第120話 別れは唐突

 だが、それだけで終わるほど、結界を張った術者も甘くはなかった。


「離れて!」


 女性からそんな大声が聞こえる。

 それとともに、オリビアの笑顔が歪む。


「え?」


「ごめん……!」


 その言葉の意味を私が理解できてない間に、オリビアが私のことをかなり強めに押し返した。


 数メートル吹っ飛び、私はその光景を目にする。


 オリビアの体から、黒いもやが出ていることに気がつく。

 そして、そのもやは徐々にオリビアの体から分離していき、


「人?」


 人の形を象る。

 そしてのそのもやは言葉を発さずに攻撃を仕掛けてきた。


「!?」


 体勢を崩していた私が、それを受け止めることなどできるはずもなく吹き飛ばされ、首を掴まれた。


 否


 万全な状態だったとしても、避けられなかっただろう。

 私の目では追いきれず、もはや勝負にすらならないなと直感させられた。


「がっ!?」


 息ができずに、徐々に苦しくなってくる。

 締め付けはどんどん強くなっていく。


「ベアトリス!」


 必死な叫びが聞こえる。

 その声に呼応するかのように、女性が瞬時にもやを引き剥がしてくれた。


「大丈夫!?」


「はい……」


 そう返し、私は立ち上がる。

 獣人君も近くまで駆けつけ肩を貸してくれる。


 さすがに、連戦は私と獣人君では不可能となっていた。

 オリビアも未だ立てずにうずくまっている。


 今戦えるのはこの女性だけだった。

 その女性の魔力も尽きかけている。


 万事休すだ。


 それだけだったらよかったのだが、


「ごめんね」


 そういい、女性はもやに一直線に向かっていく。

 彼女から発せられる魔力が増加する。


 それが問題だった。

 獣人君にはまだ理解できていなかったようだが、私には理解できた。


「ダメ!やめて!」


 女性の魔力が急激に増えた。

 なぜか?


 それは魂そのものの一部を削って、魔力として消費しようとしているから。

 肉体が滅んでも、魂は大地の魔力に還元される。


 そんな話を聞いたことがある。

 ただの伝説だ。


 だが、私はそれを信じているのだ。

 だって、目の前で急に魔力が増加したら信じざるを得ないから。


「私は、ここで抑えておくから、四人とも離れなさい」


 そう優しい口調で告げ、もやとぶつかる女性。


 そこには、悲しい声色がうかがえた。


 先に言っておくと、私は情に薄い方だった。

 前世の性格からしてそれはわかっているだろう?


 だけど、今回は違った。


「いや!」


 体が拒否反応を示す。

 ここで、この人と離れるわけにはいかないと……。


 なぜ、そう思ったのかはわからなかった。

 だけど、ここで離れたらまた何か大切なものを失ってしまうような気がした。


 そう思った瞬間の出来事だった。


「うっ!?」


 頭の奥が急に痛み出す。

 何事か?


 のたうち回りたくなるほどの激痛に襲われる。

 私はそれに意識を持ってかれないようにはっきりと意識を保つので精一杯だった。


 何がどうなっているの?


 そう思った瞬間に答えは出た。


「お母様?」

 

 涙が一瞬にして、溢れ出てくる。

 その意味をようやく理解できた。


 痛みとともに、ほんの少しの記憶が戻ってくる。


「え?」


 近くにいた獣人君にも私の呟きは聞こえていたらしく疑問符を浮かべている。


「全部、思い出したの」


 口を開いた女性は続ける。


「私が誰だったのか、なんで記憶をなくしていたのか」


 増加していた魔力が一気に外に放出される。


「私は、メアリ」


 メアリに関しての私の記憶はごくわずかだった。


 生まれ変わり、初めて聞いた『メアリ』という女性の名前。

 それは私の母親の名前だったのだ。


 思い出したのはそれだけ。


 それだけでも十分だった。

 なぜだろうか。


 心のつながりでもあるのだろう。


「人々を守る聖騎士で、四人の子供がいた。今は五人だけどね」


 そう言って、獣人君の方を見て、微笑む。


 何を言っているのか理解できない様子の獣人君はその場で呆然としている。


「二人とも、私の可愛い子供。だから、お願い……早く逃げて?」


「い、いやよ!」


 私はそれしか言えない。

 記憶がおかしくなり、頭痛が起こる。


 そのせいで私は立ち上がることさえできなくなった。


「お願いよ……」


 そんな悲しげな声音は私の耳元まではっきりと聞こえた。

 その声を聞いても逃げ出そうとは思わなかった。


 だが、現実は残酷で……。


「誰かいるのか!?」


 その声が後ろの茂みから聞こえる。

 顔を出したのは私もよく知っている人物だった。


「ヴェール……」


「嬢ちゃん!?」


 私の泣き顔を見て驚いたのか、一瞬固まる。


 そこにトーヤもオリビアを抱えて戻ってくる。

 そして、この場に全員が集まる。


「何が起こっているのかわからないが、逃げるぞ!」


 そう言って、私と獣人君を抱える。

 もちろん、私は抵抗する。


「や、やめ……」


「ヴェールさん、だったかしら?」


「あ、あなたは誰だ?」


 メアリの声。


「その子たちを連れて早く逃げなさい」


 その強い声を聞いて、ヴェールさんは身を翻す。


「やだ!いかないで!」


「……………」


 私の叫び声が聞こえるはず。

 だが、ヴェールさんは無言で逃げていく。


 それに追従するトーヤ。


「待って!母様……!」


 その声とともに、私の視界は真っ白に染まった。


 爆発音がし、木々を通り越して熱波が伝わってくる。

 目が見えなくなり、私はあまりの威力に思わず気絶する。


 意識が遠のく最中、私は必死に『母様』を呼んだ。

 彼女が自身の命と引き換えに、私たちを救ったと知りながらも……。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



 ——次に私が目覚めたのは、馬車の中だった。

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