第47話 日本へ

「どれくらいのスピードになるか分からないからしっかりと俺を掴んでいてくれよ」

「はい! ぎゅうううっと抱きしめます!」

「力を込め過ぎ……いや、緩めなくていい。行くぞ。エイミング!」

 

 琴美の重力に対しエイミングによって動きを持たせる。

 グンと体が揺れ、浅岡の誘導する方向へ向け加速していく。

 ど、どれくらい速度が出てんだ。体感だけど100キロ近いかも。普通の人間だったらただでは済まなかったと思う。

 ステータスを超強化している俺にとっては全然問題なかったけど、ね。

 

 近くの島に上陸した俺たちは米軍に連絡を入れ、彼らの持つ軍船で移動し、途中で客船に乗り換え、何とか日本に帰ることができたのだった。

 やれやれだぜ、全く。

 

 ◇◇◇

 

「母さん!」

「香澄……」

 

 実家に戻るなり、妹にお土産を渡し母の部屋へ向かった。

 横浜に到着し東京に向かう電車の中で妹からメッセージが届いたんだよ。

 母のことで。俺も父も母の状態が気になっていたところだから、食い入るようにスマートフォンを見つめたのだけど……妹からは「お母さんがずっと寝てる」だけでさ。

 電話して確認するより、帰って彼女の状態を見た方が早いってことで、打上なんてものもせず早々に浅岡たちとは別れた。

 彼らとはいろいろ話たいこともあるが、待ってもらうことになったんだ。

 

「何時間くらい起きて来ないんだ?」

「昨日はずっと寝ていて、今日になっても起きて来ないの」

「医者は?」

「お父さんが帰って来るって聞いてたから。様子を見ていたの。お母さん、どんどん元気なくなっていってたから……でも、顔色が良くなったと思うの」

「確かに。アメリカに行く前の香澄より明らかに調子が良くなっているように見える」


 父がそっと母の頬に手を添え、もう一方の手で彼女の髪を愛おしそうに撫でる。

 すると、パチリと目を開けた母が恥ずかしそうに彼の手を握って頬から動かす。

 

「修平くん。どうしちゃったの? そんな顔して」

「香澄。俺のことがちゃんと分かってるか?」

「もちろんよ」


 むくりと起き上がった母と目が合う。

 母は俺、妹と目を移し真っ赤になって顔を伏せた。

 母が父のことを「修平くん」と呼ぶのを聞いたのは初めてだ。うずくまってワナワナと肩を震わせている母の肩に父が手を乗せる。

 

「香澄?」

「ね、寝ぼけてたわ。結婚前のあなたの夢を見てたみたいで、つい。子供の前で恥ずかしい」

「体調はどうだ?」

「いっぱい寝たからすっかり調子が良くなったわ。お腹が空いちゃった」

「よっし。出前でも取ろうか。蓮夜……いや涼香。頼む」


 俄かには信じられないが、母の体調が良くなった……いや元に戻ったと言った方が正しいか。

 彼女を苦しめていたスキルはどうなったのだろう。日下風花に頼めばまたステータスを見てくれるかな?

 彼女からスキルが消えていればすっかり元通り、と思っていいのか。

 とにかく今は母の体調が回復したことを喜ぼう。

 

 涼香が某出前アプリを物色しはじめ、母はシャワーを浴びに行った。

 残された俺と父はリビングで腰を下ろしている。


「蓮夜。ありがとうな」

「お互い様だよ。母さんが良くなって本当に良かった」

「正直なところ、香澄が回復するなんて思ってなかったから、ビックリした」

「俺もだよ。あれかな。『《世界の法則》一部バグが修正されました』ってのが関わっている?」

「そうだなあ。理由は浅岡君も交えて考察しようか」

「浅岡の評価がやたら高いんだな。過去の未来を経験した俺のよりも」

「確かに年齢による経験ってのは代えがたく、経験が知識になることもある。未知に対しての考察力もそうだ」

「分かってるって。父さんも浅岡に頼りっきりだもんな」

「すまんな。正直、あれほど切れる子はなかなかいないぞ。若者だからといって低く見るなんて、俺は嫌いだ」

「父さんらしい。そんなところ、嫌いじゃないぞ」

「言いやがる」


 父に頭をくしゃっとされ、悪い気がしない。

 途中から何を言っているのか分からなくなってきたけど、父は若輩者だからといって軽視するような人じゃないことは重々知っている。


 ピンポーン。

 早い! 妹は一体何を頼んだのだろう。

 出てみたら、ピザだった。

 起きたての母に対してピザとは……シャワーから出てきた母は笑っていたが、ちょっと重いかもしれない。

 何てことは杞憂に終わり、宅配ピザを堪能した我が一家であった。

 

 その日の晩、父には琴美に対して連絡してもらうように頼んで、俺は紬と浅岡に連絡したんだ。

 するとだな、紬からも浅岡からも同じメッセージが返って来た。

 影兎のグループラインに知らせれば済むだろ、と。

 確かにそうだ。たはあ。

 でも、二人とも母が回復したことを祝福してくれた。

 

「これで、俺の目標も達成できた……いや」


 ベッドに寝ころび、一人呟く。

 過去の未来では家族全てを失う。死んだと思ったら、父が亡くなる僅か8日前の幸せだったころの俺になっていた。

 最初の頃は走馬灯だと思ったっけ。

 正直なところ、過去の未来は本当にあった出来事なのか、夢だったのか分からない。

 だけど、過去の未来の経験があったからこそ、今の俺がある。

 父を救い、母の病気も回復した。

 これで家族の憂いを除き、完全勝利したと言えるのか? 

 いや、まだだ。

 父と母を救うため、俺の行動が過去の未来と変わった……それはいい必要な事だからな。そのため、よろしくない輩から狙われるようになってしまった。

 中には影兎と接触し利益を享受したり、興味本位で接触を図ろうとした者もいるだろう。

 だが、明らかに俺たちを排除しようと動いている者がいる。いや、組織がいる。

 直接的な攻撃を受けたのは二回。それも、非常に短い期間で行われている。

 一度目は浅岡と琴美への襲撃。二度目は飛行機の爆破だ。

 どちらも米政府が情報統制を行ってくれているから公に広まることはなかった。

 一体何者なんだ? 俺たちを排除してどんなメリットがある?

 

「メリットかい?」

「うお。いつの間に」

「君がメッセージのやり取りじゃなく、喋りたいと言ったじゃないか」

「電話のつもりだったんだけど。そんなホイホイ能力を使ってもいいのか?」

「君の部屋には君しかいない。社会に影響を与えなきゃ、能力の使用は特に問題ない」

「そうだったっけ」

「そういう建前さ」


 いつの間にか浅岡の二頭身の影が宙に浮いていたものだから驚いた。

 

「どこまで口に出てた?」

「一体何者なんだ? 俺たちを排除してどんなメリットがある? と聞こえたよ」

「俺としてはピラーをクリアされると困る組織があるんじゃないかと思ってる。そいつらが暗躍して吸収スキルをFランク認定とかねじ込んだんじゃないかって」

「そうだね。クリアに近づくだろうスキルでかつ『分かり辛い』スキルを評価されなくするようにした、といったところじゃない?」

「ピラーに洗脳された人間がいて、政府組織やギルド組織に入り込んでいるのかな。それとも、元々組織の幹部だった人間が洗脳されたとか」

「うーん。僕らを襲撃したのも『ピラーのクリアを望まない組織か勢力』によるものだろうね。そこは間違いない。だけど、『ピラーが洗脳した』というのは違和感があるね」


 そうなのかなあ。

 ピラーが消滅を防ぐためにスキルをもたらしたような不思議な力で自分に都合のいい人間を作り出した、有り得ない話じゃないと思う。

 首を捻る俺に対し、浅岡の影が自らの考えを述べ始めた。

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