第130話 人助け(?)をする

「お前、何か事情があるんだな?」


「へ?」


「何も言うな!俺もそう言う奴はよく見てきたからよ!」


 そう言って、獣人君の背中はドンドンと叩く。

 痛そうにしながらも耐える獣人君。


(結果オーライでいいのか?)


 何やら勘違いしてくれたようだ。

 名前が名乗れない事情があるのではなく、本当に名前がないと思うはずもないですよね……。


 多少の罪悪感を覚えながらも、私はターニャにアイコンタクトを送る。


「今日はこの二人を紹介したかったんだ!」


「そうなのか、いい奴そうな友達ができてよかったな!」


「えへへ!」


 嬉しそうな顔をするターニャ。

 そして、背中を押さえながら、涙目になりかけている獣人君。


 温度差が激しい。


「俺はだいたいここの酒場にいるからよ、暇なときにはお前らも遊びにこいよな!」


「そんな軽々しく足を運べるわけないんだけどね……」


「そう言うなって、嬢ちゃん!」


 あ、私はもう女認定されてるのね……。

 なぜバレているのだ?


 髪も短いし、男装もしている。

 声も低くして……完璧だろう!


「なんで、私が女ってわかったの?」


「おう?そんなの簡単だ。フェロモンが出てるからな!」


「ふぇ!?」


 私が驚き愕然としている様子を見て、


「なんだ?そんなことも知らないのか?」と言うような顔でゴルさんがこちらを見る。


 勘弁してください!

 私は人間なんです!


「まあ、簡単に言うと、オスとメスじゃ体臭が違うってわけだ」


「そんなのわかるの?」


「ああ。お前らよりもちっさいちびっ子たちの匂いは流石にかぎ分けらんねーけどな」


 だから、前回はバレなかったのか……。


「ってか、私そんな臭うの!?」


「ベアさんよぉ〜、気にしすぎだぞ?猫なんだから気にすんなって!」


 猫とか関係ないわ!

 私はそんなのわからないんだよ!


「私には匂いなんて嗅ぎ分けらんないよ……」


「うっそだろおい……!珍しい猫獣人がいたもんだな」


「ぐ!珍しいって……」


「だって、そうだろ?首根っこを掴まれてるのに、力が抜けないなんてよう」


 確かに本物だったらそうなのかもしれないよ?

 でも、私はさ……人やん?


「それに、この酒くせ〜匂いも平気そうだし」


「酒臭い?」


 ターニャの方を見れば、


「めっちゃ臭う!」


 だそうだ。


「鼻が鈍感なのか?」


「そんなことない!」


 鈍感と言われるのは心外である。


 見てろよ、ゴルさん!


「『嗅覚強化』」


 魔法を使って嗅覚を強化する。


「うわ!くさ!」


「お?やっとわかるようになったのか?」


「ちょ……何この臭い!」


 感じるのは強烈なお酒の匂い。

 漂う匂いが私の鼻を痛め付ける。


「誰か助けて……」


「自業自得だよ!」


「はは!ベアはおもしれーな!」


 ターニャとゴルさんは知らん顔。


「助けてー!」


 もちろん私は獣人君に泣きつく。


「うわ!」


「あ、いい匂い……」


 嗅覚強化されているおかげでなんかすごいフローラルな香りがしてくる。

 まあ、匂いの出所は獣人君の体毛なんだけど。


 ふさふさなのにいい匂いもして、最高か!


「惚れられたな、坊主!」


「!?」


「ちょっと!そんなじゃないからね!?」


 何を言い出すの!?このおじさん!


 心外だ。

 ただ、ちょっといい匂いを嗅いでいただけなのに……。


 ん?


 普通に考えれば私のしてることって変態極まりないのでは?


「うし、俺はこれを飲んだら、出てくけど……。お前らはどうすんだ?」


「おいらは二人と一緒に街を案内するんだ!」


「そうか、じゃあ俺がいい店に連れてってやるよ!」


 この後もはしごする気か!?

 お酒飲んだ後なのに!?


 というか、なんで真昼間からお酒を飲んでるのよ!


「ご馳走様ー!」


 代金を支払いにゴルさんが立ち上がる。


「おいら先に出てるよ!」


 ターニャは出口に向かう。


「私たちもいこ」


「う、うん……。その前に離れてくれない?」


「無理!死んでも離さないから!」


「……………」


 なぜか黙りこくってしまう獣人君のことを気にせずに、私は抱きついたまま離れない。


 鼻が死ぬ!

 でも、獣人君のおかげで現在幸せな気分だ。


(ほんとにいい匂い……)


 羨ましいと思えるくらいには。

 なんで野生育ちの獣人君がこんないい匂いをしているのか不思議である。


 私は獣人君に抱きついたまんま、出口まで引っ張る。


 何か諦めたように、彼も歩き出し、ドアを開けて外に出る。


「ぷはー!息ができるって素晴らしい!」


「大袈裟だな〜」


 私の魔法で強化された鼻には酒場は少々キツかったらしい。

 でも、ここまで出たらこっちのもんだ——


「ん?」


「どうしたの、ベアトリス?」


 鼻をスンスンとならし、その“何か“の匂いを辿る。


「なんか、あっちの方から変な臭いが……」


「臭いだと?」


 後ろから現れたゴルさんが私の指差す方を見る。

 路地裏だ。


 酒場と、隣のお店の間には小さな隙間があり、人が二人分通れるくらいの道だ。

 そこから、


「なんか鉄っぽい臭いが……」


「鉄っぽいだと?」


 鉄鉱石の匂いというか、金属の臭いがその路地裏からしてきた。

 四人でそのその路地裏の中に入る。


 暗闇の中で歩いて行き、そこには、


「!?」


「誰か、倒れてる!」


 見つけたのは、血を流して倒れている男の人だった。


「おい!お前!」


 ゴルさんがその人に駆け寄り声をかける。


「大丈夫か!?何があった!?」


 さっきまでの酒場で飲んでいた雰囲気とは打って変わり、重い空気が流れ出す。


 なんだか、悲惨ね……。

 痛々しい……。


 首のあたりから出血していて、あんまり息をしていない。


 だが、逆に言えば少しは息をしていた。


(面倒ごとになる予感……)


 まあ、人助けを思えば悪くはないだろう。


 そして、私の嗅覚はその人の“血の臭い“以外の臭いも探知した。


「あそこ!誰かいる!」


 路地の奥、暗闇で誰がいたかはわからなかったが、確かに別の匂いがした。


 案外この魔法も役に立つ。


「すまねえが、お前らはそいつらを追ってくれ!俺は警備兵を呼んでくる!」


 そう言って、ゴルさんが路地の外に走っていく。


「おいら、走るの苦手だから、こいつの看病しておくよ!」


「じゃあ、私たちは追いかけるわね」


 獣人君と私は、かなり足の速い方なので、路地で見失うことは……多分ない!


「いくわよ!」


「うん」


 嗅覚も大事だが、視覚も大事。


「見つけた!」


 視界内に人の形をしたものを見つける。

 だが、悲しいかな。


「あ!」


「どっち行った?」


 相手の方がここの道を熟知しているらしく、私たちはなかなか追いつけない。

 路地裏にはあんましいい思い出がないのだが、この際仕方ない。


「奥に入ってみましょ」


 嗅覚を頼りに、奥の細い道に入っていく。


 ウネウネとしているこの路地裏の細道もそんなに長くは続かない。

 私たちは、その道を抜ける。


「え?」


「外に出ちゃったね……」


 出てきたのは、さっきと違う通り。

 商業区みたいな場所だった。


 さっきよりも人通りは多く、ここからさっきの人影を探すとなるとかなり苦労することだろう。


「嗅覚だよりも厳しいわね……」


 たくさんいる獣人さんをかき分けてどこにいるか探す。

 幸い、獣人君も後ろにいるので、はぐれることはないだろう。


 そう思って、ずかずか進んでいく。

 そして、噴水の近くまでやってきたところで、


「ベアトリス!後ろ!」


 そんな獣人君の声が私の耳に届いた。

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