第139話 打算する

 しゃー!


 上手く伯爵さん丸め込めたぜ!

 いやー、私が誰か知っているか?と聞かれたときは、正直ちょっとだけ焦ったよ。


 だって、伯爵だということは知っていても、名前とか家名までは知らなかったもん。


 かなーり『伯爵様』を強調することによって、あたかも完全に熟知していますアピールが出来たのはよかった。


 もし、あそこで下手に言い訳をしていたら、完全に嘘だとばれて、協力してくれなかっただろう。


 話はいったん変わり、伯爵さんの家の中……。

 侯爵家のように派手ではないが、質素なりに整頓されきれいだ。


 物の配置も均等で、かなりのきれい好きと見た!

 服はドロドロだけどね。


 なにがあったかといえば、娘さんが誘拐されたからだろう。

 だって、実の娘だよ?


 服の汚れと、天秤にかけたら圧倒的に娘のほうに傾くことだろう。

 親ばか……娘さん愛されてたんだね。


「まさか、君がハーフ、半魔だったとはな」


「珍しいですか?」


「ああ、侯爵領から私の領まで瞬間移動するとは……かなりの強者なのだな、貴殿は」


「ははは……座標を教えてもらったので、ね……」


 苦笑いしかできない。

 転移魔法を知らないのはいいとして、私を過大評価することはお止め願いたい。


 ここで、無理難題とか言い渡され、できませんでしたとか言ってしまうと、頑張って交渉した内容がすべて白紙に戻ってしまう。


 私が必要としている情報、それは侯爵が屋敷にいる時間帯を知ることだ。

 なぜ、そんな情報が必要かだって?


 理由は単純明快。


 一つ目は、娘さんを救出するためには、ターニャの父親こと侯爵がいない間を狙うのが最も適切だと思ったからだ。


 二つ目は、侯爵に脅しをかけることが出来るような情報が必要というわけだ。


 この二つを達成できると確信が持てるような情報だったら何でもいいのだ。


 伯爵さんの家の中、その廊下を歩き、やがて一つの部屋に通された。

 そこは、伯爵さんの私室だと思われた。


 多くの本がずらりと並び、かなり使い込まれた机に椅子。

 その上には書類がたくさんのっている。


 よく見る貴族家の一室だ。

 本来ならば、来賓室に通すべきなのだろうが、この際それぐらい信用してもらえているということで、気にしないでおこう。


 私も貴族のルールに縛られるような小さい人間ではないのでね!


「早速ですけど、あなたが持っている情報を分けていただけますか?」


「もちろんだ。何が知りたい?」


「侯爵様が屋敷の中にいる時間帯、いない時間帯とか……」


 まあ、伯爵家だし、そんな情報持っているわけがない……


「了解した」


「あるの!?」


 思わず、感情を漏らしてしまった。

 すると、こちらを見ていた伯爵さんはふっ、と笑い、一つの資料に手を付けた。


「これを見てほしい」


「こちらは?」


「侯爵の屋敷の見取り図と、使用人の定時時間などが記されている」


 見取り図は歩いてみてわかったが、正確な部屋の位置まで知れたのはありがたい。


 そして、使用人の定時時間。

 みんなそれぞれ時間がばらばらで、帝国でみた『バイト』のようなシステムだということが分かった。


 バイトって、時間になったら交代で誰かが変わるんだよね。

 時々わんおぺれーしょん?とかいうのもあるらしいが、基本的には数人がバイトに入っているそうだ。


 それと似たようなシステム。

 そして、


「これは……」


 一つの項目に目を落とす。


「これは、侯爵の今月の仕事のリストだ」


 一部私にはわからない、暗号のような文字が使われている。

 きっと、まだ伯爵さんも解読途中だから、こんな中途半端に暗号化されているのだろう。


 そこにリストアップされていたものを一部読み上げると、


 繝吶い繝医Μ繧ケの監視


 伯爵との会談


 外出


 繧ソ繝シ繝九Εによる定時報告


 となっている。

 何とかかんとかの監視って多分私のことじゃね?


 それっぽいことを隠す気もなく、私の目の前で言っていたし……。

 侯爵はかなりの自信家らしい。


 侯爵家のメイドさんも言っていたけど、今の王様って猫なんだって。

 だから、猫が優遇される時代ってわけで、それで調子に乗ったのか?


 だとしても、謎が多いが……。


「これで、どうにかならないか?」


「一応やってみます。ただ、私も潜入しようとなると見つかる危険があります」


 念のため、ここは慎重に行動すべきだ。


「今私は、ターニャ……侯爵家の娘と仲良くしているように見せています」


「なんと……」


 ちょっとばかりターニャの名前を利用させてもらおう。


「つまり、潜入というわけだね?」


 神妙そうな顔でまじめに聞いてくれる伯爵さん。

 よしよし、それでいいのだ。


「ですので、私の正体がばれるわけにはいかないんです。だから」


「慎重に行動する、というわけだな?だが、せめて娘の安否は毎度確認してほしい」


「わかっていますよ」


 ものわかりがよくて助かる。

 伯爵さんもそこは妥協してくれて、なんとか期間を延ばせそうだ。


 私が、娘さん救出に時間をかける理由。


 いくつかある。


 例えば、純粋にターニャの父親は本当に自らの意思でそのような行動をとっているのか?


 とか、


 ターニャにとって……私の友達にとってそれは幸せなことではないはずだよね?


 とか、


 十歳、職業鑑定の儀式を終えてからのほうが確実に、安全に、救出&脅しができるのでは?


 などなどである。


 上二つは完全なわがまま。

 下は、もうすぐ誕生日を迎え、職業鑑定の儀式を受けることが出来るから。


 職業鑑定の儀なしでも私はその適正にあったスキルを使いこなせる。

 だが、それはあくまで職業的補正なしでの話。


 適性を正式に受け取ってない状態だと、もちろん職業の恩恵は受けられない。


 さらに言ってしまえば、もし私がスキルを使わざる負えない状況に追い込まれたとして、世間にそれがばれたら、私は職業なしでスキルを使用したということになる。


 そうなれば、めんどくさいことになるのは目に見えている。


(ターニャのためにも、私のためにも、ゆっくりやるしかない)


 結局、私は物語の主人公でも、英雄でも、ヒーローでもなんでもない。

 最凶の悪役から、一般人になっただけの存在だ。


 それを再認識し、私は一度公爵家……わが家へ帰るのだった。

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