第126話 やるべきこと(公爵家側視点)
「よし、これでこの書類は片付いたな」
いつも通りの事務作業。
アナトレス公爵家の当主となってくらは毎日続けている単調な作業。
目立った事件や事故も発生しておらず、最近では、『最も平和な領』として、貴族たちの間でも有名になりつつあった。
それもこれも、ベアトリスのおかげなのだろうな。
自分とは違って才能豊かなベアトリスがこの領を守っていると言っても過言ではない。
『神童』と謳われ、それに恥じない業績も残して、慢心することなくあの地獄みたいな鍛錬をやっているのだろうな……。
一度、ミサリーに試しにやってもらったことがある、ベアの訓練法を。
魔力を垂れ流しながら、筋トレするという、かなりシンプルな訓練方法だった。
だが、そのシンプルさとは裏腹にかなりきついらしい。
魔力を消費することによって体から力が脱力する。
そんな状態で筋トレなどできるはずもない。
当然腕立てなどをやろうものなら、一回でバランスを崩して倒れたとミサリーが言っていた。
一応ミサリーもBランク、最近ではAランクになったのか?
冒険者兼メイドとして、ベアを護衛してもらっている。
護衛が主人よりも弱いというのは、なんとも言えないがそれももう慣れた。
「次の資料は……」
この公爵家では騒がしいのが日常だ。
ベアが遠征に行く前ではもっとうるさかったことだろう。
ミサリーと追いかけっこをしている様子がたまに目に入ったり、街中で何やらしているという報告も受けている。
もちろん、私はそれを黙認している。
ベアはもう私の手には負えんのだ。
当たり前のように、魔法を行使している。
普通は呪文を唱えるんだがね……。
当たり前のように、剣を振るえる。
剣術を教えた覚えはないんだがね……。
そして、あの子は誰よりも優しいのだ。
それが私の自慢だった。
(全く、誰に似たんだかな)
そんなことを考えている時だった。
頭に違和感が訪れる。
「がっ!?」
と思った瞬間、とてつもない痛みが走り去る。
思わず手に持っていたペンを落とし、書類を汚してしまった。
だが、そんなことを気にしている暇はないほどの痛みが続く。
「な、んだ?」
頭の中をこじ開けられるかのような痛み。
実際に体験したわけではないが、そんな気分だった。
椅子から立ち上がろうとするが、うまく立てずにバランスを崩す。
その時だった。
「!?」
痛みとともに、何やら情報?が流れ込んできた。
それは私の……私の妻?に関する情報だった。
「どういう、ことだ?」
痛みがだんだん収まり正常な思考ができるようになってきた。
私の髪は汗で少し濡れ、痛みの激しさがうかがえた。
改めて、その記憶をのぞく。
そこには初めて出会ったときのメアリの記憶があった。
「どうして……どうして今まで忘れていた?」
そうだ。
私の家族の一人だ。
頭の中に訪れるこの記憶は実際にあったこと。
なのに、私はどうして忘れてしまっていたんだ?
それに加え、
「ヘレナ……」
なぜ、私はヘレナとともに暮らしていた?
もちろん、ヘレナのことも愛している。
それは長年暮らしていたからではなく純粋に……。
では、なぜメアリはこの場にいない?
妻が何人もいる貴族なんてそんなに珍しくはない。
「ダメだ。まだ頭が、混乱している……」
メアリはどこに行ったんだ?
私はいつから彼女のことを見ていない?
ヘレナとはいつ婚約したんだ?
疑問は尽きない。
「旦那様!」
バタンとドアが開き、入ってきたのはミサリーだった。
「ミサリー……お前も思い出したか?」
「ええ、メアリ様のことですよね」
予想は正しく、ミサリーの元にも痛みが訪れていた。
肩をかしてもらい、私は椅子に座り直す。
「何がどうなっているんだ?」
「わかりません、ただ……」
「ただ?」
「何かがあったのは間違いありませんよね」
今まで忘れていたものが急に蘇るなど、何者かが関与しているとしか思えない。
しかも、我々二人同時に痛みと記憶が訪れたのだから、その考えは正しいだろう。
「そうだ、ヘレナはどこにいる?」
「わかりません……今は」
「そうか……。私はこれからどうすればいいと思う?」
なぜ記憶が戻ったのか探るか?
それともメアリの居場所を探るか?
はたまた、別の……。
「それも私はわかりません。ですが——」
ミサリーの目つきが変わる。
それは、魔物を見つけた冒険者のそれだった。
「ヘレナさんの身元は調査した方がよろしいかと」
「……。そうか、不本意だが、そうするしかないか……」
私は信頼している。
仮にも家族なのだ。
何も隠し事はしていないと……。
「ひとまず、ベア……ベアトリスには作戦中止を知らせろ」
「いいんですか?」
「元々予定外の事態が起これば中断するつもりだった。ベアトリスにもメアリに関しての記憶が少しでも戻ったのなら……」
「心が揺れる……。精神が不安定になるやも……」
「そういうことだ」
「わかりました。お嬢様がご帰宅次第、私がお嬢様の相手をしてみます」
「わかっている、まかせたぞ」
何が起きたのかはわからない。
だが、私にできることは一つだけだ。
(家族を守る。ただそれだけだ)
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