第55話 有名人と遭遇したんだが
「へー。ここで鍛治をするんですね」
ドワーフさんが仕事をしている小屋の中に入ってみたはいいものの、私には何がどうなっているのかよく分からない。
複雑なんだよ、構造が……。
「ああ。そんなに広くはねえが、まあまあいい道具が揃ってんだ」
道具類とか言われても、全然わかんないんだけどね。
正直に言って、もう疲れたから帰りたい。
一応素材?は手に入れたんだから、後は任せる!
「というわけで、後は任せた!」
「どういうわけ!?」
「いやぁ、良い子は帰る時間かなって!」
「良い子じゃねえだろ!」
解せぬ。
「まあ、いいんじゃねえか?確かにもうすぐに夜になりそうだしよ」
よくよく考えれば、もう夕方なのか……。
「わかった!じゃあ、ドワーフさん。いつになったらできそう?」
「分からねえが、二週間もあれば完璧に仕上げることができると思うぞ」
「わかりました!では頼みますね!」
「ああ、わかってる」
「っていうわけでアレン!帰るよ!」
アレンの手を掴んで転移を発動する。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「じゃあな!」
「はいはい!また二週間後ね!」
なんやかんやで、アレンを送り届ける。
「んじゃ私も帰りますかね」
そして、私も家のほうに向かって歩いていく。
「勇者かぁ、なんで私を指名するかな?」
一番弱いとかさ、関係ないじゃん。
しかも、なんでも私が神童ということになっているんだ。
子供が強いなんてあるわけねえだろ、って話よ。
勇者も鬼畜だよね本当に……。
そんなことを考えながら、夕方の色に染まった道を歩いていた。
その時のことだった。
「やあ、ちょっといいかい?」
「?誰ですか」
振り向くとそこには、ずいぶん立派な装備を着込んだ男が立っていた。
私と同じ黒髪黒目をしている。
「この辺りでは珍しい色をお持ちですね」
「それは君も同じなんじゃないかな?」
ずっと微笑みながら、尋ねてくる。
その間に私はお得意の観察を行う。
(装備品から見て、お金持ちっていうのは間違いない。でも、貴族家でこんな顔の人見たことない。もちろん髪の色も……)
貴族ではないとしたら、次にお金を持ってそうなのは商人だが、商人がこんな服は着ないだろう。
だとしたら、なんだっていうんだ?
ま、もう答えは出たようなものだけどね。
「帝国の勇者様がなぜこのような場所にお越しで?」
「あはは!やっぱりバレていたのか!」
「当たり前ですね」
黒髪黒目で報告を受けていた勇者その人。
少なくても、私の知っている人物の中では、目の前の男しか黒髪ではないのだ。
「それで、私のなんのようですか?」
「いやぁ、この辺りで“神童“と名高い女の子を探していてね。街に出ても見つからないからさ。今日最後に君に聞いてみたって話だよ」
(帝国から特徴を聞かされていないのか?)
そんなはずがない。
きっとこの男は自分が正直に暴露するか試しているんだ。
(勇者って案外汚いのね)
「さあ、私はわかりませんね」
「へー、そうかそうか」
やっぱり知ってそうな口ぶりだ。
何がしたいのだ、この男は。
戦ってみたいなら、後数週間待てば戦ってあげるから、是非ともやめてほしい。
そもそも、勇者なんだから見ただけで相手の実力くらい把握しなさいよ!
私が勝てるわけないじゃんか!
私は見ただけでそれを察せるんだが!?
っていうか、私が唯一勝てるかもしれないのはこの世に召喚されてすぐの時ぐらいだろう。
訓練した勇者なんて地獄のほかなにものでもない。
「ところでさ」
「なんでしょうか?」
「『君を見ている奴ら』、俺が倒しておこうか?」
それは、私も気付いていた。
私が潰した組織の生き残りのことを言っているのだろう。どうやら恨みを買いすぎたようで、命を狙われることもしばしば。
(私もずいぶん人気者になったみたいね)
ぜんっぜん!嬉しくないけど!
「………結構です、泳がせてるだけなんで」
「そっか。君は他の子よりも強いんだね」
「お世辞はいいです。というかこの会話、ものすごく聞かれてますよ?」
「え、聞かれてんの?」
「あんな離れた場所から監視してるんですから、聞ける術を持っていても不思議ではないでしょう?」
「なんかごめん」
勇者に謝られるなんて鳥肌やばいからやめて!?
「いいですよ。それに……」
「それに?」
私は自分の手を、観ている奴らほうに向け、そして振り下ろす。すると、遠くの景色で風が巻き起こり、『知らない誰か』が巻き込まれて真っ逆さまに地面に向かって落ちていくのが見えた。
「もう、排除したので」
「へ、へー。すごいな」
「いえいえ、勇者様には遠く及びませんよ」
こればっかりはしょうがない。
追いかけていたらキリがなくなっていただろう。
魔法を使ってでも、始末する方が手っ取り早いし確実だ。
その分勇者に手札を一つ見せちゃったけどね。
「それでは、私そろそろ帰りたいのですが?」
「あ、ああごめんごめん。呼び止めて悪かった。じゃあな」
そう言って勇者は去っていった。
「なんだったのかしら?」
接触を図ってきた割にはずいぶんと素直に帰っていった。
「まあ、いいけどね」
私は再び転移を発動させる。
♦︎♢♦︎♢♦︎
「とりあえず、会ってみた感想を言おう」
勇者は仲間たちが止まっている宿に戻った後、仲間を全員集めた。
その中で堂々と宣言する。
「めっちゃかっこよかった」
「あんた真面目に見てきたの?」
「だって、しょうがないじゃないか!僕よりも勇者っぽかったんだよ!」
「勇者はあなたでしょ?」
「そういう問題じゃないんだよな〜!」
それらしき特徴の女の子を探していた矢先これだよ!
「だってさ!女の子が誰かに監視されてたみたいだから、助けてあげようかな?って思ってさ。観られてるよって言ってあげたら、『もう、排除したので』だってさ!かっこいいの他ないでしょ!」
「カッコ良さはいいとして、確かにそれはすごいわね」
「あの、どういうことでしょうか?」
「俺にも説明してほしい」
仲間たちが各々意見を出し合う。
「勇者であるトーヤが指摘して、排除したと言い放った間の数秒間で、監視していた奴ら全員を血祭りにあげたってわけでしょ?」
「言い方言い方!」
「でも表現的には正しいでしょ」
確かにそうなんだけれども……!
「とにかく、事前情報通り……いや、それ以上だけど魔法の扱いがうまいという情報は正しかったみたいね」
「そ、そうですね!魔法対策も充実してますし、きっと勝てますね!」
「ま、そんなのなくてもトーヤなら圧勝してそうだけど!」
おいおい、勝手に話を進めるな。
(あんな見えない魔法防げる気がしないんだが?)
自分はまだまだ弱いと思っているのに、みんなが勝手にヨイショしちゃうから、もう慣れてきたものの……。
「こんなのってないよ……」
はぁ、もしかしたら相手も同じような悩みを抱えていたらなぁ。
なんて、あるわけないか。
「「絶対、勝てないじゃん」」
勇者の心がベアトリスと初めて揃った瞬間だった。
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