第56話 異世界転生(トーヤ視点)

 勇者


 日本人にとってそれはあまり馴染み深いものではなかった。

 それはゲームの中。


 小説の中。


 物語、空想上でのお話で、それが実現することはない。


 魔を滅ぼす正義の味方。

 それが世界のイメージである。


 基本的に穏やかな性格をしている日本人なら、そんな存在に一度は憧れたことがあるだろう。


 それはあながち間違ってはいない。

 俺こと秋嶋藤也は離れていく意識の中で思う。


 え?


 なんで意識が離れていっているかって?


 よく異世界漫画にありがちなやつだよ。

 おじいちゃんが、信号無視して渡ってたから助けてあげた。


 ただ、それだけ。

 その結果俺がこうなってしまった。


 思いっきり突っ込んできたトラックはそのまま俺を轢き逃げしていったし、俺とくれば、一緒に下校していた高校の友達が涙目で呼びかけているのを聞いていることしかできない。


 体の状態は………聞かないほうがいいだろう。


 いや、ほんとにひどい話である。

 いいことをしたはずなのに、俺は不幸になってしまった。


 現実というものは残酷である。

 真面目に生きるほど損をし、逆に不真面目すぎても警察に捕まり、お先真っ暗。


 じゃあ、どう生きればいいのかという話だ。


 つまり、忖度しないともはやまともに生きられない、そんな世界になってしまった。


 俺はそれを察した。


(神様がいるってんなら、もっといい世界で暮らさせて………)


 もうすぐ意識がなくなる、そんな時だった。


 《いいでしょう、特別に助けて差し上げます》


 その声を聞いた途端、一気に意識が途絶える。



 ♦︎♢♦︎♢♦︎



「で、俺はどうしてこんなところにいるんだ?」


 そこは、よくある神殿だった。

 いや、よくはないけど、社会の世界史で見たことあるような場所だ。


 有名なのはギリシャのあの神殿だ。

 名前はパルテーー


「それは私が説明してあげます」


「だれだ!?」


 いきなり声がする。

 声のする方向を見てみると……。


「はいはい、説明してあげるからちょい待って」


 なんかそれっぽい白いドレスを着ている女性がいた。

 いつの間にかできていた椅子というか……王様が座っていそうな玉座に腰掛けている。


 っていうか、


「何してんですか?」


 状況的に女神なんだろうけど、おかしいだろ!

 なんで、女神が眼鏡してんだよ!


 それになんで、書類を読んでんだよ!

 事務作業してんじゃねえよ!


 ハンコ押すな!

 あと、人の話聞けや!


「ちょっと、うるさいから黙ってくんない?」


「俺、何も言ってませんよ?」


「めっちゃ言ってんじゃん、事務作業すんなって言われても仕事だからさ?」


 黒い髪をしたその………多分女神が俺の心を読む。


「あ、今終わったから。えっと、名前は秋嶋藤也ね。了解了解。えっと、もっといい世界で暮らしたいんだっけ?」


「え、あ、はい」


 きっと死ぬ間際に言ったことを言っているんだろう。


「あ、そういえば君は死んでないよ?」


「へ?」


「魂がさぁ、結構強靭だったおかげで消滅すんのに時間かかってたっぽいんだよね、てなわけで、その隙に私が拾ったってわけ。肉体的には死んだけど、精神的にまだ生きてるわ」


「ちょっとよくわからないけど、生きてるんですね。だったら元の世界に帰ることは……」


「無理ね、さっきも言ったけど、肉体は死んでるから、戻ったところで速攻死ぬだけだし、輪廻の輪から外れてるから、地球に生まれ変わることは一生ないね」


 輪廻の輪ってほんとにあるんだ………。


 って……


「そうじゃなくて!だったら俺はどうなるんですか!?それだったら死んでるも同然じゃないか!」


「落ち着きなさいな、うるさい人は好きじゃないの」


「これで冷静にいられるわけないだろ!?」


「うっさいってば。だから、あなたのお願いを聞いてあげたでしょ?」


「お、お願い?」


「なんか、もっといい世界で暮らしたいとか思ってたじゃん」


「確かに思ったけど………」


「ってなわけで、剣と魔法の世界にご招待!というね。よかったわね」


「ん?んんんんん!?いまいち話が掴めないんだけど?」


「大丈夫大丈夫、いったらわかるから」


「それ、大丈夫じゃなさそうだけど」


 この人女神であってんのか?

 適当すぎでしょ………。


「失礼な人ね、神様ってのは忙しいの。人っ子一人に割いている時間は本来ないのよ」


「あ、さいですか」


「んで、向かう世界はこっちで決めたんだけど、肉体がいかんせんないんだよね。というわけで、キャラクリしといて」


 目の前に自分の姿が映し出される。


「え、あのこれって」


「ゲームでよくあるやつよ、適当に作っときなさい」


 つまり、見た目が自由自在だというのか?


 何それ楽しそう!


 って、何俺エンジョイしてんだ。

 真面目に考えよう。


 見た目がどうとか気にしているときではない。

 だから、俺はこの姿、このままでいい。


「ちなみに、友達とは一緒ではないんですか?」


「君しか死んでないからね、もし、一緒に異世界行きたいっていうんなら私が殺してこようか?」


「結構です!」


 この人頭がやばい人だ!


「っち、聞こえてるっつってんだろ?」


「あ、すみません」


 めちゃめちゃ不機嫌にしてしまった………。


「まあ、いいわ。一応あなたは善行をして死んだというわけで優遇措置を取ったんだけど……」


「ちょっといいですか?」


「今度は何?」


「善行をして死んだ人って結構いますよね。その人たち全員って同じ世界にいるんですか?」


 重要なのは異世界人が俺以外にいるのかいないのか。

 これで、かなり変わってくる。


 協力体制を築いたり、仲間となれば、これ以上に心を理解し合える人物はいない。


「いるわ。ただ、善行をして死んだ人物がもともと少ないし、極限状態で絶望しちゃった魂弱々人間は私が助けることは愚か、輪廻の輪からも消えちゃった人が多いから、ほんとに珍しいって感じね。ちなみに、君って多分最年少だと思うよ」


「そんなに少ないのか………」


「ま、細かいことは気にしないほうがいいよ」


「そうですか」


 現実を受け止められていない俺にとって気にする気にしないという問題ではないのだ。


「職業とかは残念ながらこっちで決めさせてもらうわ」


「まあ、普通そうですよね」


 優遇してくれているだけでもありがたい。

 これ以上を望むのは野暮だ。


「あ、あとその世界にいる強者たちには気をつけなさい」


「はい?なんでですか?」


「単純に強いからだけど、他にも理由としては、あなたに害を及ぼす危険が大きいからよ。特に、あいつは」


「あいつ?」


「まだ知る必要はないわ。ただ、あなたが召喚される国とは正反対の位置にあってね。その場所では最強と謳われているのよ」


「おぉ」


 最強とかって………一体どんなに強いんだろうか?


「強いていうなら、今の君が無限にいたとしても勝てないわ」


「む、無限!?」


「あと、千倍くらいの実力をつけて、ようやく無限地獄を脱すわ」


「あと、千倍………その人どんだけ強いんだよ………」


 俺だって、腕っ節には自慢があった。

 が、それでもダメらしい。


 異世界とは恐ろしや………。


「ちなみに、そいつなんだけど………神様の子供?神の御子………まあそんな感じかな………とか言われてるらしいわ」


「女神様はそれ許容できるんですか?」


「私が直接手を下すことはできないし、今の世界はそいつ中心に変わり始めている最中なの。だから、ここで手を出したら、私が上司に消滅させられちゃうってわけ」


 世界の中心………。

 それだけ聞くといい人っぽいけどなぁ。


「これで説明は終わりね」


「あ、えっと、ありがとうございます。説明してもらっちゃって」


「最後に一つ忠告。戦場にはなるべく出ないことをお勧めするわ」


「え?それはどういうーー」


「じゃあね、いってらっしゃい」


 視界がすぐさま揺らぐ。

 その視界を見ることすらままならなくなり、ついには再び意識が途絶えるのだった。

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