12. コロッといく
翌日。
俺は昨日の件を問いただそうと社長室までやってきた。メッセージの送信者は美嶋さんだったが、その背後に社長がいるのは間違いないからだ。とはいえ、こちらも社会人。問答無用で部屋に押し入ったりはしない。きちんとドアをノックし「入りたまえ」の声を聞いてから入室する。執務机で俺を迎えたのはもちろん社長だ。どういうわけか、目が二つになっていたが。
「大変ですよ、美嶋さん! 社長の目が二つしかありません!」
「あなたの目も二つですよ。問題ありません」
同じく部屋にいた美嶋さんに事態を訴えたものの、軽くあしらわれる。
「はっはっはっ! 驚いたかね? 我も社長という立場であるから、人前に出ることがある。こうして人に化けることも可能というわけだ」
「長時間維持するのが苦手なので、こうして訓練しているんですけどね」
「……わざわざばらさなくても良くないかね?」
なるほど……社外とのやり取りは基本的に美嶋さんが担当しているようだが、社長自ら対応すべきことがあるだろうからな。
「それで、今日はどうしたんだね?」
「あ、そうでした! 百鬼ナイトウォークって何ですか!? 俺もVTuberデビューするなんて聞いてませんよ」
「いやいや、これは必要なことなんだ柿崎君」
どういうことかと問いただすと、配信にも人間社会にも慣れていないタレントがライブ配信をやると思わぬ失言があるかもしれない。そこで、俺に一緒に出演してフォローもらいたいということだった。
「え? ってことは、俺は他の三人が出演するたびに配信に参加しなくちゃならないんですか?」
「いや配信をする必要はないが、配信を確認しておいて欲しい。そして、問題があれば司令官の百鬼として指示を出して欲しい」
つまり、配信中の指示すらエンタメに昇華できるように俺自身がVTuberとしての立場を手に入れておけってことか。
「しかし、わざわざ一陣と一緒にデビューという形にしなくても」
司令官というポジションの人から連絡が来ますよと前もって配信で伝えておけば済む気がするんだが。
「せっかくなら、ちゃんとデビューした方がいいだろう。モデルも発注したわけだし」
「いや、それですよ! 一体いつの間にモデルの発注を?」
「それは君が入社した日だね。すでに納品されて動作チェック済みだ」
どうやら、技術班におじゃましたときに俺の動作パターンは取得されていたらしく、動作シミュレーターでモデルに破綻が起きないことまで確認済みのようだ。
「しかし、私は了承していませんよ。他の仕事もあるんです。さすがに配信までは……」
「まさか、断るのかね。モデルの発注に掛かった費用が無駄になってしまうが……」
ぐぬぬ……、そう言われてしまうと抵抗がある。いや、しかし、俺以外の誰かがデビューすれば問題はないはずだ。俺の声が出たわけじゃないからな。
「正式にVTuberとしてデビューした場合、収益はもちろん君のものだ。規定の割合を会社の取り分として徴収させてもらうので、全額ではないがな」
有名VTuberになれれば、その収益はとてつもない額になる。有名になれなくても、給料にプラスアルファの収入が増えるのは悪いことではない。この業界は栄枯盛衰が激しそうだからな。稼げるうちに稼いでおくのは賢い選択である気がしてきた。特にインベーダーズは、異世界の住人や異種族たちを保護することを密かな目標として掲げているせいか、一般的なVTuber事務所よりもタレントの取り分が多めに設定されている。収入面を考えると、悪くないのだ。
問題は俺がVTuberとして上手くやれるかと言うことだが……上手くやれなくても大してリスクはないんだよな。マネージャーとしての給料は別に入るわけだし。仕事が多くて大変ではあるが……よく考えればそれほど強く拒絶する理由もないのかもしれない。
「……わかりました。どれだけできるかわかりませんが、やってみます」
「そうかね。それは助かるよ」
社長はニヤリと笑った。まるで計画通りというかのように。実際に一から十まで計画通りに行動してしまった自覚はある。金銭面で優遇すれば多少の難題は飲み込む奴だと思われてはいないだろうか。まあ、ただの事実だが。
「それはそれとして、よく金がありますね」
俺の給料もそうだし、VTuber配信の会社側の取り分が少ないこともそう。技術開発や配信用の高スペックパソコンの貸与などもやってるわけで……正直、金の出所がわからない。まさか後ろ暗いことでもやってるんじゃないだろうな。
「それは君が気にすることではない……が、知らないままであれば落ち着かないか」
俺の懸念に気がついたのだろう。社長は気にしなくてもいいと言いつつも説明してくれた。
「我が社の初期投資は、この世界に持ち出した我が個人資産で賄っている。仮にも元魔王だ。貴金属や宝飾品もかなり蓄えていたのでな」
なるほど。魔王といえど、王は王ということか。いったいどれほどの資産を持ち出したのかはわからないが、現在進行形で持ち出しが続いている以上、かなりの額なのだろう。
「そうですか、安心しました。いやぁ、美嶋さんの暗示能力なんかを悪用して資金集めでもしてるのかと思いましたよ」
そう言った瞬間、山本社長がついっと視線を逸らした。美嶋さんは変わらず笑顔を浮かべているが……動きのない仮面のような笑顔だ。
「……まさか、能力を使ってるんじゃないでしょうね?」
「いや、待ちたまえ。無理矢理売りつけたりはしていない。決してだ」
「本当ですか?」
「もちろんだとも。なあ、美嶋君」
「ええ、買い取り意志があるところに適正価格で売却していますよ」
異世界の財宝は間違いなく貴重。デザインも独特であったりと希少性も高く、資産家がこぞって金をだしてくれるほどだそうだ。ただ、そうなると出所を気にする人間が間違いなく出てくる。痛くもない腹……というには色々と抱え込みすぎてるインベーダーズ事務所を探られるのはよろしくないということで、売却者の素性を忘れたり気にしなくなるような暗示をかけているらしい。
「なるほど。そういうことなら、仕方がない……んですかね?」
「もちろんだとも。そもそも、そうしなければ君への報酬も支払えなくなってしまうが?」
「間違いなく自己防衛の範疇ですね。悪用してないのであれば問題ないです」
「君はわかりやすくていいなぁ」
給料について持ち出されると白旗を上げざるを得ない。
いや、資産家は貴重な財宝が手に入り、インベーダーズは資金が確保できる。ついでにいえば、俺にも高額の給料を支払えるわけだ。誰も損をしていないのだから、問題なんてあるはずがない。そうに決まってるさ。
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