第24話 魔曲

 57階までは富士樹海のピラーで溜めた分と今回の分のステータス蓄積があるので特に問題なく突破。58階からはいつものやり方にシフトする。

 それにしても……。

 

「行くヨー。発動『静寂を願う夜想曲』」


 なんとも物悲しい曲が流れ、それに合わせてモンスターの動きが鈍くなる。

 俺がモンスターの動きに苦戦していると見るや、こうして曲を切り換えてくれるのだ。

 階段を登った一発目のモンスターには特に注意を払わなきゃいけないのだけど、魔曲のサポートがあれば一つ前の階の敵と殆ど変わらなくなる。

 一発目を仕留めたら、戦士に捧ぐ協奏曲で全耐性(大)の加護により安全に狩り続けることができた。

 

「油断しないようにしなきゃ……」

「そうだね。今回ばかりは特別だ。その分、早く進めばいい」


 浅岡の影も彼女の動きに感心しきりだ。

 魔曲の的確な演奏だけじゃない。モンスターの動きを見て位置取りを調整したり、さりげなく自分を見せることによって俺への攻撃を散らしてくれたり、とソロの時に比べて動きやすい。

 初めて組む相手にここまで合わせることができるとは、恐るべしだよ。

 ポヤポヤとした感じから受ける彼女の雰囲気と戦い方は真逆。彼女の戦い方は冷徹で計算された動きだ。


 そして易々と62階を突破し63階へ。


「この階と次は厄介だよ。首が飛ばないように注意してネ」

「どんな敵がいるんです?」

「キリングストーカー。キミと相性が良くないかな」

「ナイトストーカーのパワーアップ版みたいな敵です?」

「うん。夜想曲にするか協奏曲にするか」


 ナイトストーカーか。

 隠遁スキルを持っている敵だ。確か、10階を過ぎたあたりでエンカウントする。

 ボロボロの黒いローブを纏った影のようなモンスターで、鋭い爪で引っ掻いてきたり、急所を狙ってくる厄介な敵だ。

 同じ階層のモンスターに比べ段違いに素早いが、先に30階をクリアしていたので奴以上のスピードで対処できた。

 しかし、今回はそうはいかない。

 能力ダウンの夜想曲か耐性の協奏曲か。

 紬の言葉からすると、麻痺か毒を持っていそうだな。

 能力ダウンでスピードについていけるようにするのが、安全か。

 しかし――。


「協奏曲でお願いします」

「キミらしいネ! 惚れちゃいそうだよ」

「またまた冗談を」

「あははー。でも、クリアしたらちゅーくらいならいいヨ?」

「結構です!」

「紬のちゅーなんてご褒美じゃなくて罰ゲームだとか思ってるでしょ」

「そんなことないですから!」


 和ませようとしてくれているのは分かるけど、必要無いから。

 浅岡もついていてくれるし、彼女だっている。俺の精神状態はこの上なく安定しているさ。

 これからもっと厄介な敵に挑まなきゃならないんだ。耐性のサポートを受けるのだって、相当甘えているからな。

 分かっている。これは俺の我がままさ。だけど、これを突破できないようじゃ、この先もない。

 

 さっそく来やがった。

 後方右手がキリングストーカーか。一見するとナイトストーカーの色違いのように思えるが、細かいところが違う。

 ボロボロのローブは黒ではなく、血で染めて固まったかのようなどす黒い赤色。フードの下は真っ暗闇であるものの、目だけがオレンジ色の光を放っている。

 爪の長さもナイトストーカーより長い。

 敵はキリングストーカーだけではなく、前方で二体の骸骨戦士が武器を構えていた。

 これも低層階で出るスケルトンウォーリアの上異種だろう。装備がパワーアップしているように見える。

 

「敵は竜牙兵とキリングストーカーだよ。発動『戦士に捧ぐ協奏曲』」

『全耐性(大)が一時的に付与されました』

 

 勇壮な旋律に心が奮い立つ。

 骸骨戦士こと竜牙兵のフェイタルポイントが見えない。スケルトンウォーリアと同じなら背中になる。後ろ側だとエイミングで狙うことができないので、即殺できない。

 もう一方のキリングストーカーはオレンジに光る右の目がフェイタルポイントだった。

 先手必勝!

 エイミングをはつど……っつ。姿が消えた。

 咄嗟に首元を腕で護る。

 と同時に腕に鋭い痛みが走った。

 

『全耐性(大)でレジストしました』

 

 爪の一撃が腕を貫通し首に僅かながら刺さっている。

 あ、危なかった。

 きっと次……もう一方の腕にも激痛が走る。

 キリングストーカーは右、左の爪で左右から首を狙ってきた。痛みがあるだけで、手は動く。

 そこで引かずに追い打ちをかけてきたことがお前の大きなミスだ!

 首元から腕を動かさず、手首の力だけでダガーを投擲する。

 

『スキル「エイミング」を発動しました』 

 

 ダガーがオレンジ色に光る右目に突き刺さり、キリングストーカーが光の粒と化す。

 

『吸収条件を満たしました』

『力アップ、敏捷アップ、知性アップ、スキル「真・隠遁」獲得』 

『ステータスが更新されました』 

 

 すっと腕から痛みが抜けていく。

 いつもの脳内メッセージには構わず、弾けるように走り出す。大きく右へ、迫りくる竜牙兵から遠ざかるように。

 迂回するように奴らの僅かに後ろまで位置取りが進んだところで竜牙兵の背後を確認。

 背中じゃなかった。腰の上あたりに赤い点――フェイタルポイントが見える。

 

『スキル「エイミング」を発動しました』


 二本のナイフを投擲。遠い方の一体を仕留めることができたが、もう一体は器用に姿勢を変えて薄い青色の刀身を閃かせナイフを弾き落とす。


「あの剣筋……。一流の武芸者みたいだ」

 

 向きを変えた竜牙兵と対峙すると、ジワリと額に汗が浮かぶ。

 一体を倒せたのは幸運だった。たまたまうまい具合に不意を打てたのだろう。その証拠にもう一体は無理な体勢からでも俺のナイフを弾いて見せた。

 

「発動『静寂を願う夜想曲』」

 

 勇壮な旋律が物悲しい物に変わる。

 大丈夫だって言ってんのに。彼女だって魔曲を使うたびに疲労が溜まるはず。

 まだボスを控えているから、余り負担をかけたくない。

 

 竜牙兵の渾身の一撃が振り下ろされたが、スピード差から難なく回避し、剣の腹をダガーで思いっきり叩く。

 クルクルと回転しながら、竜牙兵の剣が地面に転がった。

 こうなれば後は楽勝だ。後ろに回り込み、投げナイフで仕留める。


「見事見事!」

「そろそろ休憩を挟まなくても大丈夫ですか?」

「あと二階層くらいなら大丈夫だヨ」

「そのまま進みますね」

「ほんと規格外なスキルだネ。モンスターを倒すたびに傷が癒えるし、ステータスも格段に伸びるなんて。話題にならないはずがないもの」

「まあ、そうです」


 彼女は俺のスキルをAランクだから、と思っているのが幸いか。

 Aランクだったら父を救出した後、彼のギルドに入れてもらって特に隠すでもなく活動するという道もあった。

 何故、俺のスキルランクがFなのか。やっぱりどうも引っかかる。

 

 64階も問題なく突破。順調にステータスを伸ばす。


「多分、次がボスだヨー」

「ボスについて何か分かることがありますか?」

「両極端などっちかカナ。リッチかシャドードラゴン」

「できればドラゴンの方が……いや、リッチのつもりで挑むべし」

「その意気だぞ。少年! リッチは魔法と触れられたら恐慌状態になる状態異常を持っているヨ。シャドードラゴンは広範囲ブレスが厄介ダネ」


 浅岡の影、紬へ目配せし、「行くぞ」という意味で頷く。

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