二十五時の死神
夏目一馬
第1話 きっかけ
自殺しようと思ったきっかけを、ここに一言で簡潔に書こうだなんてとても出来はしない。状況が複雑だからこそ、その苦痛の不可避性により人は自殺に走るのが常だと思う。絡まった糸の解き方がわからない。だからこそ解くことの放棄を選ぶ。
夜、ビルの屋上を涼しい風が撫でていった。すぐそばにある航空障害灯の赤い光が一定のリズムで視界を染める。屋上の端に立って下を見ると、遠くにアスファルトの地面が見えた。自傷をするときと同じ感覚だった。あそこが呼んでいる。何か強い、怪我をもたらすような存在が己を呼んでいる。この場合は、あの遠くにある地面がそれだった。
そっと歩を進める。踏み出すと、すぐさま重力が僕を掴んだ。地に向かって——
「何してんの?」
何者かに後ろから引っ張られ、屋上の床の上に背中から転がった。
「いッ?」
見上げると、視界にその人物が映った。
「よっ」
その人物——同年代くらいに見える女の子は僕を見下ろしながら片手を振り上げて、気軽に友人にするように挨拶をした。片方だけ口角を上げて、白い歯が月明かりに輝いた。
「なんで、止めるんですか」
起き上がりながら不服そうに零した。
「なんでって、そりゃ目の前で死のうとしてる人がいたら止めるっしょ?」
「あなたは僕の何ですか。あなたは何なんですか」
しばらく首を傾げながら明後日の方向を眺めていた彼女は、その質問に答えるのをやめて視線をこちらに戻した。長い髪の毛が風に流れた。
「君、何歳? 高校生っぽく見えるけど」
「高校生です」
「こんな夜遅くに外出ちゃだめだぞ。今何時だと思ってるんだ」
「あなただって高校生くらいに見えますけど」
またどこかを見ながら溜め息のようなものを吐くと、「じゃあ同い年ってことでいいぞ、私もこんな遅くに出歩いてるお仲間だ。あとタメで話してくれ、むずむずする」
「……」
「ついてこい。一緒に散歩でもしよう」
そう言って、声を掛けようと思った時にはばたんっと階段に続く扉が閉まっていた。
ひとりぽつんと取り残された。再び空の方を見つめるが、調子が狂わされて二度目を試みる気にはなれなかった。仕方なくドアノブに手を掛けた。
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