第170話 眺める

 朝の光が私の目を覚まさせる。

 精霊の森は夜になってもずっと光続けている。


 なのに、星明かりも上から差し込んで、結構な眩しさだ。

 その点、ユーリとレオ君はずるい。


 尻尾で目を覆えるからね。

 私にはできないんだけど!


 え?


 変身魔法使えばいいって?


 変身魔法にもいろいろ条件があるのだ。

 例えば、その動物の形を把握するとか。


 ワシに変身したかったら、体の大きさとか翼の長さとかを、全て分からなければならない。


 私が獣人に変身したかったら、身体中観察しないといけないわけで……。

 むやみやたらに魔法を使って、いざ敵襲があったときに困ったりもするし……。


 そんなことができるわけもなく、私は眩しいあかりの中でもぐっすりと眠った。


 そして、


「おはよう」


「あ、おはよう」


 レオ君が、挨拶を返してくれる。

 その手にはたくさんの葉っぱが握られていた。


「なにしてるの?」


「朝ごはんだよ」


「葉っぱを食べるの!?」


「違うよ!この葉っぱは食べられるんだけど、これに焼いたお肉を巻けば……」


 寝起きの私の鼻に、いきなり肉の香ばしい匂いがしてきた。


「でも、なんか数が少なくない?」


 三人分にしては、お肉の量が少なかった。

 子供だからというのもあるだろうけど……。


 お肉は一切れ私の掌より少し小さいくらい。

 それが八枚だ。


 三人分ではないだろう?


「い、いや……あんまり食べすぎると、後で困るかなって……」


 口籠って明らかに動揺しているレオ君。

 私は、その理由がなんとなく思いついた。


 言ったら、少し困惑するかなと思って、今まで言ってこなかったが、私はそれを聞いてみた。


「ねえ、レオ君が『血を飲む』ってほんと?」


「!?」


 お肉を包んでいた手が止まる。

 私は知っている。


 ミサリーがそんなことを言っていたのを。

 命を救ってくれたことがあるらしいレオ君に、血を飲ませてお礼を返そうとしたことがあったのを覚えている。


 その時は、言葉が遮られて私の聞き間違えかと思ったけど……。


「僕は……」


 レオ君が俯き、私はその回答を待つ。

 その時、


「おはようございまーす!」


「あ、ユーリ……って、なに食べてんのよ!」


 いきなりユーリの挨拶が聞こえたかと思ったら、レオ君が手に持っているお肉を強奪して食べてしまった。


「これ、おいしいれふね。さっしゅがりぇお!」


「食べながら、喋んないでよね……全く」


「じゃあ、もうちょっと作っておくね」


 結局話がうやうやになり、その日の朝ごはんは平穏に終わった。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 精霊の森から出ると、扉の壁が閉じ、光っていた古代文字が見えなくなる。


「よし、とりあえず今後の目標は決まったわね」


「エルフの森の魔物ですね!ご主人様がいれば一瞬ですよ!」


「ただ、魔物を全員倒せばいいって話じゃないのよね……」


 条件に出されたのは、魔物が急増した理由を探し出し、それと断つこと。

 魔物を全て倒してしまったらエルフが狩って食べる分がなくなるから。


「まーたエルフの街に行くのかー。そこの人感じ悪いからなー」


「あの偉そうな女のエルフは、比較的まともそうだけどね」


 途中で登場した、あのエルフ。

 てっきり、捕らえて処刑とか言われるのかと思ったら、逃してくれた。


「あのエルフは、ハイエルフですもん。処刑したときに出る人間の血液を汚いとでも思ったんじゃないですか〜?」


「ハイエルフって?」


 ちょくちょく出てくるユーリの新情報。

 ありがたい。


「ハイエルフっていうのは、エルフの王族です」


「めちゃめちゃ偉い人じゃん!?」


「ハイエルフは普通のエルフよりも、身体能力、魔法、全てにおいて優秀なんですよ〜」


「ハイエルフに生まれるだけで人生勝ち組ってこと?羨ましいなー」


「公爵令嬢さんに言われたくはないと思いますけどね、ご主人様」


 とりあえず、昨日のエルフの街まで向かう。

 そして、その道中でとあることに気づいた。


「ん?なんか足跡増えてない?」


「ほんとだ」


 昨日、精霊樹のところまで着くのに、何かの足跡を辿ってきた。

 その足跡が結局なんだったのかはわからない。


 それを再び辿ってエルフの街まで行こうとしたが、その際に、足跡がひとつではなく、幾つもあるのに気づいた。


 大きな足跡……私たちが辿ってきた足跡が一つ。

 そこに、幾つもの小さな足跡がたくさんあった。


「あっちの方向に向かってる……」


 森の中、エルフの街と精霊樹の道のり、その脇道に逸れる形で足跡が続いている。


「魔物だったら、ちょうどいいかもね」


 私たちは魔物急増の原因を突き止める必要があるため、まずは魔物と遭遇しなければならない。


 運がいいのか悪いのか……なかなか魔物と出会わない。


「行ってみよう」


 一応、魔力感知を展開し、私たちはその足跡に向かっていく。

 そして、いくらか歩いたあたりで、魔力感知に何かが引っ掛かった。


「すごい……二十以上の魔力がこの先にあるよ?」


「ご主人様、どうする?」


「もちろん行くよ」


 小走りで森の間を駆け抜ける。

 ただ、私たちはそこそこ足が早いため、常人が全力で走るよりは早い。


 そして、その場にはすぐについた。

 森の中で若干視界が悪いが、


「あれ……戦ってるよね」


「そうだね……」


 カンカンと音を立てて、槍と魔物がぶつかっている。


「エルフ……」


 耳がとんがっているので、すぐにわかった。

 エルフが、ゴブリンたちと戦っている。


 あの小さな足はゴブリンだったのか?

 だが、個人的に一番注目していたのは部隊を指揮していた女性である。


「後方に回り込め!盾は前に出て槍を守れ!」


 透き通る声。

 昨日聞いた女性の声。


 ハイエルフの女性だった。

 扇子を持って、優雅に指示を出す。


「ハイエルフ様!後ろです!」


 そんな声がエルフの中から聞こえた。

 すると、ハイエルフの女性の後ろからゴブリンが飛び出してきた。


 森の中は暗く、視界が悪いため後ろに回り込められていても不思議ではない。


 ハイエルフの女性が危ない!


 と思ったが、


「邪悪な魔物め。私に触れるな!」


 ゴブリンが手に持つ棍棒が振りかざされた時、扇子がそれを止める。


「ただの扇子じゃなかったんだ……」


 棍棒の重い一撃を止めて、それを吹き飛ばした。


「私を守れ!後ろの警戒も忘れるな!」


 再び、エルフたちが体勢を元に戻し、ゴブリンたちの群れに圧勝した。


「私たち、出る幕なかったね……」


「まあ、いいんじゃないですか?手間が減ったわけですし……」


 そう言ったときだった。


 ゴォンという音がし、空が暗くなった。

 太陽が何かに遮られ、それにはエルフたちも気づいた様子。


 そして、上を見上げて、


「撤退!竜よ!」


 ハイエルフが叫ぶのだった。

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