たり前じゃん!私は、エルフにとって敵なんだよ?私は嫌われ者なんだよ?」


 そうだ。

 エルフたちは人間が大嫌いだ。


 きっと私のことも軽蔑した眼差しで見てくるだろう。

 仲良くなった少女……エルフの子供たちにも、避けられ、その親からも睨まれる様子を想像すると、嫌気がさした。


「心配要りませんよ」


 そういうが、私には気が気ではなかった。


「おーい!」


 そのうち、ユーリが戻ってきた。

 思った通りで、心配する必要もなかった。


 服は綺麗で汚れひとつついていないし、汗をかいた形跡もない。


「って、大丈夫!?ご主人様!」


 ご主人様ならきっとなんとかしてくれる……そう思ってくれたから、こっちは任せてくれたのだろう。


 なのに、私ときたらボロボロだった。

 あの悪魔は強かった。


 容赦なく殺しにかかってきていた。

 そのおかげで、服も所々破けて、お腹のあたりなんてもはや服があった痕跡すらなく……今では懐かしい傀儡という男のヘソだしスタイルのようになっている。


「まあ、なんとかなったよ」


 ぺたぺた触ってくるユーリを引き剥がしつつ、私はもう一つの動く影を見据えた。


「大丈夫かー!」


 私に向かってくるその影は二つだった。

 トレイルと、レオ君だった。


「二人とも!どこに行ってたの!」


「え!?ああ……その……いや、ちゃんと戦ったし、避難誘導もしたぞ!」


 一瞬吃ったが、すぐに言い訳をするトレイル。

 レオ君の方を見れば、苦笑い。


「まあ……嘘はついてないよ。その前まで、お酒に付き合わされてたけど……」


「あ!なんで言っちゃうの!」


 全てレオ君の口からバレて焦るトレイル。

 だが、全て今更。


 私は思わず吹いてしまった。

 お酒を飲んで戦場で戦う人なんて初めて聞いた。


 あとで、どう戦ったか教えてもらおう。


 そして、カツカツと歩いてくる音が再び聞こえ始めた。

 それは複数あった。


「……………」


 予想していた通りに、それはエルフたちの足音だった。

 衛兵に女子供……みんな無事で何よりだ。


 怪我をしている人こそいるものの、倒れている人は見ていない。

 守り切れたかな?


 それは嬉しかった。

 だが、辛かった。


 だって、私の正体がバレちゃったんだもん。

 私とエルフの方を二度見して、ようやくトレイルもそれに気づいたようだ。


 それに苦笑しつつも、私はエルフたちの方を見据える。

 若干丘のようになっているここは、エルフたちを見下ろせるくらいの高さがあった。


 夜になり、その夜も明けてきていた。

 私もそろそろに自宅の準備をしようかな……。


 そう思って、逃げ出そうとした時だ。


「トリスお姉ちゃん!」


「!」


 聞き覚えのある若い声だ。

 エルフの少女からのものだった。


 私と一番仲良くなれたエルフの子。

 あの子は私にどんな言葉をかけるのだろうか?


 そう思って、振り返る。

 そこには、


「トリスお姉ちゃん!カッコ良かったよ!ありがとう!」


「え?」


 満面の笑みでそう告げる少女がいた。

 その横に、体が弱い母親が優しく微笑んでいる。


(なんで?私は人間なのよ?)


 疑問符でいっぱいだった。

 そうしているうちにも、横から衛兵が前に出てきた。


 今度こそ何か言われるのか?

 だが、それは杞憂だった。


「教官!……カッコ良かったですよ。俺たちを助けてくれてありがとうございます!」


「……?」


 そう言って頭を下げる衛兵。

 それに倣って、後ろにいた衛兵たち全員が頭を下げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!これ見えないの!?ほら耳!これは人間の特徴で!」


 私はなぜかそう説明した。

 する必要もない……と言いたげに、衛兵たちはどっと笑った。


「な、何がおかしいの!」


「だって、俺たちにはそんなの関係ありませんもの」


「はあ!?」


「俺たちは教官に助けられたんです。それだけで十分なんすよ」


 そう言って、太陽光に反射する衛兵の顔が笑う。


「で、でも……私は!」


 嫌われ者の人間、そう言おうとした時だ。

 背中を触られた。


 精霊が私に向かって微笑んでいる。


「ね?心配なかったでしょう?」


 そう言われて、私の瞳が潤んだ。


「あ!トリスお姉ちゃん、泣いちゃったー!」


「!」


「教官の泣いた顔初めて見たな、お前ら!」


「う、うるさいわね!ほら!さっさと、訓練場に戻って!みんなは朝ごはんでも食べてなさい!いいね!」


 誰にも見えないように、後ろを向いて涙を拭った。


(もう……馬鹿なんだから……)


 それは私にとっての最大の褒め言葉だった。


 教官らしく言った、私のその言葉を聞いたエルフたちは顔を見合わせた。

 そしてこう言った。


「「「了解です、教官!」」」

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