19. お手伝いさん
「あ、柿崎さん。頼まれたフォーマットの作成、終わりましたよ」
「おお、本当ですか? ありがとうございます」
事務作業中に声を掛けてきたのは、新しい同僚。俺がVTuberとして活動することになったので、事務作業の補佐として働いてもらっているインベーダーズ所属の人員だ。
人員……うん、人員?
まあ、人員でいいだろう。
何というか彼は今まであったインベーダーズの所属員の中で一番人ならざる姿をしている。失礼にあたるかもしれないので決して本人には言わないが、よく似た生き物を挙げるなら『くらげ』だろうか。空想の存在も含めるなら、某RPGの回復魔法を使うスライム系のモンスターにそっくりだ。
丸っこい頭に無数の触手が生えている。それだけ聞くとちょっと不気味なんだが、顔がやたらとファンシーなので不気味さよりも親しみを感じる。実際、かなりフレンドリィな性格なので同僚としても働きやすい。
彼の名前はホイミン。うん、俺が名付けました。
ホイミンさんがどういう存在なのかはよくわかっていない。今のところ、俺から見ると異星人にあたる存在なんじゃないかという説が有力だ。その根拠は……パソさんが何か言っていたけどよくわからなかったので割愛。
彼を含めインベーダーズの所属員はみな日本語を使いこなしている。インベーダーズが保有している謎技術でどんな未習得言語でもあっという間に喋れるようになるらしい。便利な話である。
というわけで、彼は不自由なく日本語を操ることができるのだが、人物名というのは翻訳のしようがない。普通は発音された言葉をどうにかカタカナ表記するんだろうが、ホイミンさんの実名はそれすら難しかった。種族がかけ離れすぎているので発声の仕組みだかなんだかが違うんだと思う。無理に表記するならギジェッソッシィエィギギァだろうか。それを滅茶苦茶早口で発音する。ちなみにホイミンさんの言語では発声スピードも言語の意味を左右する要素らしく、ゆっくり発音するわけにもいかない。
断言しよう、人間にホイミンさんの実名を口にすることはできない。
というわけで、初対面のときに話し合って、俺のような人間にも呼びやすい名前をつけることになったのだ。
そのホイミンさんの働きぶりはというと、パソコンの入力作業については極めて優秀。特にキーボード入力は圧巻だ。たくさんの触手を使って、おそろしい入力速度を発揮する。そんなに高速で入力したら触手が絡まるんじゃないかと気になるが、実はそんな心配はまったく必要ない。ホームポジションがしっかりしてると言えばいいのか。各触手は担当キーしか押さないので触手はほとんど動かないのだ。とはいえ、高速入力の一番の要因は誤入力の少なさだろう。あんなにたくさんの触手を操っているというのに、入力ミスがほとんどない。どういう頭の構造をしているんだろうか。
というわけで、入力作業に関しては俺が逆立ちしても叶わないが、事務作業の一部でしかない。たいていは、計画を立てたり情報を収集したりなんて仕事が付随している。人間社会の常識にも乏しいホイミンさんにその辺りの仕事をいきなり任せるのは難しいので、今のところは俺の補佐という形になっている。いずれは俺なしで仕事をこなしてくれることだろう。
「でも、良かったんですか? ホイミンさんはVTuber志望だと聞きましたよ?」
当初は、インベーダーズ所属員の中からVTuberとしての活動予定がない人員を事務員として募ったのだが……これが全く集まらなかったらしい。そこでVTuber志望者にも直近のデビュー予定がない人たちには協力してもらえないか打診したそうだ。その要請に応じてくれたのがホイミンさんというわけだ。
「いえいえ、問題ないですよ。僕に関してはどういう形でデビューするのか決まってませんでしたし」
気にするなという風に、右の触手の一本を振るホイミンさん。そんな日本人っぽいジェスチャまで習得しているとは。
ちなみに、ホイミンさんの言葉通り、彼がデビューする時の設定はまだ決まっていない段階だ。インベーダーズとしては、本人の種族なんかはVTuberとしての設定にも反映させる方針だけど、さすがにホイミンさんの種族そのままを反映したモデルではちょっと問題がある。人気云々ではなくて、おもにキャラクターデザイン的に。本当に某RPGのモンスターにそっくりだから著作権にひっかかる可能性があるのだ。
それに、ホイミンさんは何故か人間に憧れを持っていて、せっかくVTuberとしてデビューするなら人間としてデビューしたいと希望しているらしい。なので、設定としては元くらげ風の異星人が人間に転生したというようなキャラ設定にしようかと話になっている。
だが、それでもホイミンさんのVTuber化には問題があった。それはホイミンさんの動きを人型モデルに反映させるときに発生した課題だ。
ホイミンさんにとって触手は手であり足である。また、人間の利き手のような、メインで動かす触手みたいなものは決まっていないらしい。つまり、足としてトラッキングしていた触手が急に手として使われたり、かと思えば別の触手で物を掴み始めたりとモーションキャプチャが極めて困難なのだ。
現状、モーションキャプチャ側での対応が難しいそうだ。なので、ホイミンさんの方が手として使う触手、足として使う触手を固定できないかと考えている。だが、生まれてこの方、どの触手も同じように手として足として使っていたホイミンさんが、急に使う触手を制限して活動するというのは、なかなか難しいらしい。
そんなわけで、ホイミンさんの場合、それらの課題が解決するまではVTuberとしてのデビューは見送りということになっている。異種族をVTuberデビューさせるっていうのもなかなか大変だな。こんな苦労をしているのは、うちだけだと思うが。
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