第7話 飛空術?の実演・前編
「そんなに心配しなくても、今更、
セクティア姫から貰った休日も今日で最終日だ。俺達三人は再び学会本部を訪れていた。
本来の流れであれば、議題について話し合い、テーマを決定し、意見を出し合って試行錯誤……となるのだが、連れ立って歩く師匠の纏う雰囲気がそれを許してくれそうにはなかった。
「お主にその気がなくとも、
「……師匠って意外と心配性っスよね」
入口に向かう道すがらで言い合う。どれだけ向こうが引っ張りたくても、俺自身が承諾しなければどうにもならないだろうに、何をそこまで思い詰めているのだか。
「お主が呑気過ぎるのじゃ。そのように無防備で、良く王族の護衛役などが務まるものじゃな。ココもよくよく見張って置かねばならぬぞ」
「わ、分かりました!」
「うぐ。大丈夫だって言ってるのに……」
よもや、
「無論、それもあるがの」
「モノローグに返事すんな!」
本部の建物に入るとドゥガルが待っていて、「皆さん、お待ちしていました」とにこやかに言いながら会議室へ案内してくれようとする。師匠はそれをさっと手を上げて制した。
「今日は訓練場へ案内してくれますかな」
「おや、どういうことでしょう?」
「皆を集めてくだされ。実演してみせますでな」
「じ、実演とは?」
あーあ、一日かけて平常心を取り戻したのだろうに、口が開きっぱなしだよ。ちょっと可哀想になってくるな。
併設された訓練場は、そんなにしょっちゅう使われているのでもないと思われるのに、板張りの床にチリ一つとして落ちてはいなかった。
急に集められ、戸惑いの表情を浮かべる面々を見回し、師匠がさっと口火を切る。
「それでは始めましょうぞ」
「あの、本当に『飛空術』を拝見出来るのですか?」
問いかけてきたのは、「半信半疑」という言葉がぴったりくる顔の若い男性だった。
彼は確か南の魔術学院長だ。つい最近、代替わりしたばかりらしいが、その若さで就任するからには、かなりの実力者なのだろう。
「いかにも。とにもかくにも、ご覧頂くのが早いでしょう」
ちらりと視線を向けてきた先には俺とココが並んで立っていて、目で合図し合い、ふっと息を短く吸い込んだ。肺に新鮮な空気を招くと、やる気も一緒に充填されていく。
「いけるか?」
「だ、大丈夫です」
緊張気味の返事を受けて、俺は左手で隣に立つココの右手を取る。服の袖で隠れてはいるが、そこには茨型の刻印が浮かび上がっているはずだった。
昨晩練習するまで自分達でも気付かなかったのだが、刻印には共鳴状態を強化する作用がある代わりに、そうなると上から被せた幻の覆いが
「……っ」
普段は体の奥へと押し込めている魔力を呼び出せば、それは外出を許された子どもみたいに全身をはしゃぎ回る。ココも全く同じ状況になっていることを、繋いだ手から感じ取った。
よしよし、そっちじゃない、こっちだ。細く長く息を吐き出しながら一定のところで魔力を押し止め、声を揃えて詠唱を始めた。
『世の
ずず、と低い響きで呼びかけに応えるのは、真下に広がる固い床である。
『その柱に繋がれし、
身の内にかろうじて閉じこめていた
途端、誰からともなく「おぉ」と歓声が上がる。
「うわ、っと……!」
すでに何度か行っていたおかげで、思ったほど地上を放れる恐怖はなかった。でも、こうなると頭では分かっていても、いざ現実になってみると高揚を抑え切れないものだ。
屋内でありながら、頬に触れる空気は冷たくて心地よく、まるで自分自身が風になったような「自由」を感じた。やっぱり凄い!
ありえないはずのことが、なんて簡単なのだろう。沢山の感情が胸にわいてくるのに、言葉となって出てくるのは「凄い」の一言だけだった。
「おい、大丈夫か?」
「な、なんとか」
でも、感動している俺とは対照的に、ココは高いところが苦手らしい。繋いでいるのとは反対側の手でこちらの肩をぐっと掴んでくる。そういや、前に空の城に行った時も怯えていたっけか。
一方で、俺の心はどこにも着いていない足先を見下ろし、「もっと高く」と叫んでいる。普段とは比べものにならない解放感に、体の奥から魔力が
その「声」に身を委ね、どんどんと上昇する。あぁ、最高の気分だ。外だったらもっと良かったのになぁ!
「やっ、ヤルンさんっ。これ以上は……っ!」
「あ、悪い」
ココの声にはっと我に返り、慌てて上昇をとめた。上を見れば弧を描く天井がすぐそこに迫っていた。
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