第2話 歌を巡るあれこれ・中編
俺は日が落ち、魔力の明かりに照らされた訓練場にいた。毎日の日課である夜の訓練の時間である。
端っこには床に魔導書を広げるキーマと、魔術をビシバシ教える仔猫のテトラがいる。この光景もすっかりお馴染みになってきたな。
そして、今ではそこに赤い瞳を持つ真っ白い仔猫が加わっている。ココが何日も悩みに悩んで作り出した使い魔の「ネオン」だ。つうか結局猫だったし。他に選択肢は山ほどあっただろうにさ。
対照的な色合いの二匹が仲良さげに並んでいると、俺は恥ずかしくて背中がむずがゆくなるのだが、ココは反対にニコニコと満足そうだった。
「ネオン。テトラちゃんを手伝って、しっかりキーマさんを見てあげてくださいね」
「にゃ」
「いやー、テトラ先生だけでも十分スパルタなのに、これ以上見張りは要らないんだけどー?」
両サイドから睨みをきかされては、さしものキーマも少々参っているようだ。でも、おかげで魔導書を小さく軽く出来るようになったし、良いんじゃねぇかな? スパルタっつっても師匠に比べたら全然マシだし。
だから、ちっとばかし活を入れてやることにした。
「お前な、あんまり文句を言うんだったら……」
「だったら?」
「……歌うぞ」
「ちゃんと勉強しまーす」
「よろしい」
なお、ネオンは俺みたいな自己流ではなくて、師匠が教えた正しい方法によって生み出されている。きちんと確立された術の方が、俺が即席で作った適当呪文と違って確実で、ぐっと消費魔力が少なくて済むからだ。
『お主もきちんと覚えておくのじゃぞ』
なんて師匠はクギを刺してきたし、俺も魔導書にきちっと(二通りの方法を)記したものの、覚えておけと言われてもなぁとも思った。
だって、テトラが完全に使い魔として定着したのなら、もうこの術を使う機会は今後訪れないんじゃないか? もしもあるとすれば誰かに伝える時だろうか。って、それはいつ、誰にだっての。
「始めましょうか」
「おう」
夜の訓練は、基礎の「魔力感知」と「魔力循環」を、そろそろ参加させたいキーマにも見せながら行うことから始まる。だが、少し前からそれぞれには変化が起きていた。
「はい、どうぞ」
ココが言い、様々な属性の魔力を込めたカードを数枚差し出してくる。俺はその端から触れないように気を付けつつ手をかざし、「火」だの「水と土」だのとスラスラ応えていく。
感知の訓練は、ずっと自分の苦手とするところだった。それが、双子の一件で能力を自覚してからは全く間違えなくなっていた。
どうやら、無意識のうちに力を抑え込んでいたのだろう、という師匠の推理は当たっていたらしい。しかも、使うごとにどんどん鋭敏になっている気さえする。ココがにこりと笑った。
「今日も全問正解ですね! 素晴らしいです」
「ココはそうやって褒めてくれるけどさ、鋭さも過ぎたら不便なんだぜ?」
気を付けていないと、魔力に触れた時に体が勝手に反応してしまうのだ。面倒臭いことこの上ない。もっと上手く使いこなせるようにならないものだろうか。
「そうなんですか? 素敵な力だと思いますけど……」
魔術に人生を捧げているココには、この悩みは伝わらないみたいだ。こちらにしてみれば、適度な強さで広範囲に感知出来る彼女の方が何百倍も羨ましい。
「はぁ」
溜め息を吐きながら、なんとなく自分の左耳に触れる。そこには師匠が新しく作ってくれたカフスがあった。
「次は循環ですね」
「あ、あぁ」
ココが両手を俺に向かって差し出してきたので、俺もそれに応じて差し出した。互いの魔力を色々な属性に変化させてから混ぜ合わせ、再び分離させてから元に戻す、「魔力循環」の訓練だ。
「今日は水から始めるかな」
「分かりました」
『……水よ』
気持ちを集中してから同時に唱え、それぞれが小さな水の球体を作り出す。それをそうっと近付け合い、一つの塊にした。
以前であれば、この後すぐに二つに分けて魔力に戻していたが、慣れてきてからは更に火や風にも変化させるようにしている。
「ん、良い感じだな?」
「はい。キーマさんも早く出来るようになると良いですね」
「ココって笑顔で物凄い無茶ぶりをしてくるよねぇ」
「何をげっそりしてんだよ。お前にもそろそろ始めて貰うって言ってるだろ。……よし、明日から実行決定な」
「ええっ!?」
何やらブツブツと
「それじゃあ戻しましょうか」
「だな。……っと」
こちらももう手慣れたもので、以前のように焦って加減をトチったりすることはなくなった。手首の刻印のおかげで一層息も合いやすくなったし、それ自体は進歩したのだから喜ぶべきことなのだろう。
「な、なぁ」
が、自分には一つ重大な懸念があった。今こそ、それをココにぶつける時に違いない。そう思い、全ての行程を終えた時を見計らって俺は切り出した。
「これって消費効率を上げるための訓練だよな」
「そうですね。あとは共鳴魔術の練習にもなっていますけど……どうかしました?」
「……思うんだけどさ。魔力が減らずに困ってんだったら、これ以上効率を上げたら、逆効果なんじゃねぇか?」
そうなのだ。魔力が増え過ぎたせいで、これまで様々なトラブルに見舞われてきたのだから、効率を上げ過ぎると余計に減らなくなって困るのじゃないかと思うのだよ、俺は。
「え、今更それ言う? 遅くない?」
「気付いてたんならもっと早く言えよ!」
「いや、知ってると思ってたからさ」
「……」
くっそ、自分が馬鹿だったのか。まぁいいや。それよりココはどう応えるだろうか? 緊張の一瞬である。
「魔力は多ければ多いほど良いじゃありませんか?」
そこそこの勇気を持ってもちかけた発言だったのに、彼女はきょとんとした顔をした。うわ駄目だ、全く通じてない! しかも更に可愛い顔をして、恐ろしいことを畳みかけてきた。
「私達の魔力って、本当にもう増えないんでしょうか」
「え? ココはもっと増やしたい、とか?」
「はい。ちょっと残念ですよね」
「……マジでそう思ってる?」
「?」
彼女は不思議そうな顔で首を傾げている。わぁ、思いきり目算が外れたな。
「なぁ、そろそろやめにしようぜ?」って話に持っていこうとしたのに、この反応ぶりじゃあ未来永劫、そんなタイミングは来そうにない。完全にこちらの負け、見事なまでの撃沈である。……もういいよ。
「さぁて、始めるかな」
さてさて、基礎はこれくらいにして、本命はやはり飛空術の訓練だ。魔術歌が大いに役立ったのもこの術である。これまではずっと二人で練習していたが、今は違うのだ。
ココが目を閉じて胸に手を当て、小さく息を吸う。静かに歌い始めたのは優しくて甘い、心を静める「
『ひらり、はらり――』
高く通った声音は耳から体へと染み込んでくるようで、聞いていると眠り歌でもないのに目蓋が降りそうになる。……おっと、気をしっかり持たないとな。って、キーマ、寝るんじゃない!
「テトラ」
命令した瞬間、「にゃっ」という声と共にテトラの右腕、もとい右前足がうなりを上げた。つられたネオンの白い左前足も的確にターゲットを捉える。
鋭い爪に左右から頬を引っ掛かれ、キーマが「ぎゃあ」と悲鳴をあげた。
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