第165話 働きたい


 この家での生活も時期に慣れてきた。

 私が目覚めて三日経った今、人手が増えたことで役割分担ができるようになった。


 まず、食料を確保する担当が、ユーリ。

 それを調理するのがレオ君。

 そして、食べるのが私!


 旅に出るための準備も二人がしてくれている。


 え?


 前の二人がかわいそう……だって?


 うっさいわ!

 私も一応申し訳なさを感じてるんだから、あまりそれを言わないで!


 だって、二人とも完全に過保護モード入っちゃってるんだもん。


「寒くない?」


 とか、


「お腹すいた?」


 とか、


「寂しかったらいつでも呼んで」


 とか。

 いや、どこの乙女主人公だよ。


 私は家が全焼した、元悪役令嬢ですけど?

 こんな急展開に対応できるわけもなく、されるがままになっているのだ。


 このままではいけない!

 どうにか、私も活躍しなくては!


 だが、生憎体調がまだ万全じゃない。

 万全になったとしても、料理はレオ君の方がうまいし、ユーリの方が強いしで、どうしたらいいのか……。


 そこで思いつきました。


「私は家事をすればいいのか!」


 と。


 料理は残念ながら、レオ君の方がうまい。

 それは認めよう。


 だが、考えても見て欲しい。

 二人はこんなに汚いゴミ屋敷で一ヶ月二人暮らししてたんだよ?


 到底まともな人じゃない。

 綺麗好きだったら、真っ先に掃除をするし、綺麗好きじゃなかったとしても、生活スペースぐらいは綺麗にするはずだ。


 なのに、この汚さ。

 二人とも綺麗好きではないようだ。


 ってわけで、貴族としてこんな汚いお家は消毒してあげないといかんのです。


「汚物は消毒じゃい!」


 狭い部屋の中で行使する魔法は最大限威力を下げた風魔法。

 至る所にあるホコリやゴミ、小さな虫も一匹残らず駆逐した。


 そして、そのゴミは、水魔法と混ぜて、土の中に溶け込ませたとさ。

 虫もいるからそれなりに肥土にはなるんじゃないだろうか?


 そして、


「服も汚いよね」


 この広々とした森の中、そこに佇む一軒の家。

 その中に住む住人としては、ぴったりの服かもしれないが、私はちょっと嫌だ。


 昔の……っていうか、一ヶ月前までは汚してもすぐに着替えれば綺麗になったし……服もこれ一着しかない。


 というわけで、これは洗濯行きだ。


「うーん、洗濯といってもどうしたらいいものか」


 ここでは、この汚い汚れを落とすためには、水が必要だろう。

 魔法を使ってもいいが、それが見つかったら二人に怒られてしまう。


 まだ体調が良くなく、寝たきりなのだよ。


 え?


 さっき使ってただろって?


 いちいちゴミを捨てるのは面倒だもの。

 必要経費ってやつ?


 そんなことを考えているうちに、


「ただいま〜」


 そういって戻ってきたのは、レオ君だった。


「あ、レオ君。ここらへんで水辺ってない?」


「水辺?あるけど……どうしてそんなこと聞くの?」


「いや、体を綺麗にしたいなと」


 どうせ、服を綺麗にするんだったら、汗水も流した方がいいよね。


「!……あ、そ、そうだよね。汚いから洗った方がいいよね」


 びくっと体を震わすレオ君。

 目覚めた時から、時々ある現象だ。


 病気かな?

 心配になったけど、それで不自由があるわけでもないため、聞かないでおく。


「あ、そうだ!レオ君も一緒に入る?」


「ふぇ?い、いやいやいや!遠慮しておきます!」


「なんで?」


「なんでって……なんで逆にわかんないのさ!?」


 うーん、多分私の精神年齢があなたと違うからですね。

 とは言えないよね……。


 最近の子供はそこら辺きっちり教育されているのだろうか?

 あ、でもレオ君は野生児か……。


「別に減るもんじゃないし……。それに、レオ君だって汗かいて気持ち悪いでしょ?」


「う……それは……」


 獣人は汗の匂いが自らの毛に染み込むので、かなり暑い猛暑日にもなると、何度もお風呂に入るそうだ。


 そういう日は外出する人も減るらしいよ?

 それは、レオ君だって例外じゃない。


「だったら、体洗った方がいいんじゃないの?」


「だ、だったら、ベアトリスの後に入るよ……」


「なんでよ!一緒に入ろうよ」


「……………」


 なんで黙り込むんだよ!

 この小さな家の中にいるのは私とレオ君だけ。


 ユーリがいないので、ものすごく気まずい。


「子供なんだし、いいじゃん」


「良くないよ!」


 私的には、おこちゃまにこれぽっちも興味ないので、一緒に入ろうが関係ない。


 私の中では一緒にお風呂に入ったらもっと仲良くなれるってイメージなんだけどなー。


「まあいいわ。私一人で入ってくるけど……。その代わりに服を頂戴?」


「服?って、僕の?」


「そそ、せめて服くらいは洗わないと」


「それは……ごもっともです……けど、僕これしか服持ってないよ?」


「知ってるけど?」


「え?」


「え?」


 再び訪れる魔の沈黙。


「洗ってる間僕はどうしろと?


「上半身裸でいなさい」


「なんで!?」


「だって服一枚しかないんでしょ?」


「裸でいたら風邪ひいちゃうよ!」


「その自慢の毛並みはなんのためにあるのよ?」


「それは……ぐぬぬ……」


 なんか、色々諦めてしまったようなレオ君。

 無言で頷いてくれた。


「はい、じゃあ服を回収しまーす!」


「……もうやだ、誰か殺して……」


「そんなこと言わないの!はいバンザーイ!」


 ふふふ、こういうのいいわね。

 なんかお母さんになったみたいで結構楽しい。


 あーあ、私も子供欲しいなー。

 レオ君の汚い服を剥ぎ取ってあげた時、


「あー!」


 玄関口で声がした。

 玄関口……といっても目の前にある壊れかけの扉のことで、そこに立っているのは私たちよりも一回り小さいユーリだった。


「またいちゃついてる!」


「あ、いや……これは違くて……」


「ご主人様!アウトですー!ついに襲うんですか!せめて僕が寝てからにしてくださいよ!こんな夕方から二人で——」


「少し落ち着けー!」


 私が稀にできる高速チョップでユーリの頭を叩く。


「服を洗いに行くの。いい?」


「服を洗う?」


「そうよ、一緒に入ろっていったら断られたから、せめて服だけ洗うの」


「あ……」


 私を間に挟んでユーリとレオ君が目配せしている。

 いつからこの二人はこんなに仲良くなったのだ?


 あ、私が寝込んでいる間にか。


「ふ、ふーん!そういうことならいいですよ!でも、ご主人様には僕もいるんですからね?」


「そうね」


「!」


 なぜか、ユーリの顔が赤くなり、なんとなく湯気が幻視できた。

 そんなに嬉しかったのか?


 多分、家族だよってことを言いたかったんだろう。

 だとしたら、この三人は一年以上一緒に暮らしているので、もう本物の家族と言っても問題なさそうだね。


 ここにフォーマとミサリーと父様と使用人のみんながいたら、完全にいつもの我が家になるのになー。


 早く見つけないとね。


「というわけで、私は服を洗ってくるわ。それと、そろそろ私も旅の準備とか手伝うからね?ずっと寝たきりだと申し訳ないもの。いい?」


「ご主人様?体調はもういいの?」


「快調とまではいかないけど、十分元気よ」


「そう……わかったよ、ご主人様。くれぐれも気をつけてね?」


「うん、わかってるわ」


 ユーリが優しく微笑み、私に向かって手を振る。

 ああ、こういう生活も悪くないかもね……。


 そうして、強奪したレオ君の服を手に歩き出そうとした時、


「あ、そうだ。ユーリの服もついでに洗濯してしまいましょうか」


「!?」


 ——数分後。


 逃げ惑うユーリを捕まえて身ぐるみを剥がし、洗濯しに行った。

 そして、私が帰ってきて、服を返したところ、「ご主人様には今後一切僕たちの服に触らないでください!」と言われてしまった。


 解せない……。

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