40. なりふり構っていられない
事務所での仕事中、空いた時間にぼんやりと考え事をしていた。考えていたのは聖刃ヒイロについてだ。
異世界帰りのVTuber。本物だとしたら、是非ともインベーダーズに勧誘したい逸材だ。偶然にも静奈の先輩らしいから伝手もある。できれば、すぐにでも話を聞いてみたいところだが……。
「高校生かぁ。バイトってことなら問題ないか? いや、でもバイトにやらせるような業務内容にならない気がするんだよなぁ……」
やって欲しい仕事は色々とあるが、一番はマネージャー的な役割か対外的な窓口業務。とにかく、インベーダーズのタレントと社外との橋渡しをできる人材が欲しい。難しい仕事だし、責任も重い。バイトの高校生に背負わせる仕事ではない。
「いや、いきなり任せる必要は無いんだ。卒業までは簡単な仕事を回して、徐々に囲い込みを……」
「どうしたんですか? 何か悩み事でも?」
少々腹黒いことを考えていたら、ホイミンさんに心配げに声をかけられた。
「あ、いえ、大したことではないですよ」
「そうですか? まあ少し休憩にしましょう」
そう言うとホイミンさんは席を立った。どうやら紅茶を淹れてくれるようだ。
気を遣わせてしまったかな。変に誤魔化しても余計に心配させることになるか。
「さっきのは、人手不足をどうにか解消できないかなと考えていたんです」
「そういうことですか。どうにか回っていますけど、緊急時なんかはどうしても手がまわらなくなりますからねぇ」
ホイミンさんが思い浮かべているのは、先日のガルロ君スカウト騒動だろう。異世界の漂流者が出現した場合、基本的には社長と美嶋さんで対応しているようだ。だが、それが複数同時に発生したとき、対応できる人材がインベーダーズには少なすぎる。対応能力以前に、容姿の関係で事務所外に出て問題なく行動できる人がほとんどいないのだ。
『そろそろ、新しい人達のデビューもあるんでしょ?』
お茶請けの臭いをかぎつけたのか、ガルロ君がどこからともなく現れた。彼のお菓子を探り当てる嗅覚は鋭い。彼の給料はほとんどがお菓子代に消えているから、ちょっとだけ健康が心配だ。ついでにいえば、俺が代わりに買い出しにいっているから、近所のコンビニで変なあだ名をつけられている気配がある。そう言う意味でもちょっとだけ控えて欲しい。
それはともかく、彼が言った言葉が気になる。もし本当なら、ますます人手不足は加速することになるだろう。
「新しい人達? それって、第二陣がデビューするってこと?」
『そうだよー』
「俺、聞いてないんだけど……」
そういう業務連絡は当然、俺のところにも届くはずだ。まあ、俺が百鬼ナイトウォークとしてデビューするという話は公式発表が出た後に知らされたので、悪しき前例はあるのだが。まさか、今回も社長が何か企んでいるんじゃないだろうな?
イラッとした心の内が表情に出ていたのだろうか。ホイミンさんが「抑えて抑えて」というように、いくつかの触手を上下させる。
「正式決定というわけではないんですよ。でも、VTuber志望の仲間からは、そろそろデビューできるかも、という話は聞いています。なので、そろそろ通達があるんじゃないでしょうか」
なるほど。VTuber候補の人から直接聞いた話なのか。
ホイミンさん含め、インベーダーズ所属員の多くは、同じアパートに住んでいる。そこでそういった話をすることもあるんだろう。
「そういうことですか。でも、マネージャー……というかお目付役はどうするんでしょうか? そんな人材が確保できたという話は聞いてませんが……」
『んー、社長とみーさんはハル君に任せるって言ってた。お掃除中に聞いたよ』
みーさんは美嶋さん、ハル君は俺のことだ。つまり、第二陣の面倒も俺が見ろと?
無理に決まってるだろ!
今でも、ミュゼさんたちの配信のフォローには手が回っていないのに。まあ、彼女たちも配信慣れしてきたから、おかしなことにはそうそうならないが……さすがに新人の面倒までは見れない!
高校生だとか、関係ない。やはり聖刃ヒイロをどうにかインベーダーズに引き込まねば……!
■
就業時間が終わり自宅に戻る。どうやって聖刃ヒイロを引き込むか頭を悩ませながら、玄関のドアを開くと……何か違和感があった。
「ん? 誰の靴だ?」
我が家に住んでいるのは、俺と妹のみ。だというのに、見知らぬ靴が存在している。サイズ的に静奈のものではなさそうだ。
おそらく、男の靴だろう。まさか、静奈に彼氏ができたのか?
考えていると、静奈が玄関までやってきた。いつもニコニコしている静奈だが、今日は特に機嫌が良さそうだ。
これはやはり彼氏か。いや、まさか静奈に先を越されるとは、な。少し寂しくはあるが……それでもよほどおかしな奴でなければ反対をする気は無い。
おっと、初対面の印象は大事だ。静奈のためにも、良い兄として振る舞わなければ。よし、張り切って挨拶をしよう!
そんなことを考えていると、いつの間にか静奈の顔には呆れが浮かんでいた。
「えっとね、彼氏じゃないよ。あと、もし彼氏だったとしても、挨拶とかいらないからね? やめてね?」
「なんだ、そうなのか」
「そうだよ」
「じゃあ、この靴は誰のなんだ?」
尋ねると、静奈は再びニコニコと笑顔になった。ぐっと親指を立ててサムズアップまでしてくる。
「この間話したVTuberの先輩が来てるよ。スカウトするチャンスだね!」
おお、ナイスタイミング!
さすが、静奈だ!
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