36. もらい事故

「ルリカ君、どう見る?」

「そうだな。まずミュゼだが、あいつはヴァンパイアだけあって並の身体能力ではない。この手のゲームならあいつは強いぞ」


 そう言われてみれば、ヴァンパイアは身体能力が高い種族として描かれることが多い。ミュゼさんも例外ではないらしい。本物のヴァンパイアだと知っている俺たちからすれば納得できるが、視聴者からすると意外なのではないだろうか。昼間に寝て、夜は配信活動という一般的には不健康そうな生活スタイルだからな。


「シャオ君はどうなんだ?」

「シャオか。あいつはあまり運動が得意ではなかったはずだが……。あれだけ自信満々なら何か秘策があるのか……?」


 さて、どうだろうか。秘策があるのなら盛り上がる展開になるかもしれないが……中二病は大概根拠のない妄想だからなぁ。


 リーラさんの解説を聞いているうちに、ゲームが始まる。


「凄い……!」


 ロールプレイを忘れて素直な感想が漏れた。

 ミュゼさんの動きにはキレがある。体幹に優れているのか、激しい動きにもバランスが崩れない。お手本ダンスを把握するのが早く、瞬時に動きに合わせてくる。その結果が高スコアとして表れていた。


 運動が苦手だというシャオさんも結構いい勝負をしている。動きのキレはともかく、ダンスを覚えて再現する能力については全く負けていない。


「やるな、シャオ! 楽しくなってきたぜ!」

「ミュゼさんも……な、なかなか……」


 だが、圧倒的に体力面の差が大きかった。ダンスの中盤に差し掛かったあたりで、すでにシャオさんの呼吸は乱れている。余裕がないせいか、すでに中二病特有の大口を叩く余裕もないらしい。当然ながら、ゲームが進むにつれて、その傾向は顕著になっていく。


「ははは! 体がついてきてないぞ」

「うぅ……はぁ……」


 シャオさんはすっかりとバテてしまい、お手本についていけなくなってしまった。ミュゼさんの言葉にも何か返そうとしているようだが、息も絶え絶えで何を言っているのか全くわからない。そんな状態で逆転できるわけもなく。勝負はミュゼさんの圧勝となった。


「うぅ……やっぱり……私に、ダンスなんて……無理、だったんですぅ~」


 コテンパンにやられたシャオさんはしばらく茫然としていたが、急にしゃがみ込んでグダグダ言い始めた。完全に心を折られたことで中二病症状が治まったようだ。それは良かったのだが――……


「私は……私はなんてことを……!」


 それまでの自分の言動を振り返り恥ずかしくなったのか、膝を抱えて丸くなった状態で床をごろごろと転がり始めた。気持ちはわからないではないが、今は配信中である。その奇行が新たな黒歴史になりかねない。


「ここは私に任せろ」


 何と声をかければいいかわからず、慰めることもできずにいると、リーラさんがそう請け負った。彼女は転がるシャオさんに近づき、何か囁く。


 その効果は劇的で、シャオさんは転がるのを止めて立ち上がった。そして、何故か俺に強い視線を向けて……笑う。それも不敵な笑みとかそういう類いではなく、失笑という感じだ。


 理由は気になったが、リーラさんが話を進行させてしまったので、問うこともできなかった。


 次はリーラさんとミュゼさんによる決勝戦だ。素の身体能力はミュゼさんの方が格段に上。それがわかっているリーラさんは初めから身体強化魔法を使った。両者一歩も引かない激戦を制したのはミュゼさんだ。リーラさんも善戦したが、一時的な強化では普段の動きとの違和感があるらしく、それが些細なミスへと繋がったのだろう。


 視聴者はかなり驚いている様子だ。ミュゼさんはデジタル知識がなさすぎて、どちらかといえばポンコツキャラとして見られている。しかし、このダンスゲームで運動関係は強いと評価が改められたようだ。


 さて、第一陣におけるNo1ダンサーはミュゼさんであることが決定した。本来ならここで配信は終了の予定だったのだが、シャオさんから思わぬ提案が飛び出た。


「司令、三位決定戦をやりましょう!」


 三位決定戦……というか、実質最下位決定戦だ。それはそれで盛り上がることだろう。ただ、さきほどのシャオさんの様子から、おそらく俺が勝つことは予想できる。さきほどの疲れもあるだろうから、シャオさんが次の曲で体力が持つとは思えない。


「ああ、構わないが……」

「死なば諸共です!」

「え……?」


 不穏な言葉に思わず聞き返す。だが、シャオさんはそれには答えず、代わりに関係の無い質問を返した。


「司令は『黒き言霊の書』って覚えていますか?」

「いや、何の話だ……?」


 聞き覚えのない名前だった。だというのに何故か心がざわつく。それに、シャオさんは“知っているか”ではなく“覚えているか”と言った。これはどういうことか。


「私は書の悪魔。現存するあらゆる書物から知識を、情報を引き出すことができるんですよ。例えば、捨て忘れてしまい込んだ黒歴史のノートなんかからでも……!」


 雲行きが怪しい。その話を今のタイミングでする理由はなんだ。というか、その能力、反則すぎないか!? 手書きなら何でも情報を取れるってことだろう?


 いや、今は能力の考察なんてどうでもいい。問題は別にあって……ああ、あのノートはどうしただろうか。捨てた記憶は……ない。今の今まで忘れていたが、もしかして、あのノートがどこかに残っているのか?


 もしかして、『黒き言霊の書』って――……


「司令にもそんな時期があったんですね。シチュエーションごとに使えそうな格好いい言葉をまとめたノートですか~」

「……待て、シャオ君。人を傷つけても、自分の傷は癒えないんだぞ……!」

「私だけ恥ずかしい思いをするのは耐えられません!」

「巻き込むのはやめろぉお!」


――――――――――――――――――――――

近況ノートではお知らせしていましたが

前回一回分お休みをいただきました。

以降、また隔日での投稿になります。


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